第33話 海へ向かう
クルツの町に来て3日。
鞍の注文という目的を果たし、私は今、
(そろそろ次の目的地を決めねばな)
と思いながら、のんびりと地図を眺めている。
そこへチェルシーが、
「にゃぁ」(肉もいいが、そろそろ魚が食いたいぞ)
と要求してきた。
私がその言葉に、
「お。いいな。ちょうど寒くなり始める時期だし、南に行くのも悪くない。…よし。海に行こう」
と笑顔で答えて、次の目的が決まる。
(我ながら風来坊なもんだ)
と思いつつ地図でざっと道順を確認し、さっそく準備に取り掛かった。
この世界で海と言えばミレイア共和国だろう。
ミレイア共和国は海沿いにある、いくつかの都市国家的な自治領が集まって出来た連合国家で貿易を主な収益源としている。
私はその中でも2番目くらいに栄えているルクセン領、ニアの町を目的地に定めた。
(この時期ならイクラはまだ間に合うだろうか?ウニは間違いなく美味い時期に当たるな)
と思いつつ、ほくほく顔で宿を出る。
そして町をひと回りし、必要な物を買いそろえると、さっそく宿に戻って荷物をまとめ始めた。
翌日。
クルツの町の門をくぐり街道へ出る。
行商人や冒険者に混じって街道をてくてく歩きながら、チェルシーと食い物の話をした。
「にゃぁ」(我はあれが好きじゃ。あの赤い身の魚。なんといったかのう)
「ん?ああ、マグロか」
「みゃ!」(そう、それじゃ!)
「ああ。あれは美味いよな。いい魚だ」
「にゃう!」(刺身が美味いからの!)
「ああ。それが一番美味いかもしれん。しかし、焼いてもうまいぞ?」
「んみゃぁ…」(うーん。悩ましいのう…)
「はっはっは。時間はたっぷりあるんだ。どっちも堪能すればいい」
「んにゃ!」(そうじゃな!)
「ああ。その他にもいろんな魚が食えるぞ。ブリもいいし鯛もいい。ああ、青魚やちょっと珍しい地魚もいいかもしれんな…。他にも今の時期ならイクラはわからんがウニは旬だろうから、そっち系もいいだろう」
「にゃ?」(イクラは知っとるがウニとはなんじゃ?)
「お。チェルシーはウニを食ったことがなかったのか。あー。あれは何の仲間になるんだろうな。栗みたいにトゲトゲした体の中に黄色い身が入っていてな。その身を食うんだ。パスタのソースにすることもあるが、やっぱり基本は寿司か丼がいいだろうな」
「にゃぁ…」(うーん。想像がつかんのう…)
「はっはっは。とにかく食ってみればわかるさ。まぁ一応、好き嫌いの別れる食い物ではあるが、たぶん気に入るぞ?」
「にゃ!」(早く食いたい!)
とそれぞれに食いたいものの話をし、そんな私たちの会話を横で聞いていたサクラにも、
「サクラ。あの辺は冬野菜が美味い。特にハクサイなんかは有名だから、たくさん買ってやろう」
と声を掛け、軽く撫でてやる。
「ひひん!」
とサクラが嬉しそうに鳴き、私たちの旅は楽しく進んでいった。
街道を進むこと10日。
そろそろ中間点くらいだろうかという所で、少し街道を外れてダンジョンへと向かわないか、と提案する。
「にゃぁ」(なんじゃ、早く向かわんのか?)
と少し不満げなチェルシーに、
「まぁ、いいじゃないか。たまにはサクラを思う存分散歩させてやりたいからな」
と答え、
「にゃぁ」(仕方ないのう)
と了承をもらったところで、私たちはダンジョンへと続く田舎道へと入っていった。
この辺りのダンジョンは初心者向けで路銀稼ぎ兼サクラの散歩にはちょうどいい。
黄金色に輝く田んぼの中を通りのんびりした気分でダンジョン前の村に入っていく。
「にゃぁ」(なんだかのんびりした村じゃのう)
と、どこか呆れたような声で言うチェルシーに、
「まぁ、初心者向けダンジョンだからな。こんなものさ」
と答えて、私も実にのんびりした気分で宿に向かった。
対応にでき来てくれた宿の主人に、
「あー、ギルドに寄らず直接来たんだが、最近ダンジョンに何か変わった様子があるとか、そういう話は聞いてるか?」
と念のため確認してみると、宿の主人は、
「いえ。農家の連中は村のリンゴ畑にイノシシや熊が出てちょっとリンゴがかじられることが増えたってぼやいてましたが、それ以外は特に変わったことはありませんよ。まぁ、総じて平和なものです」
と苦笑いで答える。
私は、その獣が増えたという所に若干の引っ掛かりを感じつつも、
「そうか。じゃぁのんびりピクニックがてら行ってくるとしよう」
と冗談めかしてそう答え、部屋に入った。
部屋に入って、まずはチェルシーをベッドに降ろしてやる。
すると、チェルシーはさっそく枕元で丸くなりながら、
「にゃぁ」(獣とはいえ、つまみ食いとは行儀が悪いのう)
と呆れたような冗談めかしたような感じでそう言った。
私は、そんなチェルシーに、
「ああ。ちょっと気になるな」
と返す。
「にゃぁ…」(お主もお人好しよのう…)
とあくびをしながら言うチェルシーに私は苦笑いで、
(お前もな)
と心の中で返し、その日はしっかりと体を休めた。
翌日。
さっそくダンジョンの中に入っていく。
初心者向けのダンジョンとあって魔物の気配は薄い。
そんなのんびりとした空気の中を順調に進み、ある程度奥まで入ったところで、初日の野営に入った。
夕食の茸リゾットを食べながら、
「どうだ?」
とチェルシーに聞いてみる。
「にゃ」(もう少し奥までいかんと、なんとも言えんな)
「そうか。じゃぁ、明日からは少し急ぎ足で進もう」
「んみゃぁ」(飯はちゃんと作れよ)
と明日からの行動予定を簡単に立てて、その日は休んだ。
翌日から少し急ぎ足で進むこと1日半。
なんとなく空気に重たさを感じ始める。
(そろそろか…)
と思っていると、チェルシーが、
「にゃ」(あっちじゃ)
と何気なく声を掛けてきた。
おそらくそこまで大物では無いのだろう。
私はチェルシーに、
「ありがとう」
と言って撫でてやりながら、チェルシーが指し示した方向へ向かう。
すると、遠めに初心者らしいパーティーが走っているのが見えた。
後方にいた少女が躓き、転ぶ。
その前を行っていた少年が、それに気付き、その少女を抱き起そうとした。
(危ない!)
と思って咄嗟に風の矢を放つ。
すると、その少年と少女に襲い掛かろうとしていたオークが魔石を残して消えていった。
突然のことに驚く少年と少女へ駆け寄りながら、さらに風の矢を放つ。
(当たらなくていい。こちらに注意を向けさせれば)
そう思って、魔法を連続で放ち、オークが足を止めた隙に、私はその少年少女とオークの間に割って入った。
「大丈夫か?」
と軽く声を掛けつつ、オークに風の矢を放つ。
オークは残り4匹。
初心者が相手にするにはあまりにも荷が重い。
(なんでこんなところに…)
と思いながら、オークに集中していると、少年の方が、
「やーっ!」
と叫びながらオークへと突っ込んで行った。
「…なっ!」
と叫びつつ、連続で矢を放つ。
オークは一瞬にして消え、4個の魔石だけがその場に転がった。
「アホかっ!」
とその少年を厳しい口調で怒鳴りつける。
しかし、その少年は一瞬驚いたような表情をこちらに向けてきたが、
「な、なんだと!」
と、ややへっぴり腰でそう言い返してきた。
よく見ると、剣も防具も初心者用の安物だし、年齢も若い。
15、6歳だろうか。
おそらくなりたてだろう。
(おいおい。どうみてもまだ薬草採取くらいしか受けられないひよっこじゃないか…)
と思いつつ、その強気で言い返してきた少年を見る。
その時、私の後から、
「やめなよ、ジャック!」
という少女の叫び声が聞こえた。
「うっさい!コニーはだまってろよ。横取りされたんだぞ!」
という、そのジャックと呼ばれた少年の言葉に、
(ああ、そう受け取ったか…)
と、かなりの青臭さを感じつつ、ため息を吐く。
「助けてもらったのよ!」
とまたコニーと呼ばれた少女が叫んだのに対して、ジャックは、
「だから、うっせーんだよ!」
と叫び返した。
私はジャックに近づき無言でげんこつを落とす。
「ぐえっ!」
と妙な声を上げてうずくまるジャックに、
「アホかっ!」
ともう一度同じことを言った。
「痛っ…。なにしやがんだ!」
と言って突っかかってくるジャックを軽くいなして抑えつける。
装備を見る限りジャックが剣と盾、コニーが弓に見える。
どこからどう見たって、装備も実力も足りていない。
私は瞬時にそう判断し、
「コニーとか呼ばれてたが、ケガは大丈夫か」
とジタバタするジャックを軽く押さえつけつつ、まずはコニーにケガの具合を聞いた。
「は、はい。…あの、ちょと擦りむいただけです」
と答えるコニーにうなずき返し、今度はジャックに目を向け、
「どうせ、幼馴染かなんかでお前が強引に森の奥まで入ろうとか言ったんだろう」
と声を掛ける。
すると、ジャックが、
「な、なん…!」
と言ったから、おそらく正解だったんだろう。
そんなジャックに私は、
「ギルドで教わらなかったのか?ここはひよっこが来ていい場所じゃない」
とやや冷たい感じでそう言い放った。
「なっ!…」
とジャックは何か言い訳をしようとしたようだが、その頭に再び軽くげんこつを落とす。
「いてっ!」
というジャックに、
「アホかっ!お前のそのアホな考えのせいで、そこのコニーが死にかけたんだぞ」
と言うと、ジャックが、
「なっ!…くっ」
と言って黙り込んだ。
そこへ、
「あ、あの。すみません。あの、こいつはバカだけど悪い奴じゃないんです。許してやってください」
とコニーが涙目で私に訴えかけてくる。
私はため息を吐き、ジャックを放してやると、コニーに向かって、
「バカの手綱はちゃんと握っておけ。将来苦労するぞ?」
と、苦笑いで言ってやった。
コニーの頬が少し赤く染まる。
(…おいおい。青春かよ…)
と私はまた予想が見事に当たってしまったことに苦笑いしつつも、その場を離れ、適当に魔石を拾い集めると、
「ほれ。装備代の足しにしろ。あと、1年間は薬草採取だけを受けるんだな」
と言って、その魔石をコニーに渡した。
「え?あ、あの…」
というコニーに、
「ああ、遠慮するな。おっさんのおせっかいだ」
と言って、面倒くさそうに手を振って見せる。
そして、ようやく立ち上がったジャックの側に寄ると、
「守りたいものがあるならゆっくり強くなれ」
と声を掛けて、ガシガシと頭を撫でてやった。
「なっ!なにすんだよっ!」
と突っかかって来るジャックの頭を押さえつけつつ、
「この程度が振りほどけないうちは強がるな」
とわざと嫌味ったらしい笑顔で言ってやる。
「く、くそ…」
とつぶやき、ジャックが悔しそうな顔でうつむいた。
「焦らなくても、そのうち強くなれるさ」
と今度はやや優しく声を掛け、手を離してやる。
私は、
「いいか。1年間は薬草採取だけだ。いいな?」
ともう一度コニーに言って、コニーがうなずくのを見てからその場を立ち去った。
のんびりその辺の草を食んでいるサクラのもとに戻ったところで、
「にゃぁ」(お主もお人好しよのう)
とチェルシーがややからかうように声を掛けてくる。
その言葉に私は、
「ははは。そうかもしれんな…」
と苦笑いで返すことしかできなかった。
「さて。もう少し進んで野営にするか…」
と照れ隠しにやや早口でそう言って、とっとと歩き始める。
そんな私に、
「にゃぁ」(今夜の飯は肉にしろよ)
といつもの調子でチェルシーが声を掛けてきた。
私もそれに苦笑いで、
「あいよ」
といつもの調子で返事を返す。
そんな私たちの会話を聞いて、サクラが、
「ひひん!」
と楽しそうな鳴き声を上げると、私たちはいつもの調子で森の中を進んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます