第2章
第29話 山羊を狩ろう01
(せっかくイクセリア公国まで来たのだから山で狩りでもしていくか)
そう思って、とりあえず山沿いにある宿場町を目指す。
「にゃぁ」(クルツとやらに向かっておるのではなかったのか?)
と怪訝な顔を向けてくるチェルシーに、私は、
「ああ。もちろんこの後向かうぞ。しかし、せっかくだ。鞍の材料をそろえるついでに山の恵みをいただきつくそうじゃないか」
と明るく答えて、私は街道を少し逸れ長閑な田舎道へと入っていった。
その長閑な田舎道を進むこと3日。
やや大きな宿場町に着く。
「さて、このくらいの町なら美味い物があるだろう」
と言って、さっそくその門をくぐると、チェルシーが、
「にゃぁ」(ここは何が美味いんじゃ?)
と、期待のこもった眼差しで聞いてきた。
とりあえず、
「山の麓だからな、肉とチーズが美味いはずだぞ」
と答えてやると、
「にゃ!?」(なにっ!?)
と驚愕とも感嘆ともとれるような声が返ってきた。
(チェルシーはどっちも好きだからな)
と思って微笑みを浮かべながら、
「にゃ!」(早よう飯にするぞ!)
と言って、胸元の抱っこ紐の中でうずうずしだしたチェルシーを軽く撫でてやる。
「まぁ、焦るな。まずは宿と風呂だ」
と言って、私はさっそく適当な宿へと入っていった。
さっと風呂を使って、宿を出る。
(さて、チェルシーに肉とチーズを存分に味わってもらうにはなんだろうか?)
と考えながら、私は割と賑わっている大きめの酒場に入った。
こういう宿場町の大きな酒場はだいたいハズレがない。
その代わり大当たりというのも少ないが、今回はハズレない方が重要だ。
なにせ、ハズレてしまえばチェルシーがへそを曲げてしまう。
私はそんなことを考えて、まずはそこそこのヒットを狙いにいった。
いつものように、
「猫がいるが構わんか?」
と聞き席に着く。
とりあえずビールを頼み、
(さて。どうするか)
と思いながら、壁に書かれた品書きを見た。
「お。チーズバーガーがあるじゃないか。どうだ?」
とチェルシーに聞く。
「にゃぁ」(かまわんが、やけに直球じゃのう)
と少し懐疑的なチェルシーに、
「そういう王道の方が直接肉とチーズの味が味わえていいと思うぞ」
と答え、
「にゃぁ」(うむ。ならばよい)
と了承をもらったところで、ビールがやってきた。
「チーズバーガーをくれ。あと、適当に野菜を頼みたいが、おススメはあるか?」
と聞くと、
「はい。シーザーサラダなんてどうです?うちのはマヨネーズも手作りですし、チーズもいい物を使ってますから、美味しいですよ」
と自信たっぷりに言う店員の言葉を信じて、それを頼む。
(ほう。もしかしたら当たりかもしれんな)
と心の中でそっと期待しつつ、まずはビールをごくりと流し込んだ。
やがてやって来たチーズバーガーを見て、私はやや驚く。
パッと見、肉とチーズ以外の具が無い。
それも、割と大きい。
(王道が良いとは言ったがこれはいくらなんでもシンプル過ぎないか?)
と、自分の期待が裏切られてしまったのではないかという不安を感じつつ、チェルシーの分を適当にちぎってやってからかじりつく。
しかし、ひと口頬張った瞬間、
(当たりじゃないか。ヒットどころかホームランだぞ!)
と思わず心の中で歓喜の声を上げてしまった。
ふわりとしていながら、しっかり焼かれてややカリッとした食感もあるバンズ。
その次にやって来るのは表面から見えなかったタマネギのシャキシャキとした食感。
そして、ねっとりとした舌触りのチーズの後にしっかりとした肉の歯ごたえがやって来る。
その絶妙な組み合わせの歯ざわりが私の口をうならせたと思ったら次の瞬間うま味の洪水が私の口を襲ってきた。
(これは…)
と驚き息を呑んだ瞬間、濃厚なチーズと肉の香りが合わさって私の鼻腔を攻めてくる。
(肉の美味さがまず違う。それにチーズもだ…。肉の焼き加減もいい。肉の肉らしい食感と溢れる肉汁が醸し出す柔らかさがちょうどいい感じで合わさっている。そこにとろとろとした感触で肉とはまた違う種類のうま味が強いチーズが合わさってくればもう最強だ。なるほど、これなら他に余計なものはいらんな。いや、入り込む余地が無い…)
と、私が感心している横で、チェルシーが、
「んみゃぁー!」(美味いぞー!)
と、歓喜の声を上げた。
思わず一気に食べつくしてしまいそうになるのをこらえて、チェルシーに、
「おいおい。野菜も食えよ」
と言いながらシーザーサラダを取り分けてやる。
私も、
(さて、こっちはどうだ?)
と思いながら、その店員おススメだと言うシーザーサラダを口に運んだ。
シャキシャキとした食感のレタスとカリカリのベーコンの対比がいい。
それに、店員がおススメだというだけあって、チーズの香りもいい。
マヨネーズは少しあっさりめだろうか?
しかし、そのあっさりした感じがチーズの濃い香りと良く合っていている。
酸味と塩味のバランスも完璧だ。
(ほう。これもいいな…)
と思いつつ、サラダでさっぱりした口でまたチーズバーガーを頬張った。
ビールとハンバーガーというなんともジャンクな組み合わせを堪能し、大満足で店を出る。
私の胸の中で、
「ふみゃぁ…」(美味かったのう…)
と満足の声を漏らした。
(よかった…)
と思いながら、軽く撫でてやる。
するとまたチェルシーが、
「ふみゃぁ…」
と気持ちよさそうな声を漏らした。
翌朝。
まずはギルドに向かって適当に依頼を見てみる。
ざっと見たところ急を要するような依頼は無いようだ。
私はそのことに安心して、ギルドを出ると、さっそくその宿場町の門をくぐってまた田舎道を歩き始めた。
のんびりとした歩調で歩く私の横をサクラがなんとも楽しそうに、
「ぶるる」
と鳴きながら、ゆっくりと歩いている。
どうやら、サクラはこうして旅をするのが気に入ったらしい。
そんな姿を見ていると、
(早く立派な鞍を作ってやらねばな)
という気持ちが強くなってきた。
「ちょうどいい具合に山羊が出て来てくれればいいな」
と言いながらその首筋を撫でてやる。
おそらく言葉の意味は理解していないだろうが、私の気持ちは十分に伝わったらしく、嬉しそうに、
「ひひん!」
と鳴くサクラを見ていると、私の中に久しぶりにやる気というものが漲ってきた。
楽しい旅は順調に進み、2日ほどでダンジョン前の村に到着する。
私は村に到着すると、さっそく宿をとり入念な準備に取り掛かった。
ここのダンジョンは山。
森林限界を越えた先にいくつもの山が連なる山岳地帯が広がっている。
そんなかなり厳しい環境のせいで上級者向けのダンジョンとされている場所だ。
準備を怠れば危険な目に遭いかねない。
私はいつもより気合を入れて装備の点検を行った。
翌朝。
気合を入れて登山口に向かう。
登山口に着くと、
「ここからは体力勝負だからな。少しでも異常があったらすぐに伝えてくれよ」
と念のためチェルシーに伝え、
「にゃ」(ふん。わかっておるわい)
と、ややツンデレるチェルシーと、ひさしぶりの大自然に、
「ぶるる」
と鳴いてやや興奮気味のサクラを少しなだめてやってから私はゆっくりとダンジョンへ続く道に足を踏み入れた。
最初は緩やかだった道が徐々に険しさを増していく。
それでも一応ここまでは登山道が整備されているからサクラでもなんなく登ってくることが出来た。
やがて森林限界を超えたところでいったん近くの尾根に出て辺りの様子を見まわす。
見渡す限りの山、また、山。
綺麗な稜線が続くその先には、綺麗な青空がどこまでも広がっていた。
(ただの登山なら最高なんだろうが…)
と苦笑いしながら、これから挑むダンジョンを眺める。
どうやら遠くに羊の群れが見えるから、魔物の動きはそれなりにありそうだ。
私は一度深呼吸をして気合を入れなおすと、しっかりとした足取りでダンジョンの奥を目指して歩き始めた。
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