第3話 突然の訪問者と一日メイド②
さらにシャルテとルヴァンは庭園に場所を移した。
「では、お嬢様には庭園のお仕事をお願いします」
「そんじゃ、先ずはこの箒を持って掃き掃除をしてもらおうか」
ウィリアムズはシャルテに箒を手渡した。
「それでは、くれぐれも、くれぐれも!お気を付けくださいますようお願いいたします!…あとは頼んだぞブレッド」
ルヴァンは念には念を押し、その場を立ち去った。
「よし!今度こそ成功させるぞ!」
「屋敷の中で一日メイド体験してたんじゃなかったのか?
それがどうして今ここに居るんだ?…はは~ん、分かったぞ。メイドの仕事をやってはみたがどれも上手くいかなくて屋敷内はひっちゃかめっちゃか、んでここに回されたってとこか」
「お…おっしゃるとおりです」
ぐう根も出ないシャルテに対して、ウィリアムズは腹を抱えて大笑いする。
「ハハハ!!…ククク、お嬢様らしいわ。まぁ、じゃじゃ馬も程々にな」
その反応にプクーッと頬を膨らませて少しだけ拗ねる。
「じゃじゃ馬なんかじゃないですぅ」
「ほぅ、そんじゃ、服を泥塗れにした挙句、靴がグチャグチャだからって制止も聞かず、素足でペタペタと歩き回った結果屋敷中泥塗れにさせたのは誰でしたかな?」
「そ、それは…」
「私は悪に立ち向かう騎士だ!とか言って剣のおもちゃを振り回して、家の骨董品を叩き割ったのは誰だったかなぁ? 」
ウィリアムズは持っていた箒を剣に見立てて当時のシャルテの真似をして見せる。
「うっ…」
「シャルテが10歳の時、木登りするなって言われていたにも拘わらず(男子と一緒に)木登り(勝負)したのは誰だったかなぁ?それで足を滑らせて木から落っこちたのは?」
「わ、私です…」
「だよなぁ~、これだけ屋敷中を賑わしてるのにじゃじゃ馬じゃないなんて、そんなことが言えるか?」
「む、昔の話だから…そう!今は昔の私とは違う。ムー…見てなさい!」
花壇の雑草取りと水やりを猛スピードでこなすシャルテ。
「フゥー…どうよ、こんなの余裕よ余裕」
と得意気にする様はまさに子供の頃に戻ったようなシャルテの姿に見えた。
それを見たウィリアムズは感心していた。
「へぇ~、シャルテお嬢様はやればできる子なんだな」
「そうよ。私だってやればできるんだから、ただ今まで本気を見せていなかっただけなんだからね」
と言いながら先ほどから気付かずに井戸汲みの桶を足元に置いたままにしてしまったシャルテ。
足を動かすと桶が倒れてしまい、さらにはシャルテの足が縺れ尻餅をついてしまう。
「…こりゃたまげたな」
とウィリアムズが笑いながら手を貸し立ち上がらせる。
「も、もう!笑わないでよ」
と少し半ベソを搔きつつ蹌踉きながらも、ウィリアムズの胸板に雪崩れ込むように立ち上がる。
「そういえば、聞き込み調査は進展あったか?」
「それが特には何もなかったかな。ルヴァンって無敵なの、凄過ぎない?あ!そうだ、ブレッド何か良い情報ないの?ブレッドはよくルヴァンとお話してるじゃない?フレッドから見たらルヴァンってどんな風に見てるの?」
「…そうだなぁ、しいて言うなら…仕事はきっちりやる男」
「それだけ?なんだぁ他の人と同じ答えか。期待して損したー」
「なんだよ…へえへえ、ご期待に沿えなくて悪うございましたねー」
ムスーッとした顔でウィリアムズを睨みつける。
「なんだよその顔は」
「もうこの際、ルヴァンの弱みじゃなくてもいいから、ルヴァンについての話とかないの?昔話とか、ルヴァンに関する話とか、あ、恋!恋の話とか」
「ルヴァンの恋の話?アハハハ!!!そりゃあ俺も是非とも聞いてみたいな、
ルヴァンの恋の話なんて、絶対面白いに決まってるだろそんなの」
ウィリアムズは腹を抱えて大笑いする。
「もう!こっちは真剣に聞いてるのに」
「悪い悪い…まぁ、ルヴァンもあの年だし、恋の1つや2つ、いや3つや4つ…10個、あってもおかしくないんじゃないのか」
「うそ…10個って…そんなにルヴァンは女性慣れしてるというの!?」
「いや、そこまでは話を盛りすぎたか。無いにしても、少なからずはあるんじゃないのか?」
「…たしかに、ルヴァンって厳しいけど女性メイドからも人気の声があったかも。
でもそんな話聞いたことない。私の知らない所で恋人と密会してたとか?
わああああ、もう超気になるぅう」
「想像力豊かだな」
ズキン…
「あ…(あれ?なんだろう、この胸の痛み…なんだかチクチクする…)」
ルヴァンに恋人…そう思うだけでシャルテの心の中では焦燥感と胸の痛みを募らせてゆく。途端、急に泣き出すシャルテになんだなんだと慌てふためくウィリアムズ。
「お、おい…どうしたんだよ急に泣き出して…?」
「…うぅ、…ルヴァンに恋人がいるって思ったらっ…っう…。
さっきまでは平気だったのに…急に涙が、溢れてきて…」
「はぁ?ったくしょうがねぇなぁ…ほら、これ使え…」
ウィリアムズはシャルテにポケットからハンカチを出して渡した。
ハンカチを手に取り涙を拭うシャルテの頭をポンポンと撫で、
シャルテが泣き止むまで軽く宥めた。
「ご、めんなさ、い…」
「別にかまいやしねぇさ」
「ありがとう、ブレッド」
そう言って泣き止み、笑みを浮かべながらもうお屋敷に戻るね、と言って走り去って行った。
「あ、おい!まだ仕事がっーーー…って聞こえちゃいねぇか…仕方がないねぇ、
まったく…。はぁ、結局お嬢様に振り回されちまったな。
(こりゃ、ルヴァンも毎日大変だな)」
結局シャルテが仕事を途中で切り上げてしまったので後始末をすることになったウィリアムズ。
「ふぅ~…(お嬢様には言えなかったが、ルヴァンの一番の弱み…俺は知ってるぜ。
それは…シャルテお嬢様、貴女のことですよ)」
なんて思いにふけていると、急に後ろに気配を感じたウィリアムズは後ろを振り返る。
「…ル、ルヴァン!」
ルヴァンがもの凄い剣幕でウィリアムズに近付く。
「お、おいルヴァン、何だよその殺気は…!」
ザッザッとウィリアムズの前で立ち止まり、グイッと顔の距離を縮めるルヴァンに、怯えてしまっているウィリアムズは後退る。
「お嬢様を泣かせたのか?」
「はぁ?そんなわけーーー…!」
「泣かせたのだな?」
「ちっげぇよ!俺は泣かせてねぇって」
「では先程、何故お嬢様の頬に雫が落ちたのだ?」
∞∞∞∞∞
先程のシャルテがウィリアムズの服を掴み涙を流していたのを発見したルヴァンは。
「(まさか、お嬢様の想い人というのは…いや待て、お嬢様が泣いて、いるだと?)」
と変な解釈をしてしまい、ウィリアムズに事の経緯を問い質すために急いで戻ってきた。
∞∞∞∞∞
「知らねぇよ!いきなりわけわかんねぇこと言いだして、勝手に泣き出して、挙句の果てに仕事の途中で帰っちまうし、こっちが聞きたいわ!」
「ほぅ…では自分がお嬢様を泣かせたのではないと言い張るのだな?」
「だからそう言ってるだろ!俺は何もしてないって…!」
「しかし、どうにも納得がいかないな。何故涙を流したのか。
ブレッド、言うなら今だぞ?」
ゴクッ!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!とルヴァンの重圧に押し潰されそうなウィリアムズは慌てて弁解をした。
「いや待て待て待て、それなら本人に訳を聞けばいいだろ!?俺は関係なーーー…」
「弁解の余地なし、ブレッドォオオオオ!!!」
「だから人の話を聞けってば!!!」
ウィリアムズとルヴァンの追いかけっこが始まった。
お屋敷に戻りそれを見たシャルテは何を勘違いしたのか、
二人が楽しそうに戯れているのだと温かい微笑みを向け見守っていた。
∞∞∞∞∞
その後、ウィリアムズへの誤解とルヴァンの誤解は解けた。
まさかシャルテは自分が招いたことだとは露知らずにいた。
「なんだったのかしら?」
∞∞∞∞∞
「はぁ~~~…やっとルヴァンから解放された。ったくお嬢様といい、
ルヴァンといい…関係ない俺を巻き込むなっての」
ブツブツと文句を言いながらウィリアムズが廊下を歩いていると
前方からメイドのディースと、メイド長のモーメントがやってくる。
ディースはメイド達の中でも優秀な働きっぷりを見せてくれるメイドで、容姿端麗、仕事も率なくこなす、少しミステリアスな大人な女性である。
モーメントは長年グレイシス家に仕えているメイドで、いつもニコニコとしている、とても優しい性格をした丸眼鏡をかけた老婆である。
「あら、ブレッド」
「ん?ああ、これはこれはモーメントメイド長、とディース。
あ、聞いてくださいよー、さっきホントひどい目に遭ったんですよ」
先ほどあった事の経緯を説明するとモーメントは、あらまぁそれは大変、と言いながらウィリアムズに労いの言葉を掛ける。
「俺は無実だって言ってるのにルヴァンは話を聞きやしないし、なかなか納得してくれなくてどっと疲れました」
「それは日頃の行いのせいでしょう」
と、そこへディースが口を挟んできた。
「俺のどこが悪いって言うんだよ」
「自分の胸に手を当てて聞いてみるといいわ」
「つれないねぇ~、ディースちゃんは。はいはい、で話は変わるんだけど、
この後お茶しない?もちろん二人っきりで」
ディースに少し近付くウィリアムズ。
「まったく、そういうところだよ」
「?で、どうなの?ティータイムしないの?」
「いいでしょう」
「え?マジ?いつも絶対断るのに、やっとOKしてくれた?なら早速―――…」
更に近づこうとしてくるウィリアムズに手で制止した。
「いや、私は忙しい。代わりに新しくメイドとしてこのお屋敷に入った新人を紹介します」
「なになに!新人メイドちゃん!?なんだよ、それなら早く言ってくれよ」
「新人だが見込みのある子で。仕事も早くこなせているようだが、まだこのお屋敷のことは分からないのだから、ウィリアムズ、その子をお願いするわ」
「挨拶が遅れちまうところだった。挨拶がてら、このお屋敷のこと手取り足取り教えないといけないよな~。なぁ、早く紹介してくれよ、そのカワイ子ちゃん」
ニヤリと笑うディースに何も気づかないウィリアムズは鼻歌なんて歌い始めて待っている。
「…フッ、そう焦らずとも、今紹介するわ。…ケニーナ」
「お呼びでしょうか」
「はじめまして、俺ブレッド・ウィリアムズって………え?」
ケニーナと呼ばれたメイドはウィリアムズの目の前に来た。
そこにはブレッドよりも背が高く、ガタイの良い、如何にも腕力が強そうな女性が現れたのでウィリアムズは硬直してしまった。
「紹介しよう。こちらが新しく入った新人のメイド、ケニーナよ」
「ケニーナです。どうぞお見知りおきを、ウィリアムズ様」
語尾にハートを付けてウインクをするケニーナに対して慌ててディースの後ろに隠れるウィリアムズ。
「ヒィッ!お、おおおいディース!」
「あぁ、そうだ。ケニーナ、ウィリアムズ様が先程まだこのお屋敷に慣れていないケニーナを気遣ってお茶でもしないかとお声がかかった。それと、お屋敷のことも色々と教えてくれるそうだ。良かったわねぇ」
「本当ですか!?嬉しいですわぁ~、
不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
ウィリアムズに近付くケニーナ
「ッ!いや、え~っと、そうだ!俺仕事がまだ残ってるんだったのを思い出した!
じゃ、そういうことで…その話はなかったことに―――…」
ウィリアムズはその場を立ち去ろうとしたが、ディースに腕を掴まれ引き留められる。
「いけませんわ。本日のお仕事は終了したと先程他のメイドから聞きましたので」
実は、ウィリアムズはディースたちに会うちょっと前に他のメイドをお茶に誘っていた。その情報を得ていたディースは知っていたのだ。
「ぐっ…!」
ぐうの音も出ないウィリアムズの腕をディースはケニーナへと受け渡した。
「さぁ、行きましょう。ウィリアムズ様。先ずはお屋敷のご案内からお願いします」
「力つよッ…!!」
ウィリアムズは逃げようとするが物凄い腕力に抜け出すことができないでいると、そのままケニーナに引きずられるようにして連れて行かれてしまった。
ディースはニコニコと笑顔で手を振りウィリアムズたちを見送った。
「なんで俺ばっかり、こうなるのぉおおおお!!!」
ウィリアムズの心の叫びが廊下に響き渡った。
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