じゃじゃ馬ヒロインでもいいですよね!~『男』と間違られる『ヒロイン』じゃダメですか?~
オジ万剤
第1話 じゃじゃ馬令嬢
シャルテ、10歳は同年代の子達とグレイシス家の庭園にて遊んでいた。
楽しそうに笑う声、ふざけ合う笑い声が響いていた。
「今度はさ、あの木に登って競争しようよ」
「いいよ」
「やろうやろう」
パタパタと一緒に走って次の遊び場に移動していく子供たち。
少し前を走っていた男の子が、シャルテに振り返りりじっとこちらを見る。
シャルテは気になり、声を掛けてみた。
「どうしたの?」
『なんかさ。お前、女なのに男みたいな奴だな』
そう吐き捨てられた。
「…男…」
∞∞∞∞∞
シャーッとカーテンが開けられ陽の光が部屋の中を明るくされた。
「おはようございます。シャルテ様」
シャルテはむくりと体を起こし、寝惚け眼をこすりながら起床する。
メイドがシャルテにいつものように声をかける。
「身支度の準備をいたしましょう」
シャルテの身支度が終わり廊下をカツカツと歩く音が鳴り響く。
「おはようございます、シャルテ様」
行く先々で使用人のメイドたちに挨拶をされる。
ダイニングルームに入り、長いテーブルと椅子が並べられていた。
腰かけるとメイドたちが食事を持ってシャルテの目の前に並べる。
「いただきます」
一人、ポツンと座り食事を始めるシャルテ、これがいつもの光景なのだ。
目の前にも、隣にも一緒に食事をしてくれる人はいない、
後ろで使用人たちがシャルテの食事が終わるまで立って見守っているだけだった。
食事を終えると、すかさず一人の老執事が声をかけてくる。
「おはようございます。シャルテ様。本日のご予定ですがーーー………」
「いつものルーティーンでしょ、言わなくていいわルヴァン」
「…はい。ですが本日は旦那様がお戻りになられますので、お早いお帰りをお待ちしております」
「…わかった(そうか、今日は父が帰ってくる日か…)」
ルヴァンと呼ばれた老執事はさらに言葉を続ける。
「それと、シャルテ様。またそのような恰好を…何度も申し上げているように―――」
シャルテの格好はどう見てもお嬢様というには似つかわしくない格好をしていた。
まるで貴公子の様な風貌であった。
「あーはいはいはい、わかってますわかってます」
「返事は一回!グレイシス家のご息女として相応しいお召し物に着替えてからご出発をなさいますようお願いします」
「…はーい」
「返事は伸ばさない!」
その後着替えを済ませに行くのかと思いきや、シャルテはコッソリと出かけようと準備を進めていた。
「では、ご出発の準備が整いましたらお声掛けくださいませ」
「それじゃもう行こう」
「は?先程ルヴァン様からお着替えの申し出が…」
「いいよ、遅くなっちゃうし、また今度で、さっさと行こう。
またルヴァンがうるさくなる前に」
「か、かしこまりました…」
外に出ると玄関ホールで見送りのため使用人たちが集まり整列する。
「む?お待ちくださいシャルテ様」
と、そこへ足早にルヴァンがやって来る。馬車に乗り込もうとしていたシャルテを呼び止めてきた。
「げっ!もう来た」
「まだお召し物が違うようにお見受けいたします」
「まぁ、今日はこれで、また今度ということで…」
「なりません!…シャルテ様!」
ルヴァンの制止の声をも振り切り、
玄関ホールで使用人に見送られながら馬車に乗り出発をする。
こんなやり取りをいつもの日課のように繰り返していた。
「ふぅ~…今日もなんとか乗り切れた(しかし、久しぶりに帰ってくるんだ…お父様)」
シャルテは、いつものルーティーンの合間を縫って街まで買い物に行くことにした。
「(今日はあの作者さんの新作が出てるはずだわ)」
その道中、見たことのある馬車を見かけたので、馬車を止めさせ待つことにした。
「あ!おはよう。シャルテ」
「ウエンディ!」
ひょろっとした痩せ型の男性が声をかけてくる。
彼の名は、ウエンディ・パーソン、シャルテの幼馴染だ。
虚弱体質ではあるが外出が好きで、よく遠方の街にも出かけていることがある。
「今日も身なりがキマってるね~」
「ありがとう。朝からルヴァンがうるさかったけどね」
「ルヴァン様?ふふふ、シャルテが心配なんだよ~」
「心配って…もうそんな年じゃないんだけど」
不服そうにしているシャルテに対してウエンディはそんなシャルテを見て微笑んだ。
「フフフ、これじゃあルヴァン様も苦労するね」
∞∞∞∞∞
その日の黄昏時まで時が進む。
シャルテは帰宅後早々に着替えをさせられてしまいご機嫌斜めであった。そこへさらに帰宅していたシャルテの父、ワンダー・グレイシスに会いとても不機嫌であったが、いつものようにルヴァンを呼び出し剣術の稽古練習に付き合わせていた。
「またですか、シャルテお嬢様…」
「日々成長してるってところをルヴァンに証明したいの!私は、引けない」
「…わかりました。お嬢様のご意思にお応えいたします」
「…(いつもいつもルヴァンとまともにやっても勝てるわけがないってわかってる。
でも、短時間で一発でも入れば…!)」
シャルテは疾走しつつルヴァンのスキが出るようにと剣を振るう。
シャルテの猛攻撃を受け流すルヴァン。寸でのところでかわされて距離を取られてしまうシャルテ。
「おしい!…次行くよ!…あ」
とシャルテが動く前に即座にルヴァンに距離を縮められて一瞬で体を宙に浮かされ、そのまま地面に落とされる。
「くっ…!(今何が起きたの…?気付いたら体が浮いて…)」
しまった!と気付いた頃には手遅れだった。
「お嬢様、これでお終いということで宜しいでしょうか?」
「いいえ、まだ始まったばかりじゃないかルヴァン。私は貴方に勝つ!」
「お嬢様…どうしてそこまでなさるのです」
立ち上がりまだまだ勢いが止まらないシャルテはフッと笑い
「私のケジメ」
「ケジメ?」
「認めてもらいたいから、ルヴァンに、ちゃんと一人で立てるってことを証明したいの」
フワリと微風が吹く中、シャルテのその真剣な表情の中にある、ガラス玉のように透き通った瞳にルヴァンはつい見惚れて引き込まれそうになる。
「…お嬢様」
「だから何度でも立つわ、貴方の前に」
それから何度もルヴァンに挑むが攻撃は当たらない。
返り討ちにあうばかり。それでもボロボロになりながらも立ち上がるシャルテにさすがに気が引けてしまう。
「お嬢様…もうそれ以上は」
「はぁ…はぁ…、まだ、まだ立てるから…」
「そのような状態で続けるのは、さすがにお体に障ります」
「あぁ、そうね…。だったら」
シャルテは着ていたドレスの裾を千切って靴を脱ぎ捨て素足を地面につけた。
「これで動きやすくなったわ」
「なんてことをっ…!」
驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
「知ってるでしょルヴァン。私が意固地なの。貴方に当てるまで絶対に折れないから」
駆け出し先程よりも加速するシャルテの猛攻撃に再び身構えるルヴァンを押し退ける。
「…(回り込んで背後からもダメ、横からもダメなら…)」
懐に入ろうと真下に入り剣を突き上げる。
「これで最後」
「下!」
しかしシャルテの剣はギリギリのところで受け止められてしまう。
「良い考えです。しかし…」
「本命はこっち」
「何!」
地面を蹴って剣を持つルヴァンの手を踏み台にしてよろめいた隙に真上に飛び小さな短剣を振りかざす。
「!!」
「はぁああああ!!」
シャルテの剣はルヴァンの髪をかすめた。
ルヴァンはシャルテを去なして地面に叩きつける。
「っ!」
「はぁっ…」
苦み走った表情をするシャルテはその場に座り込み。
「…これで勝てると思ったのに…あんなに稽古したのに…」
悔しさで地面の土を握りながら歯を食いしばる。
「勝てなかった…うぅ…」
そんな様子にルヴァンは憐憫の情を抱いた。
「お嬢様…」
「うぅっ…うわああああん!」
突如抑えていた感情が込み上げ、溢れ泣きじゃくるシャルテ。
「悔しい…勝ちたかった…認めさせたかった!」
泣き叫び続けるシャルテにルヴァンは声をかけた。
「…お嬢様、帰りましょう」
そっとシャルテの側に寄りそうルヴァン。
「うわぁあああん!」
∞∞∞∞∞
暫くして泣き止んだシャルテはお屋敷に入ると、シャルテの姿を見て心配そうに見守るメイド達が駆け寄ってくる。シャルテは無言のまま制止して靴を持って階段を上って部屋に戻ることにした。
「…(ボロボロに負けた挙句子供みたいに泣き喚いてみんなに心配かけて…すごくカッコ悪いじゃん、私…)」
自分の行いに消沈してしまった。
と、その時、ズルッと階段の途中で足を滑らせてしまい宙に体が浮いてしてまう。
「(嘘…落ちる?今日、何度も宙に浮かされてるんだけど。最後の最後でこれって…もう、何やってんだか…私は…)」
落ちることを覚悟して目をギュッとつぶるしかなかった。
ストン…と体が包まれる感覚。
「大丈夫ですか。シャルテお嬢様」
「ルヴァン…!」
そっと目を開けるとそこには、階段の途中でシャルテの体をお姫様抱っこして抱えてくれたルヴァンがいた。
「体が不安定ですし、お部屋までお伴します」
「だ、大丈夫!私一人で平気だから」
ルヴァンにお姫様抱っこをされているということにも恥ずかしさを感じたが、それよりもお互いの顔の近さに赤面する。
そんな状況にシャルテの心音が早くなるのを自身で気付いてしまい慌てて離れようとする。
「ですが…」
サッとルヴァンから離れ階段を登り始める。
「いっ…!」
一歩踏み出しただけで足首に痛みが走った。
その瞬間フワリと再び体を持ち上げられる。
「やはり私がお部屋までお連れします」
「い、いいって!」
再び鼓動が早くなるので聞かれてしまうのではないかと焦るシャルテはバタバタと足を庇いながら藻掻いた。
「いけません。足を捻ったのでしょう。そう暴れないでください!」
ルヴァンにギュッと強く抱き寄せられてしまい、硬直してシャルテは押し黙ってしまう。
部屋に入りゆっくりとベッドの上にシャルテを座らせると、シャルテの前に跪きそっと足に触れる。
「足をお見せください。お怪我の具合を拝見いたします」
「ぇ、あ、はい…」
「失礼します。…やはり、稽古の際に足を捻ったのですね。腫れているじゃありませんか」
「いっ!」
足の手当を施してゆくルヴァンをジッと見つめながら自分の情けなさに呆れ返っていた。
「(ほんと何やってるんだろう…結局ルヴァンにお世話になっちゃってるし…)」
「暫くは安静にしていてください」
「…」
「お返事が聞こえないようですが?」
「…はい」
シャルテの落ち込んだ表情を見てルヴァンは呆れた声で促した。
「はぁ…意地を張るのは分かりますが、少々無理をしすぎではないでしょうか?」
「だって、認めてもらいたくて」
「他の方法でも証明にはなりませんか?」
「私がグレイシス家の次期当主としてこの家を守れるぐらいの強さがないと。女だからってなめてかかられたらたまったもんじゃないし。それに…」
ルヴァンにもう子供ではないと、一人前の一人の人間として自身を見てもらいたいと思う気持ちはそっと胸に納めることにした。
「それに?」
「いえ、何でもない」
「そうですか。何かお飲み物でもご用意いたしましょう」
「いい、いらないわ」
「かしこまりました。それでは私はこれで、失礼します」
∞∞∞∞∞
パタンと部屋を出たルヴァンは長い廊下を足早に歩きながら自身の行いに腹を立てていた。
「私は何をしているのだ。お嬢様にお怪我をさせてしまうなんて」
自責の念に駆られてグッと拳を握り締める。
「(お守りする立場だというのに…逆に傷付けてしまうなんてあってはならないこと…これはケジメというものをつけなくては)」
ルヴァンはグレイシス家の主のワンダー・グレイシスの書斎に足を運んだ。
「何用だ?」
「…大変申し上げにくいのですが、先程お嬢様と剣術の稽古をいたしました」
少し俯き加減で話すルヴァン。
「あぁ、それで?」
「…その際に、どうやらお嬢様にお怪我が生じてしまったようで、私がもっと加減をすれば良かったのです。大変申し訳ございません。このルヴァンお守りする立場にあるのにも関わらずそのような…不徳の致すところでございます。誠に、申し訳ございませんでした。如何なる処分もお受けします」
頭を深々と下げるルヴァンに思いもよらぬ言葉が返ってくる。
「…かまわん」
「!」
驚きのあまり頭を上げるとワンダーは話を続ける。
「先程の稽古は見ていた。あの子には少しお灸というものが必要のようだ。
お転婆にも程があるのでな。悪いがルヴァン、あの子のことを引き続き頼んだ」
「はっ!承知いたしました」
「まったく…もう少しお淑やかにできないものかね」
「私も同じ思いでございます」
呆れた様子のワンダーに苦笑するルヴァン。
「ルヴァン、私は明日、また出発しなければならない。後のことは頼んだぞ」
「はっ!」
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