第41話「私嬉しいです」

「……美味しいですね、これもまたお祭りならではって感じがしますね」


 神社の階段に座って、琴音さんが嬉しそうにイカ焼きを食べる。その姿をじっと見てしまった俺は……やっぱり変態のようだな。

 そして、さっきはちょっと話しかけづらい雰囲気になってしまったが、嫌われているわけではなさそうだ。よかったと思う俺がいた。


「うん、美味しいね。これもお祭りじゃないと食べられないからなぁ」

「そうですね、いいものをいただくことができて、嬉しいです」


 そこまで話して、またちょっと沈黙の時間が流れた。い、いかん、何か話さなきゃと思っていると、


「……大河さん、こうして私と話してくれて、ありがとうございます」


 と、琴音さんが言った。


「え、あ、いえいえ、俺の方こそ話してくれてありがたいというか、勉強も教えてもらっているし……」

「大河さんと一緒に夏休みを楽しむことができて、私嬉しいです。今までで一番楽しい夏休みになった気がします」


 そう言った琴音さんが、笑顔を見せた。


 いつも真面目な顔の琴音さんの笑顔は、まぶしくて、綺麗で。

 今日は雰囲気が違うのもあって、いつも以上に綺麗に見えた。


「そ、そっか、俺も今までで一番楽しいと思っているよ。夏休みの課題も早く終わったし、琴音さんとこうして出かけることも多かったし……」

「それならよかったです。あ、大河さんは……、まだ思い出せないんですよね」


 ん? あの事、とは……。

 そのとき、俺の頭の中にぼやっと何かが浮かんだ。これは……小さい頃の記憶……? じいちゃんの家の前で、誰かと会っているような……。


 しかし、はっきりとは思い出せないようだ。


「……どうかしましたか?」


 はっとして顔を上げると、琴音さんが覗き込むようにして俺を見ていた。


「……あ、ご、ごめん、何か思い出しそうだったんだけど、まだ何なのかはっきりとは思い出せなくて……」

「そうでしたか、無理はしないでくださいね」

「う、うん、もしかして、俺と琴音さんって……昔どこかで会ってる……?」


 俺がそう言うと、琴音さんは遠くを見た。な、なんかまずいことを訊いてしまったのだろうか……?


「……そうですね、もしかしたら、どこかで会っているかもしれませんね」


 琴音さんは何かを知っているようだったが、詳しくは教えてくれなかった。

 教えてほしい気持ちもあるのだが、忘れている俺が悪いのだ。俺もそれ以上深くは訊かなかった。


「……でも、私はこうして大河さんと仲良くお話できていることが、何よりも嬉しいです」


 琴音さんがそう言って、じっと俺の方を見てきた。俺とバッチリ目が合って……な、なんだか恥ずかしくて目をそらしそうになるが、それはいけないと思って俺も琴音さんを見つめる。心臓の方はドキドキが止まらなかった。


「大河さん、これからも、よろしくお願いします」


 琴音さんが右手を出してきた。


「あ、う、うん、こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺も右手を出して握手をする。

 琴音さんの手は俺より小さくて、でもあたたかくて。

 俺は恥ずかしくなって、顔が熱くなってきた。


「……あれ? どうかしましたか?」

「……あ、い、いや、ちょっと恥ずかしくなってしまって……ご、ごめん」

「いえいえ、私もちょっとドキドキしていました。きっと同じ気持ちで――」

「――あ、琴音と赤坂くんじゃーん! やっぱり来てたんだねー!」


 そのとき、俺たちを呼ぶ声がした。見ると望月さんがいた。


「あ、あれ、望月さんも来てたんだね」

「もちー。地元のお祭りだからねぇ……って、琴音ったら、浴衣着て可愛いねぇ! お姉さんといいことしない?」

「……日葵、なんか変態くさいですよ」

「あははっ、いいじゃんいいじゃん。あ、あたしがいたらお邪魔だね、あとは二人で楽しんでねー!」

「え!? い、いや、そんなことはな――」


 俺が言い切る前に、望月さんは手を振ってどこかへ行ってしまった。


「あ、どこかに行っちゃった……望月さん一人だったみたいだけど……」

「そうですね、日葵も思うことがあったのでしょう。あ、大河さん、もう少し見て回りませんか? きっと楽しいと思いますよ」

「あ、うん、そうしようか。ちょっと喉渇いたかも」

「じゃあジュースかなにかを買うようにしましょうか。どこかで売っているでしょう」


 俺と琴音さんは立ち上がって、また商店街を見て回ることにした。途中でジュースを買って、二人で飲む。

 ジュースの爽やかな味が、俺の喉を潤す。左手を見ると、琴音さんがまたきゅっと握っていて……俺はやっぱりドキドキしてしまうのだった。


 こうして、夏休みは終わっていく。琴音さんの綺麗な浴衣姿を、俺は目に焼き付けておくのだった。

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