第27話 カタクモと触手の亜種
早朝の森を進む。
コカトリスの卵を探したときは、洞窟から少し離れた範囲が行動圏だった。けれど今回は違う。警戒を解けない領域まで足を踏み入れている。
洞窟の近くなら、狩人がモンスターを狩り、危険な植物を引き抜いて埋めてくれていたから気楽だった。
だがここは奥地。狩人の影響が及ばない。
死神の鎌の刃が首筋に触れているような場所だ。
一秒後に死んでいても、まったく不思議じゃない。
「小春! 回避なのじゃ」
ビッグコブラが木の陰からぬっと姿を現す。バネを縮めるように体を大きく湾曲させ、一気に解き放つ。あんぐり開いた口が私に迫った。
三階建ての家に匹敵する巨体を誇る、超巨大なヘビのモンスターだ。
「喰われる! ふぅチフ助かったよ」
チフが私の前に飛び出し、ビッグコブラの牙に刃を叩きつけた。硬質な音が響き、牙に亀裂が走る。
その衝撃で、ビッグコブラの巨頭が大きく仰け反った。
「回避すべきはタンナルメーク。地面から来るのじゃ!」
「ボス、油断大敵」
アリスが私の襟首を引っ張る。直後、さっきまで私が立っていた地面を突き破って、モグラ――タンナルメークが飛び出した。
エリーが氷のビッグハンマーを生成し、振り上げざまに叩きつける。飛び出したタンナルメークはぶん殴られて、そのまま破裂した。
仲間を殺された怒りで、タンナルメークのヘイトは一斉にエリーへ集中する。だが、エリーは奇襲を予想していた。地面からの襲撃を軽やかにかわし、次々とモグラ叩きの要領で叩き返す。
エリーに攻撃が集中しているおかげで、チフとアインは自由に立ち回れた。
「くたばりやがれ」
アインが木を蹴って
落下の勢いを乗せた大剣が、ビッグコブラの胴を真っ二つに断ち切った。
胴を失った頭部が、チフを噛み砕こうと最後の悪あがきをする。でも、届かない。胴がなければ伸びてもせいぜい一メートル。
少し距離を取ればもう怖くはない。
「死角からいけめーん参上!」
ソウが槍をビッグコブラの頭に突き立てる。
けど、その背中には荷物がない。四十キロ近く背負ってたはずだ。
木の根元には、ぽつんと放置された荷物。
身軽になりたい気持ちは分かるけど……これはアウトだ。
チフがジト目で睨み、ソウを
「ソウ。荷物をほっぽるの関心しないのじゃ」
「敵を華麗に倒す僕、いけめーん」
「泥棒が物色しておるの」
「へ? あ! 僕の荷物!」
一リットルのペットボトルほどの大きさのネズミが、荷物に群がっていた。頭を突っ込んで、がさごそ漁っている。
油断も隙もない。「なにもしてないよ?」とでも言いたげに、とぼけ顔でソウを見上げるネズミ。その頬はパンパン。
缶詰やら食料やらを詰め込んでいるのがバレバレだ。
愛らしい姿に、思わず癒される。敵なのに、攻撃できない。
「貴重な食料を失った」
「安心するんだ。僕が取り戻す!」
「ネズミの口に入ったらそれは危険物だよ」
ネズミといえば感染症だ。中世のパンデミック――黒死病の元凶とされているくらい、人の命を奪う生き物。
蚊も危険だけど、ネズミも同じくらいヤバい。
私が授業で習っただけでも、ペスト、サルモネラ症、ハンタウイルス感染症……他にもまだまだある。
愛らしい姿に油断して近づいたら最後。お陀仏だ。
「小春の言うとおりじゃ。食料は諦めるしかないの」
「チフ。文明があった頃の冒険者ってすごいね。こんな地獄みたいな危険地帯を旅していたんでしょ。私なら耐えられないよ」
「ボスだけじゃない。特殊部隊でも無理」
「昔はここまでの地獄ではなかったんじゃ。定期的にモンスターを狩って、増えすぎないように管理していたからの。遭遇率はそこまで高くなかったのじゃ」
「洞窟周辺が危険じゃないのと同じ理論だね」
「うむ」
「でもタンナルメークの脅威は拭えないよね」
「森の至る所に拠点があったのじゃ。タンナルメークが出られないように地面が舗装された簡易な居住区を王女様が率先して作ったからの」
朽ちた石碑があった。もしかして、そこも元々は居住区だったのかな。
「冒険者に優しい国だったんだ」
「優しいわけではないぞ。増えすぎたモンスターは人類の生活圏に入ってくる。冒険者だけでは対処ができぬから騎士団が動く。過度な騎士団の運用によって財政が圧迫されたからの。当然の帰結じゃ」
「拠点が残っていたりしない?」
「探せばあるかもしれぬが、人が寝泊まりできるとは思えないの」
タンナルメークに怯えつつ進むなんて、怖すぎ。
ちょっとでも安心できる場所が欲しい。
「そわそわする必要はないのじゃ。タンナルメークは奇襲以外の攻撃はしないからの。食事と戦闘のときだけ地面に気を配っておけば大丈夫じゃ」
「そうだとしてもそわそわとガクブルは止まらない」
森って、日が沈むの早いんだよね。
まだ太陽の光はあるけど、森の奥まで届かない。頭上の枝に止まった野鳥が、こっちを見下ろす感じで鳴いてる。
薄暗い森にその声が響いて、なんか不気味。
うっそうと茂った緑に、今にも動き出しそうなツタが絡まる大きな木。触手みたいに伸びるツタの間から、わずかに見える無数の目は幻覚ですよね?
「ボス。見ないことをおすすめする」
アリスが私に覆いかぶさって、小銃を構える。
頭上を円形の何かがスーッと通過……クモの巣!? うわ、一番遭遇したくないモンスターかも! 私、クモ恐怖症。
「幻覚じゃなかった」
デカい木から無数のクモが出てくる。
赤い六つの目がこっちをじーっと見て、怖さ倍増。
人間の子供が飲み込まれそうなくらいデカいクモに、ビビる。
「カタクモじゃ! 逃げるが吉じゃ!」
「チフでも手に負えない系のモンスターだったりする?」
「一匹だけなら楽勝なのじゃが、複数を相手にするとなれば話は変わるの」
カタクモの外皮は鉄。戦い方はじわじわと犠牲者を囲んで体力を削り、そのあとクモの糸で動きを封じる。
カタクモ、人間を食べたりはしないみたい。じゃあなぜ襲うのかって? 卵を犠牲者の口に流し込んで、体内で育てるため。昔見た映画を思い出す。
ふ化した子供は腹を突き破って、ぶわっと体外に出る。
想像しただけで、吐きそう。死ぬよりも恐ろしいよ。
「ボス。逃げ道を塞がれた」
「こいつら頭が良い分類のモンスターだ! 最悪なんだけど」
後ろにはツタが絡まったデカい木、前と左右にはカタクモの集団。戦って、突破する以外の選択肢がない。袋のネズミになっちゃった。
でも外皮、鉄だし分厚いから、銃でも魔法でも貫通できるか怪しいんだよね。
「小春。ツタに注意じゃ」
「え?」
横を向くと、ツタと目が合った。ツタに目はないけど。まるでお見合いの席の男女のように、見合う私とツタ。
触手のようにうごめく先端がパカッと開いた。
キザギザの小さな歯がいっぱい見える。
「このツタ、敵?」
アリスがナイフでツタを切り裂く。
切り落とされたツタがぶんぶんと暴れ動く。
「うむ。敵じゃ。このツタは触手の亜種なのだ」
「触手がいるんだ。触手ってえっちな創作物だけに存在するやべぇ奴らだと思ってたけど。リアルにも存在するとか身の危険を感じるよ」
「えっちな? 触手は人の生命を吸うモンスターであろ?」
「この世界の触手は健全なんだね」
「不健全な触手はどんな攻撃をするのだ?」
「お嫁に行けなくなるから言えない」
「咬まれると生命を吸われる? ボス、このツタ危険」
「違うぞ。咬まれると麻痺するのじゃ。麻痺した犠牲者を木の上まで運んで、ゆっくりと生命を吸うのが、こやつらの食事風景じゃの」
「どうやって生命を吸うの?」
「口から体内に入って、心臓と結合するのじゃ。魔力は心臓から全身に流れるからの。心臓と結合すれば魔力を全部、吸い出せるのじゃ」
「ツタもカタクモもどっちもお断りだ」
目を凝らして、ツタに覆われた木の上を見上げると、白骨がびっしり絡まっていた。白骨の間には、薄汚れた鎧や剣も混じっている。
レア武器とか、混ざってないかな。
「援護する」
アリスの小銃が火を噴く。でも、カタクモの外皮は銃弾を弾き、貫通はしない。
それでも銃弾がバチバチぶつかるたびに、カタクモはうなり声を上げる。
嫌がらせにはなるけど、ダメージは与えられない。
「かてぇ」
「槍が壊れた! いけめーんウインクで、手なずけてやるぜ」
アインの大剣は効かないし、ソウも役立たず。
モンスターを魅了して仲間にするなんて、バカでも考えないよ。
チフだけがカタクモを切り伏せている状態。
もう一人の頼れるはずのエリーは、火遊びに夢中だ。
エリーがツタが生い茂る木に手を触れると、木が一気に燃え盛る。
燃える木が、パチパチと心地よいリズムを奏でる。
「危機的状況だけどこの音聞いたら、心が安らぐよ」
エリーが火柱を見つめ、うっとりしている。
なんで火遊びなんてしてたのか疑問だったけど、これを見れば納得だ。
「ボス。カタクモが火にびびっている」
「そっか。カタクモの外皮って鉄だからね。騎士が火を恐れるのと同じだよ」
全身を鉄の防具で覆った騎士。鉄は燃えないから、死ぬことはないよ。でも熱は確実に伝わる。まるでフライパンの上でジューッとされているかのように、体の奥まで熱が染み渡る。外皮は鉄でも、中身は肉の塊だ。
「火で、温められたら茹で上がってしまうのじゃ」
ツタが木から離れ、地面をくねくねと這う。
別の木に住処を移したツタは、やっとひと息ついた様子だ。
ところで、ツタって食べられるのかな?
「とりあえず食事にしない?」
夜が明けていた。戦いが終わって空を見上げると、朝日が木々の隙間から差し込んでいた。暗くなるのが早ければ、朝になるのも早い。
森林での大移動は、本当に大変だ。
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