第21話 銃声のモノマネ射撃訓練

「ボス、狙撃ができる人員が欲しい」


 鬼畜女神によって、人間は魔法を使えない呪いに縛られている。純粋な剣技がモンスターにどれだけ通用するか、想像もできない。チフだけは例外だ。


 現状、私とアリスが信頼できる武器は銃。しかし、教育は慎重にならざるを得ない。狩人の戦闘を見てからじゃないと、どちらが有効か分からない。


「チフに大型の銃の取り扱い、教えるの?」

「ボスも分かっていると思うけど。チフの強みは剣技。強みを殺すことになる」

「それを聞けて安心だよ」

「ボスが大型の銃の取り扱いと狙撃を習得する」

「任せろ」


「弓を扱う狩人が学びたいと言っているのじゃが、頼めるかの?」

「……ボスの出番はなくなった。構わない。弓なら強みを殺すことにはならない」


「ガビーン」


 あっちの世界では、剣は銃に劣るのが常識。でもこっちの世界では、逆のパターンも普通にある。だから、下手に銃の扱いを教えるのは罪だ。


「アズキだよ! 勇者さま、よろしくね」

「スズだ。よろしく」


 狩人が二人、やって来た。

 アズキは天真爛漫な美少女で、歳もおそらく私と近い。

 スズはアズキの妹で、凛々しさが際立つ美少女だ。


「これはM4だ」


 アリスがM4を二挺、持ってきた。


「不思議な形の飛び道具だね」

「金属の塊を飛ばす武器。私たちの世界では、剣じゃなくてこれが兵士の相棒」

「飛び道具で戦う戦場なんて、想像できない」

「勇者の世界の戦場は、根本的な部分からして異なるようだな」


「そう。異なっている。剣と剣がぶつかり合う戦場は古い。火薬が戦場の常識を覆して、戦場は本当の意味で国のために敵を打ち負かす場になった」

「?」


 アズキとスズが、きょとんとした表情になる。


「強敵を討ち取って、自分が最強だって証明したい。闘争を楽しみたい。剣の時代の人間が持っていた熱狂が抜け落ちちゃったんだよ」


「弓が主力になった戦場を想像したら分かるような分からないような、難しいね」

「難しいな」

「使い方を教える」


 アズキとスズが、M4を手に取った。


「いきなり渡しちゃって大丈夫なの?」


 銃を渡す前に、暴発の危険性を説明する必要があるはずだ。しかしアリスは、それを端折はしょった。いきなり銃を渡された素人は、十中八九やらかす。


 昔、イキった組員が若手を引き連れて、射撃講習を行ったことがある。アリスのように説明を端折った結果、若手が自分の足を撃ち抜く事故が起きた。


撃針げきしんを外した」


 撃針は、発射の動作に必須の部品だ。

 撃針のない銃は、ただの無用の長物にすぎない。


 アリスが手本を示す。アリスの動きを真似て、アズキとスズがM4を構えた。


 ワクワクしているアズキが、そっとトリガーに指をかける。


「弾が出ないよ!」

「いきなり発砲は危ない。撃ったつもりで練習する。バァン」

「え?」

「バァンバァン」


 アリスが、銃声のモノマネを始めた。

 アズキとスズには、突飛すぎる行動だった。二人は唖然あぜんとして立ち尽くす。


「バカみたいだ……」


 スズが小さく呟く。

 気持ちは分かる――でも、これは自衛隊もやっている方法だ。


「わたしも最初はそう思った。


 日米の体験会で、やらされて恥ずい経験だった。でもぐっとな方法だ。紛争地帯の現地軍の訓練を安心安全に進めるが可能になった」


 現地軍や民兵の教育も、特殊部隊の任務の一つだ。


 米軍は、テロリストが混じっているかもしれない現地軍や民兵を教育する際の参考として、自衛隊の新隊員育成過程を体験する。自衛隊は海兵隊の訓練を体験するプログラムが、数年前に実施されたらしい。


 アリスはそのとき、弾をケチる目的もあるけど、教官が撃たれるリスクを極力避ける銃声のモノマネ射撃訓練をマスターした。


「郷に入れば郷に従えじゃぞ。バァンバァン」


 チフが拳銃を構えて、アリスの真似をする。


「……バァンバァン」


 頬を赤らめたアズキとスズが、弾の出ない射撃訓練を始める。

 慣れてきたところで、アリスが外していた撃針を元に戻す。


「弾道の説明は後回し。撃って感覚を掴む」


 アズキとスズのM4に実弾入りのマガジンが装填された。

 小気味よいリズムで発砲音が響く。M4には光学照準器が付いているが、アリスは意地悪にもゼロインをまだ済ませていない。


 アズキとスズは光学照準器を一生懸命覗き込み狙うが、賭けてもいい。

 絶対に当たらない。ゼロインされていないスコープは、レンズのない眼鏡と同じ、ただの飾りだ。


「全部的を避けた」


 スズが放った弾は的を素通りし、後ろの土の壁に命中した。この土の壁はエリーが魔法で生成したもので、弾のバックストップの役割を果たしている。


「そうだよね。どうなってるの?」


 アズキがスズに同調する。


「弓と違ってゼロイン。着弾点と照準点が一致するように調整が必要」


 アリスが机と台座を持ってきた。スズのM4を台座に固定し、安定させると、アリスはスズを手招きした。


「このつまみをカチカチすれば良いのか?」

「そう。上のつまみを左に十クリック。右のつまみを八クリック」


 ゼロインの便利道具はない。

 だから今回は、アリスの感覚に頼るしかない。


「クリックってなんだ?」

「カチカチのこと」

「分かった」


 スズがつまみを回す。再度発砲だ。的の真ん中辺りを弾が捉えた。


「やった」

「次はアズキ」


 アズキとスズのゼロインがつつがなく終わった。


「はやく狩りで使いたいな」

「M4はこの世界の剣に相当する銃だ。弓を愛していた二人にはもっと適した銃がある。MSRだ。わたしが知っているボルトアクションライフルで、一番強い」


「かっこいいな。気に入ったぞ」


 スズがMSRを受け取った。

 MSRはちょっといい中古車が買える値段の狙撃銃だ。正規価格なら目玉が飛び出すほどで、裏の市場で付加価値を上乗せしたMSRは億ション級の価値になる。


 まあ、普通は出回らないけどね。松本って、案外すごい男だ。

 そう思うと、心苦しい。


「軽くて、命中精度も高い。口径の交換も簡単で、とても優れた銃」


 シャーペンに対応する芯の太さがあるように、銃にも対応する弾のサイズが決まっている。


 未対応の弾を撃てば銃身が吹っ飛び、撃った手が肉片になることもある。


 通常、銃身は交換できないが、MSRは例外だ。


 銃身を交換すれば、第二次世界大戦の装甲車の装甲を貫く強力な弾から、対人用の一般的な弾まで、幅広い用途に対応できる。


「一つだけなの?」


 スズを羨ましそうに見つめていたアズキが問いかける。


「そう。二人にはスナイパーとスポッターの二人一組で動いてもらう」


 スナイパーは狙撃手のことだ。アニメみたいに一人で狙撃する場合もあるけれど、少なくとも軍隊ではチームを組むのが一般的だ。


 スポッターはスナイパーのサポート役、いわば監督のような存在。スナイパーは選手で、発砲のタイミングはスポッターの指示に従う。


「私もスナイパーがいい!」

「わたしがいた部隊では優れた者がスポッターを務めた。通例に従う」


 アリスが言う「優れた者」とは、状況判断ができて風向きまで読める人のこと。スズに銃を渡したということは、現状ではアズキよりもスズの方が適任。


「フッ」


 アズキがちょっとムカつく笑みを浮かべる。

 スズはむっとしながらも、MSRをぎゅっと抱え込み、大事そうに扱った。


「スナイパーの座は渡さないぞ」

「ダメか。実力で奪い取るしかないようだね」

「明日、外で狙撃の訓練をやる」

「チフ。モンスターが徘徊してるだろうし、護衛頼める?」


「うむ。吾輩が安全を保証するのじゃ。思う存分狙撃を楽しむと良いのじゃ」

「助かるよ。お礼にアイスクリームを振る舞うよ」


 私はこの世界の牛がいる小屋に足を踏み入れた。


 牛は両足に足枷がはめられ、チェーンが洞窟の壁まで伸びている。壁にめり込んでいるため、無理に引っ張っても抜けそうにない。


 首にも首輪とチェーンがあり、こちらも壁にしっかり固定されている。三点で固定されている状態だ。腕には頑丈そうな手錠も装着されていた。


「ボス、手錠をふんって千切った」


 この世界の牛は、手錠をあっさり粉砕して、乳搾りを企む私を見下ろす。


「……搾ったら殺すって言ってるような気がするんだけど」

「ただの脅しなのじゃ。気にせず乳搾り体験じゃの前に小春のサインが欲しいの」


「頭握り潰されて、旅立っても自己責任って同意書にサインが必要なんだ。この世界の乳搾りは危険だぜ。怖すぎて、手の震えが止まらないよ」

「吾輩が殺気を放っているからの。大丈夫じゃ」


 乳搾りをして、小さな木桶に牛乳を集める。

 乳は四本で、私の知る牛と変わらない。

 搾られている牛は低く唸るだけで――頭を潰される心配はなさそう。


「久しぶりに殺気を放つ人と出会った。J以来だ」

「Jって前にも聞いたね」

「ジェイソンに憧れてジェイソンになった男がJ。Jと戦ったことがある」


「アメリカの怪異対策機構みたいな組織と米軍の共同作戦?」


「違う。米政府は怪異に否定的だ。科学で証明できるが口癖。組織を作ったら認めたことになる。だから米軍に丸投げしている。いい迷惑だ」


「Jって、もしかして不死身だったりする?」

「そう。捕獲に苦労した」


「牛乳はこれくらいあれば良いかな。チフ、卵ってある?」

「卵の在庫は切らしているのじゃ。コカトリスの巣から盗む必要があるの」

「にわとりじゃなかった。コカトリスは飼ってないの?」

「コカトリスは危険なのじゃ」

「どう、危険なの?」


「コカトリスの尻尾はヘビなのじゃが、目が合ったら終わりじゃ。エリーの魔法でも石化を解くことはできないのじゃ」


「私たちの世界の伝承と同じだ。じゃあ毒を吐いたりするんだよね」

「うむ。毒霧は広範囲に広がるのじゃ。接近は死を意味するぞ」


「狙撃の良い練習になりそう。とりあえず牛乳は冷蔵庫に置いておいて、卵を取りに行こっか。狙撃に失敗したら逃げれば良いだけだし」


 コカトリスは鶏とヘビを掛け合わせたモンスターだ。私たちの世界では中世ヨーロッパの伝承に登場する、架空の存在――のはず。


 架空って断言できないのは、日本に怪異を取り扱う組織があるから。もしかすると、伝承のモンスターも本当に存在していたのかもしれない。

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