夢の異世界生活は世知辛い
米酔うび
第1話 異世界転移
東京の繁華街にある、古びた雑居ビルを買い取った。
オーナー様になってがっぽり稼ぐ。組事務所として使うそんなつまらない目的のために、すっからかんになったわけではない。
異世界に行く! 幼い頃からの夢を叶えるために買った。この雑居ビルはいわくつきの物件だ。それでも東京そして繁華街にあることがアドバンテージになって、販売価格は一億円だった。
殺しもやったし、ちょっとした密輸もやった。手を汚して稼いだお金で、ようやく手に入れた、異世界転移のチャンスを無駄にはしない。
この雑居ビルでやることはすでに決まっている。
エレベーターで異世界に転移する。このために青春を犠牲にしたんだ。
一応言っておくけど、私は中二病ではない。この雑居ビルなら、異世界に行く方法が適用されることは明白なのだよ。情報がそれを示している。
一年前。テレビ番組のクルーが、エレベーターで異世界に行く方法を検証する番組の撮影を東京でやった。正月の特番の企画で、芸人の反応を楽しむだけの番組になったはずの動画はお蔵入りになった。
この雑居ビルを撮影現場に選んだ、ことがテレビクルー最大の失態だ。
テレビクルーと人気だった芸人が謎の失踪と話題になったけど、三ヶ月も経過する頃には人々の関心は俳優の不倫に移っていた。
事件に巻き込まれたやら、異世界転移と騒いでいた、世間の関心が再び、この雑居ビルに集まったのは謎の失踪から一年後だ。
失踪していたテレビクルーと芸人の遺体を発見。アナウンサーが言った言葉に視聴者は驚愕だ。昨日のニュースによって私の予想が立証された。
発見場所はエレベーター内と報道があった。
第一発見者は風俗嬢。仕事が終わり、帰ってビールだ! 意気揚々とエレベーターに乗り込もうとした、風俗嬢は惨劇の目撃者になった。
一年前に失踪した、テレビクルーと芸人の遺体は死後硬直すら始まっていない、新鮮な状態だった。警察は愉快犯の仕業だと考えている。
残されたカメラに殺害の瞬間が映っていた。
逆光で、相手は分からないけど、人型だからおそらく人間に槍で突かれる瞬間だ。
突かれた衝撃でカメラが落下。その影響で破損した結果、エレベーターが異世界に到着そして槍で突かれるまでの映像しかなかった。
映像は汚職警官に頼み込んで、見た。汚職警官の話では上層部は犯人は愉快犯だ。異世界に行ったフェイク映像を用意して、死体をエレベーターに放置することで、異世界の信憑性を高め、世間を操作するつもりだ。と考えているらしい。
私の考えは違う。本当に異世界に行ったんだ。
テレビクルーと芸人はモンスターのコスプレをしていた。
芸人が異世界に行く方法が本当だったら、冒険者に狩られちゃうと言って、笑いを誘っていたが、たぶん本当にそうなった。
「お嬢。追い出しが終わりました」
父親が組長をやっている、
雑居ビルのテナントは金を積んで、追い出した。
話題に釣られて、沸いて出た配信者は追い払った。
異世界は誰にも渡さない。
「ご苦労様」
組員をねぎらってから、雑居ビルに入った。
入った私を雇った六人の契約兵と私の部下のアリスが出迎える。
アリスは私の同級生だ。正確に言えば書類を偽造して、高校に通っている二十四歳の女性だ。色々と恨みを買っている、私はたびたび命を狙われる。そこでボディーガードとして雇ったのがアリスだ。
アリスは金髪のボブカットに、保護欲を刺激する顔をしている。一見弱そうに見えるんだけど、米海軍特殊部隊に籍を置いていた、過去があるらしい。
軍に入る前のアリスは、有名なクラッカー……ハッカーって言った方がしっくりするかもしれない。だった。
ペンタゴンにハッキングして、見てはいけない、マル秘情報をうっかり閲覧した結果、捕まった。
テロリストならいざ知らず、ただのハッカーそれも国民を殺すわけにもいかず困った、お偉いさんは罪の免責と引き換えにアリスを海兵隊に送った。
訓練をすっ飛ばしていきなり実践だ。それも最前線勤務。
お偉いさんはすぐに戦死するだろ。マル秘情報も闇の中だ。と呑気にしていたらしいが、蓋を開けてみればびっくり。二年経ってもまだ生きている。
敵さん頑張ってと応援するけど、戦死しない。
もういっそのこと有能な兵士として、こき使った方がいいと思い至っちゃったらしく、戦地を駆け巡る羽目になったってアリスが言っていた。
「マークだ。お嬢さん、前金の振り込みを頼む」
契約兵のチームのリーダーが発言をする。
スマホを操作して、契約兵一人あたり五億、振り込んだ。
今回の任務地は異世界だ。往来できることは判明しているけど、好きなタイミングで、戻ることができるとは限らない。
戻るためには魔王を倒す必要があるなど、条件があった場合、数十年異世界生活をするなんてことにもなりかねない。
十年分の契約金の半分で、五億だ。十年使える、現代兵器のスペシャリストを六人もそろえれば冒険もちょちょいのちょいだ。
「うひょー最高だぜ」
リーダーの横に立っている、アフロヘアの男が笑った。
契約兵のチームとアリスを引き連れて、エレベーターに乗り込む。
エレベーターで異世界に行く方法を実行する。某ネット掲示板に書き込まれた、方法だ。動画共有サイトには様々な試してみた動画がある。
異世界を夢見ていた、私も学校のエレベーターで試したことがあるけど、転移できなかった。この雑居ビルのエレベーターはできる方だ。
「転移できなくても、前金は返さなくていいんだよな?」
エレベーターで異世界に行く方法が失敗した場合、契約は無効だ。異世界が任務地になっているから地球で、契約兵をこき使うは契約違反だ。
「いいよ。だから異世界で戦うなんておかしな依頼、受けたんでしょ」
「もちろんだ。正直、アニメみたいなことが起きるはずもないし、五億もらうだけの簡単な仕事だと思っているよ」
「この雑居ビルなら、ただの都市伝説が現実になる」
「オーライ。俺たちもプロだ。その時は仕事を全うする」
マークと会話しつつ、最上階のボタンを押す。
閉まるボタンを押しっぱにする。
扉が閉まるギリッギリで、ぱっと離して、すぐに開くボタンを押す。
なんだよーと言いたげなエレベーターが開いた。と思ったらまた閉める。
われながら、すごい迷惑行為だ。
他の人も使うエレベーターではやっちゃダメだ、これ。
三階→一階→二階→一階→三階→二階→一階→二階→三階→二階→一階→三階に移動の連続。迷惑行為だ。
一階のボタン、押してからのキャンセル、二階のボタン、押してからのキャンセル。キャンセルの連続だ。
契約兵が白い目で、私を見ている。はずい。
このエレベーターは階数ボタンを、二回押すことによって、キャンセル可能だ。キャンセルできないエレベーターもあるから事前調査は必須だ。
今度は普通に一階、二階の順にボタンをポチッとする。
「敵、なのか?」
二階に到着したけど、真っ暗だ。そこにあったはずの壁も天井も窓も見えない。廊下があるのかすら分からない。暗闇が広がっていた。
ぼんやりと白いマントが浮かび上がった。
フードを被っている、女性がすすすと接近する。
「案内人だよ」
マークが愛銃を下げた。マークの愛銃はM4だ。海兵隊の新人だったときから連れ添ってきた、銃らしい。
今も持っているってことは、軍からパクったってことになる。
「こんにちは」
「……」
女性に挨拶してみたけど、無視が返ってきた。
女性がエレベーターに乗り込んで、佇む。
契約兵が生唾を飲み込んだ。
「かわいい」
女性の耳元で、呟いてみた。女性の頬が緩む。感情はあるみたいだ。
女性こと案内人は天使かよって顔をしている。天使の羽が見えるし、天使かよじゃなくてガチの天使かもしれない。
貞子みたいな恐ろしいイメージがあったんだけど、まったく違う。
待って、もしかして女神?
異世界系に必須の女神さまでございますか!? うおおおおお。
「異世界転移キタァアアアア」
エレベーターが三階に到着する。
扉が開いたが、そこは三階ではなく、異世界だった。
逆光で、よく見えないけど、街並みが広がっている。人影が迫ってきた。
建造物は教科書で見た、ルネサンス様式に近いと思う。
文明の水準は分からないけど、街の景色は中世ヨーロッパだ。
「ぐっ、マジかよ。俺、死ぬの」
契約兵の腹部に槍がずぶりと沈んだ。
槍が皮膚と肉を破った。
溢れた血が、エレベーターの床を赤色に染める。
出会った瞬間に攻撃するって、異世界人凶暴すぎじゃないかな。と思ったが違う。人じゃない、ゴブリンだ。
「荷物を破棄だ!」
契約兵がバックパックを破棄する。バックパックには弾薬や食料といった必需品が詰まっている。四十キロ程度あるから、かなり重い。
身軽になった、契約兵がエレベーターから飛び出した。
契約兵が弾雨の壁を構築する。
私とアリスも契約兵の後に続いた。
「あなた方が設計ミスって、最強になってしまった魔王を倒せる日が来ることを期待しています。そのためにまずは人類の文明を再建する必要があると思うので、頑張ってください。必要に応じて、褒美を授けましょう」
案内人の発言に、不穏な言葉が混じっていた。
文明の再建? つまり人類は滅んでいるってこと?
「ふざけるな! 鬼畜女神のバカぁあああ」
エレベーターが徐々に透明になって、消えた。
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