マイグレーション:SS(ショートショート)
気の言
SS1 仔豚の名前
僕達、六課の皆は栃木県那須高原のとある動物園に来ていた。
「手塚課長と深見さん、それと姫石さんは来なくて良かったのかな?」
「そうだよね、せっかくここまで来たんだから三人も来れば良かったのに」
美結さんと市川さんが、ここにはいない手塚課長達を気遣いながら動物園を楽しんでいた。
ちなみに、丈人先輩は園内で迷子になった那須先輩を探し回っているらしい。
高校生にもなって迷子になる人がいるなど、僕は今日まで知らなかった。
「でも、仕方無いよ。元々、この辺りには仕事で来ただけだから。手塚課長の好意で、近くにあったこの動物園で羽を伸ばしてきてねと言ってくださったんですから、僕達は僕達で楽しみましょうよ」
手塚課長達の好意を無駄にしない為に、来られなかった三人の分も含めて僕は楽しもうとした。
「こんな臭い所で羽なんか伸ばせるかよ」
「臭いなんて言わないの! 動物園なんだから少しは匂いだってするわよ……」
悪態をつくマノ君を諌めるように美結さんが言う。
「だがなぁ、こんなとこで羽を伸ばせているのは俺の目の前にいるコイツらぐらいだろ」
マノ君がそう言った直後、目の前の数話の鶏が金網の小屋の中でバタバタと羽ばたいた。
「「「「……」」」」
僕達の間に気まずい空気が流れた。
どうして、動物園に鶏がいるのかと皆は思うかもしれない。
僕だって動物園と聞いて想像するのは、象とかキリンとかライオンとかだ。
鶏がいるとは、鶏の「に」の字も想像していなかった。
つまり、この動物園は僕達が想像するような動物園ではなかった。
ここにいるのは、鳥・豚・牛・ヤギ・羊・などといった家畜に近いような動物ばかりだった。
かろうじて、モルモットやウサギ、リス、ミーアキャットなどがいたくらいだ。
果たして、これは動物園と呼べるのだろうか。
「けど、さっき見たポニーの仔馬は可愛かったよね!」
「うんうん、それに羊の毛刈りショーも見れたしね!」
「だが、動物園ではないだろ」
「「……」」
マノ君の一言で美結さんも市川さんも何も言えなくなってしまった。
「けど、動物園としてじゃなくて動物との触れ合い園みたな感じとしてだったら楽しめそうじゃない?」
気まずい空気を払拭しようとフォローを入れる。
「そうだよ! 動物園として考えちゃうから駄目なんだよ。普通に動物とたくさん触れ合えると思えば、これはこれで結構楽しいよ!」
美結さんも僕のフォローに乗ってくれた。
「あっ! こっちにちっちゃい仔豚がいるよ! 何これ、すごい可愛い!」
市川さんが鶏小屋より少し離れた、柵で囲われた場所を指していた。
僕達も近付いて見てみると本当に小さくて可愛らしい仔豚が一匹、トコトコと柵の中を歩き回っていた。
「本当だー! 超かわいい!」
美結さんも仔豚の愛らしい姿を見てテンションが上がっている。
一方、マノ君は仔豚を見てテンションが上がっている二人を冷めた目で見ていた。
「たかが仔豚一匹を見ただけで、そんなに嬉しいのかよ」
「もちろん、嬉しいよ! だって可愛いんだもん!」
相変わらずまた美結さんとマノ君がバトルを始めようとする雰囲気をかもし出している時に、近くから作業服を着た人当たりの良さそうなおじさんがやって来た。
「その子、可愛いでしょ。名前はもう知っているかな?」
温和な笑みを浮かべた少し小太りのおじさんが話かけてきた。
「知らないです。え? この子、名前があるんですか?」
「あるよ。『
おじさんが指さした方向を見ると確かに看板があり、そこには「公美」と書かれていた。
「本当だ~気付かなかったです。可愛いらしい名前だね~」
「へぇ~公美ちゃんって言うんだぁ~可愛いね~」
二人はもう仔豚に夢中だった。
「実は『公美』という名前の名付け親は私なんだ」
「そうなんですか!?」
まさか、名付け親の人に会えるとは驚きだ。
「この子のことは生まれた時からずっとお世話をしているからね。それで、私が名前を決めることになったんだ」
「え!? それじゃあ、名付け親どころか本当に親みたいじゃないですか!」
「まぁ、そうだね。こうやってお世話をしているとまるで本当の我が子のように可愛いよ」
そう言って仔豚を見るおじさんの目は親が愛する我が子に向ける眼差しのようだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
仔豚をたっぷりと堪能した僕達は那須先輩をお土産屋さんの売店で捕まえたという丈人先輩の連絡を受けて、この動物園のお土産屋さんに来ていた。
「丈人先輩、お疲れ様です」
「ハハハ、ねぎらいの言葉をありがとう伊瀬君」
那須先輩を探し回っていたせいか、丈人先輩は少し疲れているようだった。
「あれ? ところで捕まえたはずの那須先輩は?」
「あぁ、それなら向こうの方に――」
丈人先輩がそう言おうとした時、ちょうど向こうから那須先輩の声が聞こえた。
「あ! 皆、やっと来た! 早くこっち来て! これ、すっごく美味しいよ!」
自分が迷子になったことは棚に上げているらしい。
那須先輩に急かされるように僕達四人は呼ばれた方へと行ってみた。
「見て! このハムすっごく美味しいの!」
那須先輩が美味しいと強く勧めてきたハム売り場の値札には、こんなキャッチコピーが書かれていた。
「美味しいハム! 『公美』ハム! 飼育員の松坂さんが一生懸命大切に育てました! ☆このハムの子供である、仔豚の『公美』は園内西側の鶏エリアのすぐとなりにいます。ぜひ、見に来てくださいね!」
飼育員の松坂さんのところには、さっきの人当たりの良いおじさんが満面の笑みをした写真が載っていた。
「あ~そのハムさ、波瑠見ちゃん捕まえた時に試食させて貰ったんだけど、すごく美味しかったよ」
遅れてやって来た丈人先輩が目の前のハムを見て言った。
「「「「……」」」」
「……小さい頃、『公』という感じをハムって覚えなかったか?」
四人の沈黙をマノ君が静かな声で破った。
「……うん、覚えたかも」
僕が答えると美結さんも市川さんもコクリと頷いた。
「……だから、『公』に美味しいの『美』で『公美』なんだな」
ボソッとマノ君は言った。
「「「「……」」」」
最初とは比べものにならないほどの気まずい空気が僕達四人の間に流れた。
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