第6話:銃爪(ひきがね)

 木曜日、夜も十時を回ったころ、〝ドライバー〟と〝ソーサラー〟は二人しか知らない秘密の車庫の中で、GTRの中に座っていた。今日のGTRのボディーカラーは、街中で目立たないように白に変化させてある。


 総木張りの壁には、GTRの整備に必要な工具がピカピカに磨かれた上、大きさ順にきちんと整頓されて並べられていた。反対側には、エンジンオイルやらグリース剤、添加物などの液剤などが、真っ赤なツールボックスの上に並べてある。


 今GTRの運転席に座っているのは、作業用の赤いツナギを着た〝ソーサラー〟だ。


『キーを一段回し、燃料ポンプの作動音を確認する』

『アクセルを四分の一開けて、シリンダーの中に燃料を少し送る』

『キーを回し、エンジンをクランキングさせる』


  〝ドライバー〟に聞いた始動方法を頭の中で反復しながら、〝ソーサラー〟はまずキーを一段回し、耳を澄ませて燃料ポンプが作動する音を聞く。『シュー』という僅かな音を確認し、右足にわずかに力を込めてアクセルを四分の一踏み込み、エンジンのシリンダーの中にガソリンを送り込むとエンジンキーをひねった。


 ブロロロロオン! タイミングがかっちり一致し、GTRのエンジンに火が点る。


「よおし、上出来だぞ! 〝ソーサラー〟」


 グレーのツナギを着て、頬に油汚れを付けた〝ドライバー〟が嬉しそうに微笑んでいる。


「やったぁ!」


 ソーサラーも一番の難関、GTRのエンジンを起動することが初めて出来て、心底嬉しそうだった。


「さて交代だ。アラモ・マシン・アンド・ツールスまで行くぞ」

「えー、運転させてくださいよぉー。せっかく免許取ったんですからー」

「いくら物理保護が掛かっているとは言っても、オレの《半身》だからな。ナイラグル・ニイガタ州に行く時、高速道路は運転させてやるよ」

「自分が運転しているときは、火花散らせて走ってるくせにー!」

「それこそ自分の《半身》だからな、加減ってものがあるのさ」

「……わかりました。その代わり、ぜったい高速道路は運転させてくださいよ」


 そう言って〝ソーサラー〟は、しぶしぶ運転席から降りる。


「わかった、わかった」


 そう言いながら、〝ドライバー〟はツナギのチャックを降ろし脱ぎ始めた。


「キャッ! 何してるんですか! 乙女の面前でストリップなんか始めないでください!」

「……ツナギを脱いでいるだけだが?」

「それでも、パンツは見えるじゃないですか!」

「今日は可愛いイチゴ柄だぞ」


 色気のないグレーのボクサーパンツの上にジーンズを履きながら、〝ドライバー〟は意地悪そうにニヤけた顔を向ける。


「おぢさんのイチゴパンツなんか、見たくありません」

「〝ソーサラー〟も早く着替えろよ」

「心配ご無用です、あたしは……」


 そう言いながら、〝ソーサラー〟は指輪を頭上に向ける。


「チェイズ!」


 〝ソーサラー〟のツナギは一瞬のうちにいつもの黒いゴスロリ服に変わる。


「どうです! おぢさんの視線も寄せ付けない、見事な早変わり!」

「……縞パンか」


 〝ドライバー〟のつぶやきに、〝ソーサラー〟の顔はアッという間に真っ赤に染まり、思わず両手でスカートの前を押さえる。


「な、なななななな、何で見えたんですか!」

「なんだ、本当にそうなのか?」

「あーちょー!」

 〝ドライバー〟の眼前に、〝ソーサラー〟のグーパンチが舞い降りた。


   ◇


 二人はいつもの指定席に座ると、ドアを静かに閉める。

「……本気で殴るなよ」

「純真な乙女の心を弄ぶからです!」

「気をつけますよっと。〝ソーサラー〟、頼むよ」

「はいはーい、開けゴマー」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 ふくれっ面をした〝ソーサラー〟の投げやりな呪文と共に、公園の滝のモニュメントが左右に開いて行き、水の中からGTRが発進していく。


「閉じろゴマー」


 後ろを向いた〝ソーサラー〟がふたたび投げやりに唱えると、モニュメントは再び『ゴゴゴゴゴゴゴ』という音を立てて閉じていった。

「しかし、その呪文は何とかならないかなぁ……もう少し格好いいの、ない? 『スカイラインGTR、Go!』とかさぁ」

「それを言うなら、なんでわざわざ水の中から走り出すんですか? 静かに扉を開けて、静かに出て行けばいいじゃないですか?」

「『秘密基地』は漢のロマンなんだよ」

「おぢさんの言っていることは、ちっとも解りません」


 〝ドライバー〟は首がガックと落ちる音をエキゾーストで消しながら、〝アラモ・マシン・アンド・ツールス〟へと進路を向けた


 ◇


 横幅1メートルほどに仕切られた枠の中に立ち、銃を右手で構え、左手はポケットに突っ込んだ〝ドライバー〟はいま50メートル先のターゲットを狙っている。体を左に向け、半身になって構えた〝ドライバー〟のヨーロッパ式の射撃姿勢は、しなやかでありながらもバランスが取れており、微動だにしない。


 構えた銃は、融合前の地球で主流だったプラスチック製のフレームを持つタイプの銃とは違い、全てが〝鉄〟で製造つくられた金属の塊だ。


 ほとんど手作業で生産されたこの銃がドイツ軍に採用されたのは1908年、以前の地球であれば骨董品、あるいは歴史的遺物だ。その銃は当時この銃の持つ先見性を見抜き、生産までこぎつけた人物の名を取り、〝ルガー〟と呼ばれている。


〝ドライバー〟は注意深く拳銃を水平に保持、慎重にターゲットのセンターを狙っている。黒点のさらにど真ん中の白抜きの10点径が、構えた銃の銃口の上に備えられた、とがったフロントサイトの先端に落ち着いた瞬間、〝ドライバー〟は静かに・滑らかに引き金を引いた。


 銃身が4ミリほど後退したあと、アッパーレシーバーに組み込まれた〝トグル〟と云う尺取虫状のパーツが蹴り上げられ、9ミリパラベラムの空薬莢がポーンと上方に跳ね飛ばされる。その薬莢が地面に届く前に、〝ドライバー〟は素早く7発発射した。最初の弾丸が10点径に開けた穴を僅かに広げるように、残りの7発が通過していく。


「ひょえええええ……本当に上手ですねぇ……」


 50メートル先を〝遠見眼〟の魔法で凝視していた〝ソーサラー〟が感嘆の声を上げる。〝ドライバー〟は開きっ放しのトグルからのぞく薬室をチェック、残弾が残っていないことを確認すると弾倉を外してトグルを左手で引っ張る。


 チャッキッ


 良質の鉄が聞かせる、高音の利いた作動音を響かせトグルは定位置に戻った。オリジナルでは弾倉を抜いてしまえばトグルは元の位置に戻ってしまうのだが、アメリカの趣味人が開発したパーツのおかげでトグルは弾切れの弾倉を抜いても戻らず、新しい弾倉に変えた瞬間トグルが戻るので素早い弾倉交換が可能になっていた。


「どうだ? 〝ドライバー〟、良い出来だろう?」


 すぐ横に居た、派手なアロハシャツを着たドワーフが話しかけてくる。アラモ・マシン・アンド・ツールスの親方、ムニャオ親方だ。


 ここは店内の試射レンジである。販売した銃の50mから100mまでの距離におけるサイティングと、作動確認を行える。


 アラモ・マシン・アンド・ツールスはありとあらゆる機械の調整・修理だけでなく、ちょっとした溶鉱炉を備え、部品の製造なども手掛ける〝アウターリング〟で一、二を争う工房である。店の前にはフルレストアのクラシックカーが何台も並び、店内の銃架には多くの銃が並ぶ趣味人の為の店だ。


「反動も強くないし、きっちり作動する……良いチューニングだね、親方」


 〝ドライバー〟は射台のテーブルにルガーを置くと、ムニャオ親方に向き合った。


 ムニャオ親方は生粋のドワーフだが普通のドワーフと違い、珍しく口の周りのひげとあごひげを綺麗に切りそろえている。融合後のこの世界では火を使う機会がめっきり多くなったので、長過ぎる髭は焼かれてグシャグシャになってしまう。しかし髭を蓄えるのはドワーフの誇りなので、ムニャオ親方は作業に支障のないよう切り揃えているのだ。それが『粋だ』と評判が広がり、この辺のドワーフは髭を切り揃えているものが多い。


「弾速と作動を両立させる、弾のセッティングに辿り着くのが大変だったぜ。ギャラははずんでくれよ」

「ひえっ、くわばらくわばら」

「桑原さんって誰ですか?」


 〝ソーサラー〟が怪訝な顔で聞いてくる。


「いや、そういう意味じゃないから……」


 〝ソーサラー〟の反応に、〝ドライバー〟と親方は思わず苦笑いをしてしまう。


「親方、あたしも触っていいですか?」

「〝ドライバー〟、弾は抜いたんだろう? いいぜ、持ってみな」

「有難う御座います……えっ? 重―い!」

「そりゃそうだ、流行りだったプラスチック・フレームの銃と違って、全部鉄だからな」


 〝ソーサラー〟は重さに耐えて、構えてみる。


「こんな重いもの持って、動いてたんですか? 呆れますね……軽い方が良いんじゃないですか?」

「『いざ』って云う時に、割れてたとか嫌じゃないか」

「割れたら、取り換えればいいだけじゃないですか。今ならまだ予備のフレームの在庫、あるんですよね?」

「プレミアがついて高値で取引されているけどな」


 電子機器が作動しない今、銃の生産はCNCマシンという精密自動切削機を使用したり、プラスチックの中に金属パーツを鋳込んで大量に製造するという事が出来ない……今では融合前のプラスチックフレームを持つ銃の予備パーツは、高値で取引されていた。


「〝ソーサラー〟、あんなモナカみたいな銃じゃあ誰が作ったって同じじゃねえか」

「そうだよ、人の手で丹精込めて磨かれてこその銃だし、車なんだよ」

「その通りだ、〝ドライバー〟! 鉄じゃなきゃ銃じゃねえ! 車だって鉄じゃなきゃダメだ!」

「そうだよ、親方! 鉄の冷たさと木の温もりこそ道具のあるべき姿だ!」

「さすが〝ドライバー〟、解ってるな!」

「親方こそ、解ってるじゃないか!」

「「ふっふっふっふっふ……」」


 意気投合したおぢさん二人の姿を見て、〝ソーサラー〟はあきれ顔でため息をつく。


「はあ……いつまででもやっててください……」


 そこへ弟子の一人が駆け込んできた。


「親方、ジェーン・ランダルの姐御が近付いているそうです!」

「なに! 〝ドライバー〟、〝ソーサラー〟、ここに隠れていろ。出てくるんじゃねえぞ」

「あいよ」


 親方はそう言って、試射レンジの電気を消すと、慌てて出てゆく。


  ◇


 銃がずらりと並んだショーケースを挟んで、ムニャオ親方はジェーン・ランダルと対峙していた。


「親方、忙しいところ申し訳ない。『〝ロードランナー〟のヤツが動き出す』という情報を入手したのだ。それで、そろそろ私のウィンチェスターの修理が出来たのではないかと思って寄ってみたのだが……」

「バカ言うな、貴重なワンオフのフレームがどれだけ歪んでると思う? こんど川に落ちる時は、落ちる前に銃を捨てるんだな」

「うっ! も、申し訳ない! あ、あのにっくき〝ロードランナー〟の奴に嵌められなければ、そんな事にはならないのだが……」

「相手を嵌めるのも度量のウチだ。まだまだお嬢ちゃんも修業が必要だな」

「ううううう……」


 〝ドライバー〟と〝ソーサラー〟は、親方の言葉に思わず涙目になるジェーンを試射室から覗いていた。


「また泣かせて……〝ドライバー〟は本当にヒドイ人ですね」

「オレが悪いんじゃない、追いかけてくるジェーンちゃんが悪いんだよ」

「またそうやって人のせいにする!」


 二人がコソコソ話している間に、ジェーンは少し立ち直っていた。


「親方、申し訳ないがウィンチェスターの変わりになる銃を見繕ってもらえないだろうか? 宇狩は人間用の銃しか持っていないので、オークやオーガやドラゴンたちにはちょっと頼りないのだ……」


 親方はガラスケースから、ホルスターに入ったコルト1911タイプの銃を取り出す。通常の1911タイプの銃より一回り大きく、グリップも前後に1.5倍ほど長い。


「グリズリー.50AEマグナムだ。人間には使うなよ、後始末が大変だからな」

「…………」


 ジェーンは渡されたグリズリーを眺め、顔を曇らせる。


「どうした? ジェーン?」

「……やっぱり、ウィンチェスターが良い……」

「じゃあ、売らねぇ」

「う、ウソです! ウソ! 有難う御座います、恩に着ます!」


 ジェーンはそう言うと騎兵服のベルトループにホルスターを通し、グリズリーを収める。


「……試射してみたいのですが?」


 親方は顔こそ平静を装っていたが、内心は穏やかではなかった。今ジェーンを連れて行ったら隠れている〝ドライバー〟と〝ソーサラー〟と鉢合わせしてしまう。


 かといって、新しい銃を買ってもらった手前、試射もさせないなど以ての外だ。


「親方?」


 ムニャオ親方は覚悟を決めた。


「ああいいぜ、思う存分試してくれ」


   ◇


 ムニャオ親方は射撃場に入り、電気をつける。内心ビクビクしていたが、さすがに〝ドライバー〟も〝ソーサラー〟も見当たらない。しかもなぜかレンジの半分しか電気がつかない。


『おいおい、嘘だろ? どこに隠れたんだ?』


 ムニャオ親方が呆気に取られていると突然、ジェーンが『すんすん』と鼻を鳴らす。


「どうした? ジェーン?」

「……〝ロードランナー〟の魔法の匂いが微かにするのですが……」


 親方はギクッとするが、平静を装う。


「気のせいだろう? 魔法使いはこの辺にはわんさかいるからな」

「そうでしょうか……」

「オレが匿っているっていうのか? 銃、売らねぇぞ」

「すいませんすいませんすいません! 私の鼻がきっと悪いんです!」


 ジェーンは電気がついている方の射台に立つ。ターゲットをクリップに挟むと、100m先まで移動させる。その間に、弾倉に.50AE(アクションエクスプレス)弾を7発装填した。


 一方、親方は気が気でならない。一体、〝ドライバー〟と〝ソーサラー〟はどこに隠れているのだ?


 その間に、ターゲットが100m先のラインに到着する。


 ジェーンは跳び箱のミニチュアのようなレスト=保持台に乗せて、安定した状態で1発発射する。弾丸は4時の方向=右下に向かって着弾した。もう一発撃ってみるが結果は変わらない。


「少しずれてますね」


 ジェーンはそう言うとドライバーでサイトの調整ネジをカチカチといじって、再び二発発射する。今度は標的のど真ん中に入った。ジェーンはグリズリーを片手で構えると、残りの三発を「ガガガン!」と連射した。ドライバーほどのグルーピングは無いが、すべての弾丸が十点径に命中している。


「さすが親方です! 素晴らしい命中精度です!」


 ジェーンはクルクルッとグリズリーをスピンして、ストッとホルスターに収めた。そこでまた、スンスンと鼻を鳴らす。


「うーん、やっぱり〝ドライバー〟の魔法の匂いがする気が……」


 親方の我慢の限界が来たようで、爆発したような怒号が飛ぶ。


「いい加減にしねえか! ウィンチェスター、修理しねえぞ!」

「すいませんすいませんすいません! 私の鼻がきっと悪いんです!」


 ジェーンがそう言って、慌てふためいてレンジを出て、店の外に飛び出していった。出て行ったのを確認して、試射室の電気が消えたあたりの影の中から影が現れた。

「……〝影隠の術〟か、全く大したものだぜ……驚かして悪かったな」

「こっちこそすまないね、親方」

「あーうるさかった」


 〝ソーサラー〟は頬を膨らまして、不満を隠さない。


「〝ドライバー〟、お前が動く事がばれてるぜ」

「ああ、何か考えなきゃな……それより良いのかい、ジェーンちゃんを騙くらかして?」

「あんたが相手してくれなきゃ、ジェーンちゃんに銃の修理代金、ふっかけられないからな」

「親方も悪党だねぇ」

「あんたもな」

「「ふっふっふっふっふ」」


 二人の意地悪そうな笑顔を見て、〝ソーサラー〟はため息まじりにつぶやく。


「これだからおぢさんは嫌いです」 

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