第290話 僕達は分かれ道を行く

◇ ◇ ◇ ◇


 なんだかんだで楽しめた晩餐会から一週間。たったの一週間だけど、結構色んな事があった。


 ゼフィア先生は僕などのカンロ村出身者がやたら強い理由を知る為だけにあの場に呼ばれていたらしく、晩餐会を終えた後はアリアルさんとエルフ談義を楽しんでから村に送ってもらったそうなのだが……。

 晩餐会の翌日、アリアルさんは唐突に学園にやって来たかと思うと僕を空へと攫って、普段のへらへらした感じを霧散させた大真面目な顔で「ゼフィアを泣かせないでね」と言われた。


 どうやらクロノ前王陛下にスカウトされた時から交流があり、時々ゼフィア先生に会いに来る為にカンロ村に寄るくらい仲が良いようだ。

 ゼフィア先生の交友関係のエグさに苦笑いが出そうになった。


 ちなみに僕はアリアルさんからのお願いに「僕が死ぬまでは」としか返せなかった。

 アリアルさんは表情を歪め、直ぐにそれを抑え込んだような諦めた笑顔を見せて去って行った。


 人と同じ感情を持つと言うのに長い寿命を持つエルフ特有の苦悩なのだとは思う。


 フォルちゃんと言う前例がある以上、不老になって長生きすること自体は出来るのだろう。

 他にも十傑はやたら若々しいとか、魂の格は長寿にも関わってそうな感じもある。

 ウィンドウさんに聞いたら概ね正解だと教えてくれた。しかしフォルトゥナのそれとはまた別だとも言われたけど。

 要はもっと戦うなりして長生きするしか無い訳だが、色んな意味でダンジョン浄化は打って付けだなと言う結論に落ち着いた。



 他には、学園で授業が再開され、祭りに浮かれた気を引き締めるかの様に厳しい訓練と授業の日々が幕を開けた。


 特に三、四、五年生は更に厳しいらしい。

 本来なら選考した科に分かれて専門的な知識や技術を学ぶ期間なのだが、基礎の徹底した鍛え直しに時間を費やし過ぎて文官志望が集まる政務科以外の騎士科、魔法士科、冒険科の授業が遅れているんだとか。


 エレア達四人はその遅れを取り戻す為の課外授業やダンジョンでの実戦授業などに行く事になり、顔を合わせる機会が減って行きそうだ。


 早朝の僕の部屋に忍び込むアレもここ数ヶ月は魔闘大祭に向けた訓練の為になりを潜めていたのだが、それら特別授業の報せを受けてか今朝から復活し出した次第だ。


「ア゛ッジュ゛〜〜! 一緒に訓練したいよぉぉ〜!」

「流石に授業じゃ仕方無いでしょ?」

「ふぇぇぇぇ〜ん……」


 水魔法の水圧で当たり前の様に鍵を開けて侵入し、僕の名前の全てに濁音を付けた情け無い声を上げて朝から泣きついて来る愛しの姉を窘める。

 そんなエレアをソファに腰掛けさせて彼女の髪を梳かす。


「ねえエレア。十傑候補……どうするか決めた?」

「うーん……実は答えはもう出てるんだけど……。ねえ、アッシュ。アッシュはダンジョンでやりたい事、あるんだよね?」

「……うん、そうだね。直ぐには無理だって分かってるけど、いつか最下層まで行きたいんだ」


 今までは隠していたそれを、言葉にする。

 魔闘大祭で皆んなの研鑽を見る事が出来た。そしてコルハに負かされた。だからだろうか、頼る言葉をちゃんと言える。


 その言葉に振り向いたエレアが、僕の瞬きに合わせて動き、昔の様に唇を奪っていった。


「今日の放課後、時間ちょうだい。ダンジョン行こ」


 エレアは多くは語らず、ただその一言だけを口にすると僕に後頭部を差し出した。


「わかった」


 それに小さく頷きを返し、僕は久しぶりにエレアとゆったりとした時間を過ごした。



 放課後。ノワールが僕だと言う事は凄まじい速度で広まっていた。そのせいか授業が終わるや否やその強さの秘訣を教えてくれと殺到する友人達。

 僕はとっても優しいので魔力操作と言う秘伝の極意を教えた後、一人冒険者ギルドへと向かう。後ろから聞こえてくるブーイングはしーらない。


 途中『ノワール君を応援し隊』を名乗る女性集団に行く手を阻まれたが、影魔法で握手したら卒倒しながら通してくれた。おもしれー女ってやつだ。て言うか僕ってそんなに格好良かっただろうか? 思春期特有のちょっと悪そうでダークでアングラな感じに惹かれてるだけな気もする。閑話休題。


 さて、辿り着いたギルドの酒場の席。そこでエレアが僕に向けて手を振っていた。

 他に同席しているのはコルハとファリスさん。あの時呼ばれた四人で行こうと言う訳だね。



 そうしてやって来ましたダンジョン一階層。


「それで? 僕を呼んだ理由は何だろう。既に誘いを断ってる僕は相談には乗れないよ?」


 振り返って第一声。ただ疑問をぶつける。相談なんて受けるつもりは僕には無い。三人の将来に関わる事に、極論だけど僕と言う赤の他人が不用意に関わるべきでは無い。

 唯一エレアは家族で婚約者だけど、それでもエレアの意思を尊重したい気持ちに偽りは無い。

 ……と言うか、僕の言葉で三人の行く末を歪めてしまうのが怖い。これが本音だ。


 だがこの場には、そんな僕の気持ちを笑い飛ばす男が一人。それに続くように二人。


「相談じゃねーよ。放課後で時間無ぇし、ちょっと手ぇ貸して欲しんだよ」

「私達は……あの、力試しがしたいんっ、ですっ!」

「前に雪合戦した時、アッシュが私を運んでくれたでしょ? あれで雪原の前のあの階層に連れてって欲しいなぁ〜って」


 ……まあ、それなら……良いか。

 始原魔法を体感した二人の魔法の変化、新たな境地に至ったコルハ。その真価を見るにはある程度きつい環境が欲しいって事かな。


 『バリア』を箱型に展開し、三人を招き入れてダンジョンの上空や洞窟の上側を高速で運搬していく。


「空飛んでる……アッシュさぁ〜ん……なんでですかぁぁー……」


 背後から投げかけられた弱々しい声に罪悪感を感じながらも、僕は四十三階層に続く階段まで三人を送り届けるのだった。



「アッシュさんがちゃっかり空飛んでる……」

「いや、あのぅ、なんかごめん……」


 一応、身体を固定しないと危ないし、自由に全方向に移動出来る訳では無い事をファリスさんに伝えておく。

 それでもほんのりとご立腹らしいファリスさんはそっぽを向いてしまった。

 そうやって感情を表現してくれる様になった事そのものが感慨深過ぎて泣けるんですけどね。


「と、ともかく! 一旦次の階層の説明するよ!」


・・・


「と言う事で、地面に衝撃でワーム地獄です。荒野が続くから思う存分動いて良いけど、ちまちま居るアシッドスネイルの全身の毒に気を付けて。時々雷を落としてくる雷鳥も注意。あと雨降ってるからね」


 わちゃわちゃとした空気はすっかり消えて、全員が切り替えた。

 コルハが腰に下げた双剣を引き抜き光を纏う。

 エレアが青い鞘からしゃらりと剣を抜いて身体強化を自らに施す。

 ファリスさんは翼に速やかに風を纏わせると、それが流れる様に翼を象る。


 戦意たっぷりな三人と四十三階層へと降り立つと、三人はそれぞれの方向へと散らばって行く。

 そして散らばった先で、コルハが特大光剣で、エレアは『衝脚』で、ファリスさんは魔法の翼そのもので、広範囲の地面を攻撃した。


 数秒後には地響きが鳴り、地が揺れ、そして大量のグラウンドワームが姿を見せる。


 最早見慣れた光景。自分の目が据わり心が閉ざされていくのを自覚する。

 だが当の三人は一瞬驚いた様子は見せたものの動じない。心臓に毛が生えてるタイプらしい。


 コルハは決勝戦で編み出した『孤狼』を発動させ、とんでもない速度で駆け抜けながらワーム達を膾切りなますぎりに。

 エレアは『斬る』魔法を剣に纏わせるとそれを斬撃にして放ちワーム達を両断。

 ファリスさんは飛び上がると一度勢い良く翼を羽ばたかせ、その際に飛び散った無数の魔法の羽がワーム達に突き刺さる。突き刺さった羽はワームの内部から暴風を放って爆発していく。


「成長期こわっ」


 つい一週間前にそれに触れただけの筈なのに、どうして既に再現性を獲得してるんだ? 陛下の言ってた大成するってこんなに早い想定だったのかな? ぱっと見もう一騎当千だよ。


 その後もコルハは光剣を叩き付けることで都度おかわりを呼び出しては切り刻んでおり、エレアとファリスさんも出力調整や『始原魔法』未満の魔法で継戦能力の調整をしながらやっぱりおかわりしていた。


 四十三階層の魔物は僕が定期的にフォルちゃんに卸していたのもあってか死骸を残す魔物が少ないが、それでも無い訳では無い。三人の余波で素材などが傷んでしまわない様に、すっかり便利な手となってしまった影魔法で遠くから素材を回収していく。この階層は雨が降ってるからか曇っているので実質全域影だしね。ちょー便利。

 この素材で得た報酬は後ほど分配させて貰います。



 それから暫くして三人がホクホクした顔で帰ってくる。思う存分力を奮えてスッキリしたのか、望んだ結果が得られたのか。


「おかえり。僕ぁちょっと怖いよ。君達の成長速度がさ」

「一番強い奴が何言ってんだ……?」

「空も飛んじゃいますもんね?」

「まあまあ! ……それで、二人はどう? 答えは決まった?」


 エレアの問いにコルハとファリスさんが頷く。

 次期十傑、その候補になるか否かの答えが出たらしい。


「俺はなる。アッシュについて行く事も考えたけどさ、俺は俺の道を行かねえとな」


 …………どうしてだろう。凄く胸が苦しくなった。寂しさが込み上げてくる。


「コルハ……村には、帰って来る?」

「そりゃあな。俺にも婚約者が居るし。あいつも、お前も、村も、ついでに国ごと守ってやるよ!」


 晴れやかな顔だ。もう……決めたんだね。女々しいなぁ、僕。今生の別れじゃ無いのに、また会えるのに。


「私も、候補になります……! いつかまた生まれるかもしれない翼の小さな子達の希望になりたいんです。それにこの翼で……小さくて、でも大切なこの翼で皆んなを守れたら……それってとっても素敵だなって!」

「ファリスさん……」

「それに、貴方がいっぱい褒めてくれたので! そんなこの翼を誇りたいんです!」


 もう……なんだよ、もう。なんでそんな……なんなんもう……泣きそう。


 出会った頃の陰鬱とした彼女は影も形も無い。

 翼人にしては小さな翼で身を覆いながら、照れた様にはにかむファリスさんはとても可愛くて、美しく見えた。


「じゃあ最後に私ね。私はね、ならない。断る。だって十傑になっちゃったらアッシュとずっと一緒に居られないもーん!」

「……ははっ、エレアらしいね」

「うん、私気付いたから。アッシュとただ一緒に居て、アッシュと一緒に戦いたいんだって。私はね、それだけで満足なの!」


 視界が滲む。安心したから、かな? あーもう、ほんとに……なんでかなぁ。


 はーあ。卒業式みたいな気分だ。教え子でも、師弟でも、なんでも無い。ただの同級生が自分とは違う道を行くだけなのに。当たり前のことなのに。いつか来る日が今日来ただけなのに。


「うん、うん……そっか。凄く良いと思う」


 僕に出来る事なんて、尊重する事だけ。肯定して背中を押すだけ。また会おうねって、そう約束を交わすだけ。


「また、さ。皆んなで会えたら良いよね。今日の事を、少し先の未来でさ、また話そうよ」

「お前はほんと……泣き虫だな? 移りそうになるからやめろよ……くそ」

「えへへ、うっ、ひぅっ……まだお別れじゃないですよぉぉ……」


 エレアは仕方無さそうに微笑みながら僕らを見守っていた。僕らの涙と鼻を啜る音が治まるその時まで、僕らの頭を優しく撫でてくれていた。



「あの! 良かったら最後にアッシュさんの魔法も見せてくれませんか!」


 湿っぽい空気を振り払って、そろそろ帰ろうかと踵を返そうとした時、ファリスさんが声を上げた。


「まあ確かに、今のお前が魔物相手に向ける魔法を見てみたいな」

「私も気になるかも。アッシュってば中々全力出さないもんねー?」


 まあ折角なので、門出祝いと言うか、皆んなが進むべき道を定めた記念に見せるくらいは良いかと言う事で。


「んじゃあ、素材の回収は三人に頼むね? あと、今から見るものは秘密にしといて欲しい」


 上り階段手前から少し前に出て、後ろに風の幕を張る。自分の耳も覆い、骨伝導を抑制する為に四倍精密身体強化も発動。


 すっかりお馴染みの四倍圧縮『テラホン』でワーム達を呼び出す。

 嫌な光景に少し身体を震わせつつ、膨大な魔力を体外へと放って十倍に圧縮する。

 白く輝き出した魔力——『星力』で僕の前方に弧を描く。それを風魔法へと変換し、こちらへと殺到する無数のワームへと無差別に放つ。


 僕の風に刃は無い。『遠斬り』の様に剣を使う事で斬撃と言う意識を持てれば行けるんだけどね。

 とにかく、刃の無い『星の風』はワーム達を吹き飛ばし、圧し潰し、轢き潰しながら階層中を吹き抜け更地にして行った。


 今回は地に足付けていたのもあって吹き飛ばされる事は無かったが、余波が凄い。

 それにミノタウロスの時とは違って広範囲を意識して放ったからか凄まじい範囲攻撃になった。


「やっぱ星力はおかしいな」


 これをお手軽に放てる星杖こと枝君はやっぱりおかしい。


「…………ファリスよぉ、おかしいのはお前だって言ってやれ」

「…………あはは……あの、えっと……あはは」

「単純に強過ぎるよね。これがアッシュの全力かぁ……まだまだ全然敵わないや!」

「人に向けるどころか地上じゃ碌に使えない魔法だからさ、比較対象にはしないでね?」

「「「無理!」」です!」



 その後、綺麗さっぱり平に均された階層を三人が走り回る。巻き添えを喰らった雷鳥達の素材やワーム達の素材を集めてくれたので、それらに小さく黙祷した後、マジックバックに回収。

 その後、僕らは帰還した。


 中に入れていた僕の素材やアイテムは影皮袋に移してから、久しぶりに容量限界を迎えたマジックバックをフォルちゃんに預ける。

 その際に同行していた三人はフォルちゃんに陛下へと言伝を頼むのだった。

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