第278話 後悔と準決

 シード権を得たジェイナとエレアを下し、ゼガンとノワールが駒を進めた。

 ハイクラストーナメントももう終盤。戦いも残すところは準決勝と決勝の三回。


 何度も何度も、激しい戦いが繰り広げられた。

 都度、全く違う戦いだった。


 ラディアル学園の完全復活を疑う余地は無く、それどころか「ここなんかやばくない?」と言った空気が漂う程。

 戦闘民族も真っ青な戦いの数々に、来年度の受験を考え直す者や、最早ここ以外に目指すべき場所は無いと既に意気込む者も居る。


 舞台整備が終わる迄の時間、ワイワイガヤガヤと熱気冷めやらぬままに騒がしい観客達。



 さて、それから少しして、改めて準決勝にまで勝ち上がった者達が現れ盛大な拍手で迎えられる。

 四人の選手はくじを引き、次の組み合わせが決まった。


 準決勝。

 第一試合、コルハ対ミル。

 第二試合、ゼガン対ノワール。


 斯くして、対戦相手が決まった。


 まだまだ元気いっぱいなコルハとミルが視線をぶつけ火花を散らす。


 若干げっそりしているゼガンとノワールは視線をぶつけて互いを励まし合った。


 戦闘回数の少ない者同士がぶつかり合い、シードを下した強者同士がぶつかり合う。


 果たして戦闘は激化して行くのか、或いは疲労から先細りして行くのか。

 観客達の心には一抹の不安と、それを上回る期待が宿っていた。




 間も無く行われる第一試合の為にゼガンとノワールが捌けていき、コルハとミル、そして審判のシャリアが残される。


「なぁミルさん。ノワールの正体って……」

「しー、ですよ。おそらく外部の人にバレてスカウトされたく無いとかそう言うアレです」

「うぉぉ……俺も変装すりゃ良かったかなぁ」

「後の祭り、と言う奴です。それに……彼、どう考えても魔法を縛ってますよね。それでここまで来てる……呆れてしまいます」

「そーよなぁ。ほんとそれなんだよ。あの馬鹿。戦い方が豊富過ぎてこえーわ」


 苦笑いのシャリアの様子を見て、運営側は知っており、且つこの予想は外れていない事に確信を持った二人がため息を吐く。


「まあ、なんにせよ、だ」

「なんにせよ、ですね」

「「ようやく戦える/ます」」

「あいつは俺がぶっ倒す」

「彼は私が下します」


 コルハとミルが新たな火花を散らし、双剣と拳を構える。


「一応言っておきますね〜。熱くなり過ぎないように」

「「はいっ!」」


『それでは〜! 準決勝、第一試合! はじめ〜!』



・・・・



 エレアは天井を見上げて居た。


 新たな戦いの振動を感じながら、すっかり痛みは取れたが疲労で重たい身体を起こす。


「起きましたか」

「大丈夫そうだねぇ」

「楽しかったか?」


 側にはいつもの三人。共に高め合ってきた三人が居た。


「うん。楽しかった。村に居た頃みたいに、楽しかったよ。もっと、もっといっぱい遊びたかったなぁ」

「遊びましょうよ。彼を誘って」

「久しぶりに四角い土でも作ってみよっかぁ!」

「なら手ぇ繋いで追いかけっこもしないとな?」


 在りし日の思い出を辿る。

 過ぎ去ってしまった、眩しくて、もう手の届かない過去を振り返る。


 すっかり大きくなってしまった。大人になってしまった。

 無邪気に遊べる年では無く、責任を負わない訳には行かない。


 四人の故郷。想いの根源。強さの理由。


「楽しかったよね、毎日毎日。何をしててもあの頃は楽しかったよ」

「そうですね……そんな気がします」

「ここに来て色んな事を学べたけど、大事な事を置き忘れてたみたいだねぇ……」

「馬鹿なくらいが、やっぱり丁度良いのかもな」


 ほんの少しの後悔が滲む。

 三年間を無駄だったとは思わない。けれど、もっと楽しめたのになと、今はそう思えてしまった。


「戦い、見に行こ。ちょっと肩貸してくれる?」

「私が背負う。乗れ」

「……うん。ありがと、ポーラちゃん」


 ポーラに背負われ、四人で歩く。


「三年間……早かったね゛……ぐや゛じぃね」

「当たり前だ……ばがっ。泣ぐな゛、ゔづる゛んだよぉ!」


 震える声と、鼻を啜る音が四つ、小さく響く。


 勝ちたかった。強くなった事を示したかった。

 認めて欲しくて、側に居て欲しくて、居なくなって欲しく無くて、守りたかっただけだった。


「なんでなんだろね……なにやってたんだろね。もっと頼って、一緒に……昔みたいに一緒に居られれば、それで良かったのにね……」

「ほんとですよ。甘え下手が過ぎました……ほんとに」


 意地を張ってた自分に気付いて。

 赤くなった目元を拭って。

 少し軽くなった心で客席へと戻る。


「今は、応援。しよぉよ。それでさ、このお祭りが終わったらさぁ、いっぱい文句言って、甘えに行こ」


 そもそも焚き付けたのは向こうなのだから。無茶をするあいつが悪いのだから。婚約者なら責任を取って相手ぐらいして見せろと、そんな気持ちでジェイナが笑う。


「そーしよっか!」

「賛成です」

「そうだな……!」


 客席に出ると、舞台上で激しい光と水が舞っていた。

 コルハとミルの戦いが繰り広げられている。


 見違える程に強くなった二人を見て、少しだけ嫉妬心をこぼしながら。それでも二人を応援する声を四人は掛けるのだった。



・・・・



「そぉらッ!!」


 無数の光の斬撃を双剣から生み出し、ミルへと放つコルハ。


「お返しですッ!」


 それら全てを最低限の動きで避け、足元への斬撃を軽く跳ねて避けたミルが、空中で水球を回し蹴りで蹴飛ばして『水衝』を放つ。


 凄まじい速度で飛んでくるそれをコルハは立ちブリッジで躱し、そのまま後ろに足を持って行く事で立ち上がる。


「埒あかねえ! こんなに当たらないもんかよ。すげえ技つくったな!」

「一度見ただけでさらに応用される程度の技ですけどね……ちょっとムカっ腹が立ってきました」

「いやまあ、それはそうな。良い技だからこそなんだろうけどな」


 編み出した技術。それを即座に理解、吸収されて応用される。悔しいなどと言うレベルでは無い。


 ……そんな苛立ちすら原動力に変えてしまえ。


「八つ当たりです!」

「うおぉいぃ!?」


 お喋りしながらも続いていた戦闘。

 そんな中、自らの周囲を水で覆ったミルが、水の壁を『衝拳』で幾度も殴り飛ばし、ひたすらにコルハを攻撃しにかかる。


 コルハが避けた水が地を砕く。迎撃あるいは回避前提の威力。

 通じないと分かっている……ある意味での信頼。


 それを理解出来るからこそコルハは口角を吊り上げる。


「そんじゃあ俺もお返しだァァア!!」


 アクロバティックに回避しながらも双剣から繰り出される斬撃。

 飛び跳ね、上下逆さまに、見ているだけで三半規管が狂ってしまいそうな曲芸の最中に振られ続ける双剣。その手数はミルには迎撃し切れない。


 であれば回避するしか無い。即ちミルの攻撃の手が止まる。


 コルハはそうなる事を分かっていたからこそ、即座に攻勢に移る。


 振り下ろされる右手の剣。剣を振る準備を終えている左の剣。


 ミルは振り下ろされた剣を間合いのギリギリ外に出て避け、振り下ろされ切る前に右の裏拳で剣の腹を叩いてコルハの次の動きを妨害。

 直後素早く左足を前に出し、地を足裏で掴んで左拳を握り、そのまま横腹を殴る。


 痛みの怯んだコルハを見逃さずに左足を再度踏み込んでから、右足を素早く引き寄せそのまま足裏で————


「————『衝脚』ッ」


 コルハの筋肉は分厚い。身体強化で筋肉も骨も強度を増している以上、内部にダメージを与える技の方が攻撃の通りが良い。


 とは言っても、免許皆伝の達人の技だ。


「っ……っ、ぁ……くぅ……」


 すぐに重心を後ろに倒して蹴られると同時に後方に跳躍していたコルハ。だがそれでも呼吸が一瞬止まる程の衝撃。


「『水衝』」


 これだ。ミルの遠近の隙の無さ。

 思わず脇腹を押さえるコルハを見逃さずに流れる様に水を殴りつけるミル。

 


 対人技術。その一点でミルはコルハを上回り続けている。

 人体の構造や、どう殴ればどう反応するか、その後の動作や挙動、そう言った細かな理解度の差がこの戦況を生んでいた。


 コルハは辛うじて転がる事で水衝を避けたが、余りにも容赦の無い戦闘ぶりに吊り上がったばかりの口角が引き攣った。


「やっべぇ……こりゃ後で弟子入りしねえとなぁ」

「門下生は絶賛募集中です。実家で、ですが」


 呟く声すら拾われる。お互いに耳の良い獣人だ。戦闘中でも小声で会話が成立してしまう。


 コルハはもう笑うしか無い中で、新たな札を切る。


 身体強化に光属性の魔力を混ぜて行くのだ。

 これはナツメが使っていた技。しかしナツメの様に体表にまで光を漏らしはしない。押し込めて制御し切る。

 それによってか、コルハの橙の瞳が黄金色に輝き出す。


「派手、ですね」

「効果的なんだよ。魔力視ってやつ? 情報多くて面倒だけどな」


 身体強化の確かな向上。魔力を徹底して操作したことによる魔力視への到達。

 コルハの戦闘のステージが一つ、上にあがる。


「最初から使っていれば」

「とっておきは取っとくもんだろ。テンション上がるんだからよォ!」


 コルハが飛び出す。


「小細工効かねえし、力押しも駄目ならァ! 力押しで小細工通してやらァァ!!」


 速度が違う。リズムが変わる。


 今のコルハの勢いは不味いと毛を逆立てたミルは、いくつもの水を浮かべてそれを衝撃で撃ち出す。


 だが当たらない、かすりもしない、全てを見切られている。


 ミルは直ぐに勢いを削ぐ事を諦め回避に専念し、再度コルハの癖を掴みに行くが——掴めない。


「ハッハハッ!! こぉれ、あったま痛ぇ!! でもよぉく見えんぜ!! 綺麗な身体強化だなァ!!」


 今のコルハには視える。すら視える。

 通常時には衣服で隠れて見えない人体の正確なラインを魔力で見切り、存在感をずらす時には小さい光剣を出鱈目に放つ事でカウンターを許さない。


 戦況は五分……いや、ミルが後手に回らされて押され始めた。


 無駄の無い洗練された動きが、感覚的な挙動について行けなくなる。


 そしてコルハが右手の剣を振り下ろす。左手の剣はいつでも振り抜けるように構えたまま。

 必然、ミルが右手側に半身を入れて振り下ろしを避ける、が。


 ————ミルの目の前でコルハの剣が止まった。


 ————そして曲がる、直角に。


 ミルはなんとか上体を倒して避けたが体勢が崩れた。足を踏ん張るが、その足すらコルハに払われる。


「ひゃっ……!?」

「貰ったぜ!!」


 その極限の中、ミルはコルハの頭部へ水球を放つ。

 しかしコルハの黄金色の瞳がしっかりと魔力の動きを視認していた。側面に小さな光剣が生み出されて即座に水球を破壊。


 ミルは崩されたバランスの中、支える足を払われ、そのまま尻餅をつく。


 ……そして双剣が突きつけられた。


「力押しの小細工、ですか……お見事でした。降参です」

『勝者、コルハ!』


 自分の名が響き渡ると同時に剣を下ろし、拳を突き上げる。

 観客が沸き、心地良い喝采が降り注ぐ。


 ……だがそこで、コルが少しよろめいた。


「おっとと……これが眼精疲労か。目と頭いてぇ」


 果たして眼精疲労と言って良いのかは分からないが、兎にも角にも、とっておきにしたが故に試行回数の少ない技。そのせいで感覚に慣れる事が出来なかった。


 コルハは決勝に勝ち進んだが、確かな疲労を滲ませていたのだった。

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