魔闘大祭編
第253話 僕、息を飲む
春の陽気な日差しとお祭り気分に当てられて、寮は朝から騒がし——かった。
闘技場の席取りに動き出していたり、寮前の広場でリーグ出場者が精神統一や肩慣らしをしている姿が見え——ていた。
今回、僕は開会式の演出担当なのだが、開始まではまだまだ時間があり、寮で優雅な朝の時間を過ご——す筈なのに、同じく演出担当の先輩達に最後の監修を頼まれて、現在第二訓練場に居る。
「なぁアッシュよぉ! 俺達の魔法、変じゃねえかなあ!」
「国王陛下とかさ! 十傑とか来るじゃんか!! もう怖くて怖くて仕方ないんだよぉ!!」
「それを一年生の僕に言うんですか……?」
「「お前絶対一年生じゃねえもん!!」」
今僕に駄々っ子をしている先輩がどちらも三年生。
開会式を彩る魔法を放つので、教師陣まで出張って新たに選抜されたちゃんと優秀な人達なんだ。
どんな魔法をどんな順番でどこから誰が放つなどの構成もしっかりと調整済みで、フォルちゃんですら太鼓判を押している盛大さだ。
魔力操作に始まり、魔法操作や多属性の魔法使用など、ちゃんと魔法に向き合った人でないとそもそも選ばれないと言うのに……自信ないなぁ。
「この紫のローブ見てくださいね? それと、自信持って良いですよ。学園長も認めてくれてますし、僕も十分な出来だと思います」
「でもよぉ〜……お前の魔法精度との差がよぉ〜……」
「俺ら含め六人の選抜者の総意なんだけどさ、お前とレベル違い過ぎて心配なんだよ。造形美って言うの? リアルさ? そう言うのがさ……」
事ここに至ってなんと弱気な……。
……まあ、その差を気にしているのは見てて理解してはいた。
芸術性を求めるなら一体感が必要なので、魔法の出来を揃える必要があったんだ。その為全員の魔法のクオリティを見て、全員が作り出せる誰かの最高クオリティに合わせた魔法になっている。
もちろん僕も自分に作れる魔法を見せたよ。そうしたら他六人の先輩達は僕のクオリティを目指してがむしゃらに頑張ってくれた。けれど追い付くことは出来なかった。
高みに手を伸ばすのは、ただそれだけで楽しかったんだろう。毎日成長を実感して、笑い合って悔しがっていた。全員の魔法クオリティが一段も二段も伸びたのだから、その熱の入り様と言うのがよく分かる。
その上で、僕が思うのは……
「僕と、僕の魔法を舐めないで下さい。僕は物心ついた頃から魔法で遊び倒してきた人間です。その僕が皆さんに劣る魔法の腕な訳無いでしょう!?」
「すっげぇ自信」
「しかも当然の様に見下ろしてくるじゃん」
「「絶対一年生じゃねぇよ」」
「ですから、その僕が認めます。お二人の——いいえ、六人の魔法は既に美しい。もっと綺麗で細かく、輪郭をしっかりと作り上げる事は出来るでしょうけど、最低でも及第点以上です。あなた方が見上げる僕が認めますよ」
「…………おぅ」
「…………なんか、恥ずいな」
僕の尊大な褒め言葉に照れやら笑顔を見せるあたり、ちゃんと嬉しいらしい。
そして今の話を聞いていた、不安に駆られて勝手に集まった他四人の先輩達まで何処かもじもじとしながら僕の前にやってきた。
「お前がモテる理由がちょっと分かった気がする……キュンってした……」
「分かる」
「それな」
「私も」
「僕も」
「私もですわ」
「男は要らないです。美少女だけ貰ってます」
「クソがッ」
「頼むから死んでくれねぇかなぁ……」
「分かる」
「それな」
「美少女じゃ無いから私は要らないって意味だ……」
「私、チャンスありまして!?」
「ないです。現在募集してないので」
「もいでやりたいですわ」
この人らほんと遠慮無いな。でも嫌いじゃ無い。むしろ好き。こうやって冗談を言い合う……冗談だよね? 冗談を言い合えるのは良い関係性だと思う。
言いたい事を言えて、聞きたい事を聞けると上達も早いし。
「じゃあまあ、不安性な皆さんの為にわざわざ僕が時間を割いて付き合ってあげるので、最後に一回通しで練習しましょうか」
「チッ、はーい」
「はぁ〜あ。おねがいしマース」
「……見てあげるの辞めようかな」
「アッシュ先生大好き!」
「イケメソ! イケメソ!」
調子良過ぎだろ、ほんとに。あといけめそやめろ。全くもう、本当にさぁ、もう……僕も練習しときたかったら丁度良いや。べべべべ別に不安とかじゃ無いですけどね!?
この後みっちり練習した。
魔力が無くならないようにセーブしたけどね。
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然して時は経ち。闘技場の客席には多くの生徒と親御さんや貴族の方々が詰め掛けていた。
フォルちゃん曰く、招待状となる手紙に盛大な煽り文を入れてやったとの事。新生ラディアル学園の姿をさぞや自慢したかったのだろう。
……そう思われるだけの成長を見せたと認めて貰えている事が、学生達にとっては何よりも嬉しい事だろうけどね。
そして僕ら開会式芸術魔法部隊も闘技場の客席の後ろに立って配置に付いた事で分かる。
もの凄い熱気。期待と不安と興奮が入り混じるその様はまさしく“お祭り”。
特に、安全面を期して分け隔てられた客席の内平民エリアが最も熱い……いや普通に貴族の学生も座ってるんだけど、って言うか学生エリアになってるんだけど、テンション高過ぎて心配になるくらいソワソワしているのが手に取る様に分かる。
逆に貴族エリアは、去年一昨年の魔闘大祭を見ているからか冷めた様子。
だが冷めてはいるものの、この異様な場の高まりについていけてないみたいだ。これは良い度肝を抜けそうで楽しみだな。
そして最後に王族エリア。こちらはまだ警備の者以外は誰も居ない。いや、最後に入ってくるのだろうけど、どうやって入ってくるんだろう。客席に繋がる階段から上がってくるのかな。
そんな考えを巡らせていると、目の前に兎耳が現れた。
「アッシュくんやい。おはよ!」
「うっす、アッシュ。冬は火魔法あんがと。今度水魔法教えてくれ」
「フェイ! オーバ君! ようこそ魔闘大祭へ!」
「招待ありがとね! にしても凄い人と熱気だね! 冒険者ギルドで緊急クエストが発令された時みたい!」
何それ気になる……けど今は我慢。
「今日は色々あるけど、目でも耳でも肌でも楽しめると思うよ。あとね、学食が超美味しいからお昼期待して良い」
「最高かよ。毎年招待してくれ! あっでもチビ達にも食わせたい……味盗むしかねぇか」
「うん、楽しみにしといてあげる! それじゃあ私達もう行くね!」
「はいよ。またね〜」
味を盗む云々からブツブツと下を向いて呟き出したオーバ君の手を引いてフェイが平民エリアに向かっていく。
僕の魔力を【看破】して、わざわざ来てくれたのかな。機嫌良く歩くからか少しステップが弾んでおり、その度に彼女の大きな胸が揺れて男性の目線が上に行っているのが気になるけど……彼女の戦闘能力は高い。心配は要らないか。僕の気分は良く無いけどね。
僕がピンポイントに優しい威圧を飛ばして愚かな男達を脅していると、最近新たに作られたと言う拡声の魔具を持ったシャリア先生が舞台の中心に出て来た。
拡声の魔具はまるでマイクの形をしており、司会進行役にはピッタリのデザインだ。
『あーあー。はーい、皆さんおはようございま〜す。第一魔法士団、第二部隊隊長のシャリアで〜す』
シャリア先生のゆるい、けれど聞き取りやすくて良く通る声が闘技場に響き渡る。
先生は見目麗しくもあるので学生人気も抜群で、登場した段階から既に歓声が飛んでいる。
『ありがとうございますね〜。さて、そろそろ魔闘大祭の開催なのですがぁ〜……今日はスペシャルなゲストが来られていますのでぇ、先ずはその方々にご入場頂きましょうか〜。どうぞー!』
そう言いながら捌けていくシャリア先生を惜しむ声が飛んだその時、闘技場の舞台に雪の結晶が降り始めた。
それは徐々に量を増して、舞台の地面に霜が降りて白く化粧がなされていく。
にも関わらず、客席にはその冷気が微塵も漂って来ない…………なんだこれ。どんなレベルで魔法を制御してるんだ?
降りた霜は氷となり、その氷が大きく渦を巻いて、舞台中央へと集まると大きな花の蕾の様な形を作った。その蕾がゆっくりと開いていき、大きな氷の薔薇が咲き誇る。
それは花弁の一枚一枚、細部にまで拘りが見える作りで、花弁のランダムな折れ方、倒れ具合、透明な氷でありながらその造形を見失わない程度の敢えての不透明感。完璧に魅せる物として考え抜かれた氷魔法。
ずっとガヤガヤと騒がしかった客席は息を飲む音が聞こえそうな程に静まり返って、皆が氷の薔薇に見惚れている。
しかもそれは僕らが目指した芸術性のある魔法……それをこの練度でやってのける人が居るなんて。
その氷の美しさに圧倒されていた次の瞬間——————僕らの思考は真っ白になった。
天の叫び。轟く雷鳴。一瞬の閃光。後の轟音。
地を揺らす衝撃を伴う稲妻が、氷の薔薇を粉微塵に粉砕してこの闘技場に降り立った。
闘技場中央は僅かに窪んでおり、そこには額に一本の角を持つ獣人のおじさんが立っていた。柔和な笑顔を浮かべて、どこか好好爺然とした人。今の雷はもしかしなくてもあの人の魔法……なのか?
鳥肌が立つ。心臓が縮み上がりそうだ。
雷と共に移動した訳では無いだろうが、雷の閃光に目がやられた隙の登場でまるで瞬間移動をしたかの様。
演出としては百点満点。そして底知れない強者の存在感に場の空気が一瞬で塗り替えられて、息を飲む意味が変わってくる緊張感が漂った。
そしてその空気を和らげるかの様に、青く煌めくドレスを見に纏った妙齢の女性が、ゆっくりと天から舞い降りてくる。
物理法則なんのその。落下速度は変わらず、どころか着地の瞬間にはふんわりとゆっくりになった程。
一体全体何が何やら、もしかしなくてもあの人達こそがかの—————十傑。
その二人は舞台中央を空けて、まだそこに居ない誰かに向けて頭を下げる。地面もいつの間にか直っていた。
そこに再度空から降りてくるのは、四人の人影。
まるで当たり前の様に空を飛んでゆったりと地に降り立った四人と先の二人がやがて中央に集まると、徐に大地が隆起し始めた。
それはまるで手。大きな手が大地から伸び、腕がつくられ、肩が、頭が、首が、胸が、腰が、足が、大き過ぎる程のサイズで作られたそれは……大地の巨人。
その巨人の手の平に乗った六人の内五人が一人に向かって頭を下げる。
それにより、今この場で最も天に近く、そして全員が見上げるたった一人の存在—————その人は王の冠を戴き、自然と目を引く威光を放つ、存在感そのものが王と呼べる人。
王たるお方はゆっくりと闘技場全体を見下ろし鷹揚に頷くと、巨人がその手を下ろし王族エリアへと手を伸ばして橋を架けた。
六人全員が己がペースで自由に歩みを進め着席して行く中、一つだけ特に豪奢な椅子に、見せ付けるかの様な堂々たる歩みで以て王が腰掛ける。
『皆の者、楽にせよ』
拡声された訳ではない。ただの声。然して鶴の一声。
貴族も平民も関係無く、胸に詰まっていた息を多くの人が吐き出し、忘れていた瞬きを再開する。
そして再度息を吸うと共に、出し忘れていた声を思い出し、熱を思い出し、大きな、大きな歓声が場を満たした。
空気が震える程の拍手と歓声そのものが、王の威厳を象徴する。
そんな極大の歓声が鳴り止まぬ中、シャリア先生が舞台に現れ、声がまた響く。
『は〜い。今回のスペシャルゲスト、『減速』のローズ様、『雷鳴』のアンダール様、『巨人』のアルス様、『静寂』のシアン様、『そよ風』のアリアル様達十傑の方々と! そして〜! フォルス・クロノ・イーティリアム国王陛下のご登場でした〜!』
紹介される時に軽く手を振ってくれたので誰が誰かがようやく分かった。
『減速』のローズがゆっくりと空から舞い降りてきた青いドレスと白銀の髪が美しい妙齢の女性。
『雷鳴』のアンダールが稲妻と共に地に降り立った武人の様な出立ちの角を持つ獣人のおじ様。
『巨人』のアルスが黄土色の髪をした温厚そうな顔付の優しいお父さんの様な人。おそらく数十メートルはある巨人を作り出した規格外の人。
『静寂』のシアンは、濃紺の髪、眼鏡、大きな本が目につく少しおどおどとした女性。今回何もしていない様だが、放つ存在圧が他の十傑と同等だ。
そして『そよ風』のアリアル。もうめっちゃ見た事ある。エルフで、薄緑色の髪を常に靡かせていて、空で衝突しかけたあの人そっくり。
って言うかよく見たら今も若干浮いている。けれど、あの時とは違ってやはり圧迫感を感じる。あれが真面目な時のアリアルさんなのかな。
最後に国王陛下、フォルス・クロノ・イーティリアム。
ハニーブロンドと言えば良いのだろうか、陽の光を受けてキラキラと輝く髪。太陽の様に眩しい存在感。キリッとしたクールな顔。最も活力の有る時期は過ぎただろうけど三十前後と言った国王としては若過ぎる風貌。
何よりも、周囲の十傑を上回る威圧? 威厳? 覇気の様なものを感じる。
鳴り止まぬ歓声を受けながら六人はにこやかに手を振り返し、貴族エリアではこぞって頭を下げたり激し過ぎる拍手を打つ人が見られた。
これが十傑。
これが国王陛下。
こうして、新たなる魔闘大祭は始まる前から最高潮を迎えた。
僕の胃がキリキリと痛み出す中、やたらこちらに手を振ってくる『そよ風』のアリアルさんに苦笑いと共に僕は手を振り返すのだった。
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