第237話 僕、前に進めそう

 入学から三ヶ月。つまり出会ってから三ヶ月。

 訓練と言う名の地力の底上げ訓練と共に、強者に叩き潰されろ訓練で数え切れない程叩き潰して来た相手、鬼人のラナラさん。

 そんなラナラさんから『アタックするから負けないでね。負けたら負けよ』と言われた僕はどう対処したものか分からなかった。


 暴言を吐かれるとかなら余裕で耐え切れる。暴力なら全て躱し切る自信がある。


 だが、だがしかし。


 純粋に褒められるのは耐え難く、真っ直ぐに伝えられる好意は避け難い。


 要はですね、もうハリネズミかってくらいグサグサに刺されてます。

 すっと隣に座ってくるだけでもやたらドキドキする。

 手を握られたらドキってする。

 肩が触れると「あっ」てなる。


 乙女かって。


 事前に宣言してからの、堂々たる、そしてアクティブ過ぎるラナラさんの猛攻は、きっとどんな拷問よりも苦しい。


 いや、最早これが僕に対する最も有効な拷問だろう。そう思える程に悩まされている。


 試しに、血反吐を吐く思いで二度三度と断ってみても『尚更耐えて見せなさい』の一言で全てを一蹴されてしまう。強過ぎて辛い。


『ねえラナラさん』

『何かしら』

『ミルが居る時ってどうするの……?』

『やるわよ? 当然でしょ? ……辛い?』

『かなり』

『私もよ』


 これは彼女の強さをよく表した一幕だったと思う。

 と言うか、彼女の方が辛いなんて普通に考えれば当たり前の事なんだ。


 ラナラさんは非常識では無い。故に辛いだろう。

 僕に迷惑を掛けている自覚があり、ミルが内心嫌がるだろう事も分かった上でアタックしているのだ。辛く無い訳が無い。


 そして何より、本気で伝えている好意を受け取って貰えない事はどう考えたって辛いに決まっている。

 無理を押して僕と言う道理を引っ込めさせようとしているのはラナラさんの側だ。無理を重ねているのは当然なんだ。


 でも、だよ。それを分かってしまったからこそ、僕も辛い。もしかすると、そう思わせる事すらラナラさんの作戦? 考えれば考えるほど勝ちの目が遠く見えなくなる。


 ……もう、言葉にしてしまうなら


「憎からず思ってる時点で僕の負け筋が濃厚……こんなにも勝ち目が見えない勝負は初めてだよ」


 気が多い……とは違う。これは僕の弱さだ。


 僕は……


 守る為に強さを求めた僕が、己の意思で、傷付けるのを分かった上で言葉を放てないんだ。

 そして、エレア達に甘えてるんだ。僕に沢山の言い訳をくれた皆んなに……。

 精神こころだけはずっと弱い。


 成長出来ない……


 人の心が傷付く瞬間、自分が傷付く事も含めて忘れられない。

 フェイのあの時の表情が何度も思い起こされる。後悔で涙を流したポーラが瞼の裏に焼き付いている。


 逆に、もっときっぱり受け止めてやるって言えたら格好もつくだろうに、僕は皆んなを言い訳にして断って、皆んなを言い訳にして受け入れてしまおうかと考えている。


「あああぁぁぁぁ……!! 弱過ぎて不甲斐無い……ダサ過ぎる……くそ。ダメ男。阿呆。意気地無し。いっそ一人に……それが一番クソ野郎……」


 夜更け、自室で一人枕に顔を埋めて己を罵倒する。


 誠実さすら失くしたら僕には何も残らないだろうがッ……。


「耐えられず、避けられないなら、向き当って迎え撃つしかないでしょうがよ! ちょっとばかし、デートしますか。お互いを見極めるべく!」

「何言っとるんじゃお主は……」

「うえあぁ!?」


 唐突に音も無く現れたのは我らが学園長ことフォルトゥナ・ラック。

 整え切れない毛量の赤毛を無造作に垂らし、十歳前後の身体付きの百三十歳のろりば……お方だ。

 そんな人が阿保の子を見る目で僕を見つめていた。


 お得意の空間魔法の練度は凄まじく、僕が知覚した瞬間には魔法が発動しているレベルなのだ。なので僕は現状フォルちゃんの魔法に対処出来ない。


 いや。そんな事より問題なのは、空間魔法を用いれば学園内ならプライベートルームでさえ好き勝手に侵入出来るのが、このフォルトゥナ学園長ことフォルちゃん。

 そう、その様はさながら…………


「空き巣のエキスパート……」

「なんじゃ? 命が惜しく無いのか? ゼっちゃんには悪いが仕方ないのう」

「……こんな夜更けに何用ですか?」

「こやつっ!? 訂正すらせずに話を進めるのか!?」


 まあ、そんなフォルちゃんとは今やただの友達。

 チームお馬鹿の三人と同じくらい気楽に接する事が出来て、尚且つだ。


 一番知ってるのはウィンドウさん、“神様”だからね。


「まあ良い、お主の恋愛はお主が片付けるとして、ちょっと野暮用じゃ。魔闘大祭の件で、今の内からお主に教えておきたいものがある」


 空中に空けた穴から「よっこらせ」と言いながら出て来たフォルちゃんは、当たり前の様に僕が寝転んでいるベッドに上がり、僕の腰に腰掛けて来た。


「軽いから良いけど、腰は椅子じゃ無いよ?」

「失礼な奴に失礼をして何か悪いかえ?」

「失礼であるなら、悪いのでは?」

「一理ある。だが却下じゃ」

「なら仕方無い、甘んじて受け入れましょう」

「図太過ぎるじゃろお主は……。悪い気はしないがの。して本題なのじゃがな?」


 適当な会話を繰り広げながらも、ぬるっと本題に入っていく。適当に話しても僕が全てを【記憶】するのを知っているので、なんの躊躇も遠慮も無い。

 まっ、そう言う対応も悪い気はしないけどもね?


「端的に言えば、お主には闇魔法の派生魔法を憶えてもらう。おそらく闇より使い勝手は良いはずじゃからな」

「闇の派生? 空間魔法は神の加護が必要でしょ? 他に何があるの」

「ふむ、強いて言うなら闇の劣化。光がある前提の魔法。じゃが、故に光に負ける事も無い属性じゃな」


 僕のデータベースに無い知識だって奴なんですけど……。


 やたらドヤ顔でムフムフしながら説明するフォルちゃんにイラっとする。

 だが、単純に知らない上に、授業でも聞いた事が無い事自体が不思議なので素直に疑問を口にする。


「……授業で聞いた事無いんですけど」

「教えとらんじゃろうからな」

「なんで?」

「なんでも何も、ここは光の神を強く信仰するイーティリアム王国じゃぞ? 何より光属性は回復魔法に派生する。可能なら闇より光に転がって欲しいが故の暗黙の了解と言う奴よな」

「……可能性を絞る様な事はしないで欲しかったなぁ」


 お国の事情となれば僕には何も言えない。きっとフォルちゃんも何も言えない。

 それに、回復魔法使いなんて居れば居るだけ助かる存在を少しでも増やせるなら有益だし、国の行いとしては何も間違って居ないのだから。


「じゃからな、それを教えると言うとるんじゃよ。で、なんじゃと思う? なんじゃと思う??」


 おっ? 急にうざくなるじゃない?


「予想ですけど……影、とか?」

「はぁ、つまらん。おもんない」

「失礼の塊。現在進行形で人の上に乗ってる癖にさらに失礼とか酷くない?」

「酷くない。じゃあちゃっちゃと教えるぞー。見ておれよ」


 そう言うや否や、突然魔法を使い出したフォルちゃんに、慌てて魔力視を発動させる。

 その魔法は月明かりが差し込む事で生まれた影に干渉して意のままに操る魔法だった。


 さらにその影は物体にも干渉出来るようで、物を持ち上げたり本を開いてページを捲るような繊細な事も出来るらしい。


「ちょっと、フォルちゃんに触れて良いですか? 魔法は使ったままでお願いしたいんですけど」

「……駄目じゃ。ランバート騎士団長とリヒト魔法士団長、そしてメテオからも聞いておるぞ、お主が魔力の同調とか言う異次元の事をやってのけた事はな」

「だとしても、なんで駄目なのさ」

「お主、調使じゃろ。正確には、その場で【記憶】と共に再現して改造したんじゃろ?」


 …………なんでそんな事まで分かるんですかね。この事はまだ誰にも言ってないのに。


「その不貞腐れた顔を見れば答えてもらう必要は無いな? それにな……些かそれはずる過ぎる。何より学びにならん。キチンと自らで身に付け、自ら磨き上げよ。良いか?」

「……はぁい」


 そう言う理由を言われると、返す言葉は無い。納得出来るし、こちらを思っての考えだ。拒否する理由もない。


 でもさ。……こう言う時だけ学園長らしいのはずるいじゃんか。ほんと、良い人だよ。


「じゃが、非常時にまで学びを優先しろとは言わん。命を一番大切にしておくれ。……お主が大切にしきれないお主の命を、皆の為に、儂の為に大切にしておくれ」

「…………うん。……その、一応言っておくと、僕も最近はあんまり死にたくないなって思える様になって来ましたよって……はい。ありがとう、フォルちゃん」

「それならそれで良い。転生だろうがなんだろうが、儂は今のお主に生きて居て欲しい。それだけなんじゃよ」


 これが人生経験年数百年の差よ。僕が幾つになってもこの人には敵わないだろうな。

 それぐらい暖かくて優しい人だ。……素敵な人なんだ。


「なんでフォルちゃんって独身なんだろうね」

「新しい失礼を加算じゃな。普通に殺意が沸いたわ」

「自己矛盾の速さよ」

「誰のせいじゃ、誰の。まったく……自分の寿命すら分からん儂と番えるものなぞ居るものか」


 納得。寂しがりな彼女を思えば、それは納得するに十分な理由だ。


「どうして“そう”なったのか、分かると良いね」

「……心当たり自体はある。ただ願って食っただけじゃがな。…………さてと、儂の野暮用はもう済んだ。影、魔闘大祭までには身に付けて置くんじゃぞ」

「分かった。やる事まみれなのが嫌だけど、やってみます」

「うむ。それと鬼人の女じゃが、さっさと抱いてしまえ。お主の子どもなぞいくら居っても困らんわ」

「まだ精通しとらんわ」

「ぷぷーガキくさっ!」

「おいおい、それはライン超えたよ!?」


 ってもう居ない!? あんにゃろ、空間の穴を足元に作って落ちて逃げたな!!


「くっそ……良い気分転換になった事も含めて悔しいんですけどお!」


 その日の晩は不貞寝した。


 翌朝はとてもスッキリとした寝覚めでした。

 

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