第179話 僕、爆音落ちはもう嫌
手加減の旨を伝えた直後の威圧にショックを受けながらもいつでも対処出来るように姿勢は崩さず剣を構える。
向かい合って睨みを効かせるメテオさんは何処となく楽しそうにしながらも、一瞬で剣に炎を纏わせてそれを押し出す様に薙ぎ、僕に向かって勢いよく飛ばしてきた。格好良いっ。
そしてエレアの時とは違い、今回は完全な無詠唱。技として身に付けているのか、魔法として極めたのか……おそらく前者。なら僕にはあれと同じことは出来ない。何せ僕は剣と魔法の合わせ技なんて大して知らないからね。では僕なりのやり方で迎え撃つしかない。
魔力視で盗み視た今の技の情報を元に、僕お得意の魔法を活かして技を一から作り上げる。
運良く、斬撃を飛ばす技自体は知ってるんだ。それと火魔法を合わせてやれば良いよね!
光と火を剣に纏わせ斬撃を帯びた煌々と輝く炎を剣の軌跡に残してそれを撃ち出す。
これの素晴らしい所は僕の魔力操作範囲内ならある程度魔法としての制御が効く所。イールさん様様だよ。
……飛んでけ。
撃ち出された僕の燃え盛る『遠斬り』は、メテオさんのそれとは高さや角度がズレていたがそれを後から修正し、ぶつけ合って相殺する。
二つの炎を帯びた斬撃がぶつかり合うと訓練場全体を照らす程の炎が発生し、非常に眩しくて熱い。
顔を背けたくなり、目を閉じたくなるも、今の状況でそれは悪手。こんな炎を日常茶飯事に使ってる人が相手なんだ、しっかり構えて隙は見せない。生命探知も併用しつつメテオさんの動きを探る。
「……はっ?」
思わず声が出た。メテオさんが……メテオさんが激しい炎に向かって直進し、そのまま炎を切り裂き突き抜けてくる姿を見たからだ。
炎から飛び出したメテオさんの上がりきった口角は心底楽しそう…………傍目から見ればそう映ったかもしれない。
だが相対している僕からすれば、それは恐ろしいものでしか無かった。
威圧感は先の比では無く、全身に重くのし掛かる程の重圧。
笑んだ口元から覗く歯はまるで牙を剥いた獣。近い感覚としては——————ネメア。
やられる……訓練気分で居たら……
「なっはっはっは!!!! 俺の炎を炎で迎撃たあ良い度胸だぜ!! お前がどこまでやれるか見せてみなッッ!!」
しくじった!! 今にしてみれば挑発とも取れる行いだった! こっちは勉強がてらにやってみただけだったのに……!!
魔力を瞬時に巡らせたメテオさんの動きが一段上がり、荒々しくもブレのない美しい剣撃による猛攻を仕掛けてくる。
それに合わせて都度一瞬だけ四倍の領域へと入り、剣を当てて攻撃を逸らし、身体を一歩引いて避け、最低限の動きで対処する。
「くぅッ……」
一撃が重くて片手で受けらんないッ! 身体は防御で精一杯……でも! 魔法はその限りじゃ無い!!
「隆起しろ!」
地面に魔力を通してメテオさんの足元を勢い良く押し上げる。
攻めの姿勢で重心が前のめりになっているメテオさんに避ける手立ては無い筈、空に押し上げられて無防備を晒した瞬間集中砲火で仕留める!
そう思考を回した直後、メテオさんは地面に剣を突き立て盛り上がった地面を丸ごと爆散させた。
僕はその爆風に抵抗せずに敢えて吹き飛ばされ一旦距離を取る。爆風に乗った土や砂が身体中に当たり痛いが気にしない。
観客席の方はランバートさんが『フォートレス』で守っているらしく被害は無さそうだ。
「攻撃性が無えな? 守るだけじゃ倒せねえぞ。それともやる気が出ねえと戦えねえか? 気分が乗らないからって理由で手を抜くのか、お前は?」
「言いたい放題言ってくれますね……。使うべき時の為に力を隠すのも一つの手ですよ」
「それならそれで良い。だが敢えて聞くぞ。お前、自分の力を扱い切れてんのか? 全力を出せるのか? 出した事の無え全力は出せねえのと同義だぞ」
……痛い所を突いてくれる。
その全力を検証する為の場所を今ダンジョンで探してるんだよ。その為には冒険者が辿りついて無い階層まで足を踏み入れる必要がある。そしてそれにはもう暫く時間がかかる。
…………ぶっちゃけ足踏みしているのは事実。メテオさんの言う事はどれも正しい。返す言葉も無い。
でも全力を出すかどうかは別問題だ。容易に人を殺せる威力を出せる僕がそんな事を訓練の場で出来るはずも無いのだから。
「…………」
「しゃーねー。んじゃ、俺が引き出せるとこまで引き出してやるよ。じゃねえと、お前の訓練にもなんねえしな…………そら、行くぞ」
燃え滾る熱を押し込めたのか幾分冷静になったメテオさんは、荒々しさはそのままに、剣のキレが更に増した。
攻撃される度に四倍精密強化を繰り返してギリギリでの防御を少しずつものにする。
僕の【記憶】は戦いに時間をかければかける程に相手の癖や行動を憶える事で有利に立てる。さらに、今回かつて無い程に連続で四倍精密強化のオンオフを切り替えた事で、少しずつ身体にも頭にも瞬時の切り替えが馴染んできた。もうメテオさんの攻撃を捌くのは然程苦では無い。……筋力不足はどうしようも無いけど。
「ほぉん。慣れるのが早いな……んじゃもう一段あげるぞ……『俺は強い』」
突然、謎の自慢を始めたメテオさんの動きが更に速く力強くなった。
……対処は、出来る。が、もしかして今の……無魔法の身体強化の詠唱か!? 自意識で強さが変わるのだとしたら……あと何段階作ってんだこの人!?
「この俺に剣術だけでまだ食い下がるか! ……でもよお、このままだとジリ貧だぜ? 出し惜しみして負けても良いのか!? お前の強さに理由はねえのか!?」
「……うっさいなぁっ……力引き出すんでしょッ! そっちが頑張れば良いじゃんかよッッ!?」
「お前の力を見てぇんだよ!! なんてったって、今の俺は先生だからなああ!!」
何合も、何合も、何合も撃ち合う。
騎士団が提供してくれた訓練用のやたら丈夫な剣が欠け始め、剣身の歪みが顕著になり振るのに違和感を覚えるが無視して振るう。
剣に魔法を纏わせはしない。魔法を肉体以外に使いもしない。身体強化のステージを引き上げながら、ひたすらに剣を打ち付け合う。
「まだまだ行くぞ! 『俺は凄い』!! おぉぉっらあああ!!」
「四倍……良い加減ッ! 暑苦しいッ!!」
何処までも攻めの手を緩めないメテオさんがギアを一段上げた瞬間の僅かな隙を突いて腹を蹴り飛ばし、僕は宙に跳び上がって障壁を足場にして空に立つ。
「『波濤』……これで頭冷やせぇッッ!!」
【存在霧散】の為に広げていた魔力を全て水魔法に使い、膨大な水にうねりと波を与える。
これでメテオさんの熱ごと押し流してやる。付き合わされる身にもなれってんだ。
『波濤』は訓練場を飲み込むように広がりながら、高い波を立ててメテオさんを押し流さんと迫る。
「くっははっ! ぬあっはっはっは!!」
ヒートアップし過ぎてハイになってるのか……? いや、仮にもソロミスリルがそんな訳ない。ならばこれは余裕。笑うだけの余裕があって、対処出来る自信があると言う事。『強い』を超えて『凄い』の先には他に何がある。何処まで僕に仕掛けてくるつもりなんだ……。
「………………『炎耀』」
メテオさんが一瞬光った次の瞬間————彼を中心として超高温の熱が発され、大量の水が気化し体積が一千倍以上に膨れ上がった事で、水蒸気爆発が起こった。
あまりの音にいつぞやの爆音を発した際と似た状態になり意識が飛びかける。今回は完全に意識が飛びはしなかったが、耳が痛くて何も聞こえない。平衡感覚はまだ生きているらしい。
…… 爆発する寸前、ゆっくりと膨れ上がる水を見て、咄嗟に自分をピッタリ覆う様にして五倍圧縮した障壁を展開し、四倍精密強化を維持していたお陰で怪我は無い。
身体の節々は痛いが、障壁を解いて立ち上がり周囲の様子を伺う。
どうやら僕は訓練場と観客席との間にある壁に身体を半分ほどめり込ませていたらしい。
そして僕の呼び出した『波濤』はぬかるんだ地面を残して全てが消えていた……。
少しのショックを覚えはするがすぐに切り替える。
音や爆風の被害が観客席に出ていないかも確認すると、ランバートさんが爆風を、シャリア先生が杖を掲げて爆音から生徒を守ってくれていたのか、耳を押さえて痛そうにする人は居ても気絶している様な人は居なかった。
流石過ぎる。自分の防御で手一杯な僕とは違い、生徒の安全を守ってくれた先生方には足を向けて眠れないなぁ。
……獣人だけは耳を押さえてのたうち回ってるけど。……すみませんね。
最後に、肝心のメテオさんはと言えば…………凄まじい超高温の熱を発したのに五体満足。だが、立ったまま微動だにしない…………。
焦りながらも、生命探知を行いながら駆け寄る。命は感じられた、呼吸もしている事が分かった。
真っ赤な鎧の上からにはなるがこれと言った外傷は見当たらず、唯一耳から血を流しているのでいつかの僕と同じ状態にあるのだろう。
ほっと一息吐くと同時に、シャリア先生に向かってぎこちない笑みを作りながら手を振る。
炎耀の剣の三人にも同じ様に手を振るが、三人はあまり気にした風では無かった。……よくあるんですか?
…………にしても、だ。
周囲の地面は溶解し、一部はガラス化している場所もある。
メテオさんから放たれたあの熱は直接触れてもいない周囲の地面を溶かし、大量の水を気化させてしまう程の高温だったと言う事だ。
「あれが……『炎耀』。まるで太陽みたいだ……」
⭐︎太陽は
…………あっすみません。今ちょっと忙しいので後にしてくださ〜い。ご用件はピーっと言う発信音の後にお願いしまーす。
……唐突な神託に居留守を使って無かった事にする中、シャリア先生が駆け寄ってくるのを見ながら思う。
手加減って言ったのにな〜。しかも爆音エンドの再来…………。
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この後、シャリア先生の回復魔法で意識を取り戻したメテオさんと僕は空間魔法で強制的に学園長室に移動させられて、フォルちゃんに怒られた。
とてつもない衝撃と音が学園中を揺らしたとかで、大変だったんだって。
…………全力では無かったけど、学園で感情的になるもんじゃ無いね。怒られた事に釈然としない気持ちもあるが、今回は教訓を得たと言う事で納得しよう。
因みにメテオさんはあっけらかんと笑ってから、僕とフォルちゃんにすっぱり謝っていた。
あまりにも潔いその姿に毒気を抜かれたフォルちゃんは、厳重注意に留めてくれたのだった。
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