第26話 僕、絶望を憶える

 僕は目が覚めるとすぐに隣のベッドを確認した。

 そこには誰もいなかった。


 早鐘を打つ鼓動に急かされるように、人が寝た形跡はないか調べるが未使用の綺麗な状態だ。


 僕の動く気配でエレアお姉ちゃんが起きた。

 僕の慌てる姿を見て、エレアお姉ちゃんも顔を青ざめさせる。


 すぐに二人で家の中も見るが昨夜と変わりなく、畑の方も裏の庭も横にある物置小屋にもいなかった。

 僕らは、そのままの勢いで村の広場まで駆けだす。

 身体強化も使わず、ただ必死に走る。身体から流れる汗がずっと冷たくて、背筋が凍るような感覚がしていて、エレアお姉ちゃんと手を繋ぎながら祈るような気持ちで広場まで息を荒げながら走り続ける。



 そうして辿り着いた広場には、真面目な顔をした村の偉い人や強そうな人、まとめ役の人などが集まって話し合いをしていた。


 その中からカル父さんとサフィー母さんの姿を探すがなかなか見当たらない。

 僕の視界はすでにうるんでいて、頬流れる涙は冷たい汗と違いが判らない。エレアお姉ちゃんの手を強く握りながら、人が一番集まっている場所まで二人で駆け寄る。




 そこには、置かれたテーブルを囲むようにゼフィア先生とすごい筋肉の強そうな獣人の人と村の偉い人、そしてカル父さんとサフィー母さんの姿があった。


 僕らは手を繋ぎながら全力で駆け出し、カル父さんとサフィー母さんに抱き着く。


 鼻水をすすりながら、泣き声をこらえながら、でも二人に回した腕とエレアお姉ちゃんと繋いだ手を離さないように強く握りしめる。


 今ここに居ることを確かめたかった。僕らの手が届くところに居るのだと確かめたかった。


 僕らに抱き着かれたカル父さんとサフィー母さんは最初は驚いていたが、すぐに僕らを抱きめ返してくれた。


「心配をかけたね、ごめんね?」

「大丈夫よ、よしよし。もう大丈夫だからね」


 とても優しい声色の二人の声を聴いてようやく僕の冷たい汗が止まって、背中を撫でられて凍り付いた背筋が解れていくようだった。


 声こそ挙げなかったが、僕の顔は相当に崩れていたんじゃないかと思う。

 そういえばゼフィア先生もここに居るのに、情けないところを見せてしまったなあ……

 頭では思考できているのに、何故かなかなか涙がひかなった。ずっと触れている手を緩められなかった。


「みんな! 一旦、各々の家に帰ろう! 一度寝て、食事をとり、それからもう一度集まろう! まずは家族に顔を見せて安心させてやってくれ!」

「そうだな! まっワシを心配しとるやつがおるかが心配じゃがな!! ガッハッハッハッハ!!!!」


 ゼフィア先生とムキムキの獣人の人が大きな声でそう言ってくれた。

 きっと僕らの姿を見て気を利かせてくれたのだろう。


 僕が大きくなってもゼフィア先生が独身だったら本当に結婚してもらおうかな? 

 そう思うぐらいありがたくて、同時に素敵な人だと思った。



 その後僕とエレアお姉ちゃんはカル父さんとサフィー母さんに背負われながら家に帰る。

 家族みんながいる家こそが僕の帰る家なのだと、心がそう思っている。


 誰一人、欠けてほしくない……!

 悲しい涙を流してほしくない。

 でも僕らには、力が無い……


 無力だ。ずっと無力だ。

 

 僕、そう言えば楽をしたいとか言ったなぁ……また逃げてるだけだ。また消極的になってる。  

 剣の稽古も魔法の練習も惰性でやってたつもりは無い――でも! 足りてない。もっと強くならなきゃ、今度は僕が失ってしまう。




 俺は一度家族の前から姿を消した人間だ。不慮の事故とは言え、なにも遺すことも出来ず、なにも返すことも出来ずに世を去った人間だ。


 俺は、失う側の気持ちを知らなかった!!!


 不安を! 恐怖を! 絶望を! 悲しみを! 苦しみを! 後悔を! そして心が欠けそうになる虚無感を……


 俺は知らなかった……こんな気持ちになるぐらいなら死んだほうがましだった。死んだほうが楽だった。


 ……胸がずぅっと苦しいんだ。失うことへの恐怖が。あの苦しくて痛くて張り裂けそうな感覚をずっと



 やめてくれよ……忘れさせてくれよ……もう嫌だよ……融通聞かせろよ俺のスキルだろう!? もう消してくれ!! こんな記憶いらない!! 憶えていたくない!! 涙が止まらないんだ! 感情がずっと落ち着かないんだ!! 怖くて怖くて仕方ないんだ!! 

 ずっとずっと【記憶】が動き続けてる……今日起きてから両親を見つけるまでをずっと繰り返してる。すべての感覚を【記憶】しているせいで何度も何度も鮮烈で生々しい感情を味合わせ続けてくる。


 もう…………


 やめてくれよ…………



 僕は背負われながら、気を失った。




 目が覚めると、そこはいつもの寝室にあるベッドの上だった。


 延々と繰り返される悪夢のような【記憶】は止まっていた。


 僕はことのメリットばかりに眼を向けていた。アッシュとしての人生が楽しいことばかりで、憶えていたいことばかりで、ずっと気づかなかった。

 【記憶】は嫌なことでもすべて。刻み付けられてしまう。


 さっきは、気が動転したことでスキルが暴走したのかもしれないが、それでも僕の精神が酷く貧弱なことを思い知らされた。

 カル父さんもサフィー母さんも生きていて、その温かさを感じていながら僕は恐怖にのまれた。


 僕はこんなにも弱くて小さな人間だったんだな…………


「ふっふふふ……」


 失笑が出る。だって、笑うしか、無いじゃないか。


 きっと誰も僕を叱らないだろう。励ましてくれるだろう。

 違うんだ。僕は今、怒られたい。殴られたい。蹴り飛ばされて罵られたいんだ。


 僕は僕の前世を軽んじていた。乗り越えて次を見つめた気になっていた。でもこれはきっと一生乗り越えられない。僕がアッシュとして死ぬその時まで、ずっと僕の前世はついてくる。


 そして僕はそれを背負って生きなきゃいけないんだ。

 それが失わせたものの務めだ。胸を張って生き抜いたのだと言えるような死を迎えるその時まで背負い続ける務めなんだ。




 ……腹を括るよ。僕は強くなる、僕が僕の大切を失わないために。

 僕を大切だと言ってくれた人に失わせないために。


 そして全力で楽しんで生きる。お気楽に、能天気にふざけながら、楽しい人生を送ってやる。


 どこまでも自重を知らない【記憶】スキルに、どこまでも馬鹿馬鹿しいを目いっぱい残してやる!




 グウウウゥゥゥゥ~~…………


 ……とりあえずは朝ご飯を食べよう。いつも通りに家族みんなでご飯を食べて、畑作業や家事を手伝って、勉強して稽古して、そして出来る限り強くなる!


 六歳児のポテンシャルなめんなよーーー!!!!




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 これは一人の転生者が、忘れたいことも忘れたくないことも、すべてを抱えて生き抜く物語。

 己が選んだスキルに振り回されながらも、己が選んだ道を歩んでゆく男の物語。

 この者の人生に何が待ち受けているのか、それは誰にも分からない。


 ですが、私はあなたを見ていますよ。和田日向さん。

 どうか貴方の未来に幸多からんことを。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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