第276話 「いらっしゃいませぇ」

 「いらっしゃいませぇ」


 俺は今オリビエ先生の実家のパン屋の店頭で売り子をしている。


 なんでそんな事になっているのかと言うと、話は少し遡る。


 ※※※


 スマホを通じてアプリの事や、そのアプリを作るのに使っているパソコンの事でネイアと話しをしている時に、話しの流れでネフィス家の使用人は全員魔力値が6000を超えている事や、オリビエ先生は5桁はあるという話しをした。


 『1万あればリンゴや葡萄が1日2つ……それでも全然足りないけど…』


 ぶつぶつとスマホから聞こえて来たので何事かと尋ねてみた。


 「どうしました?」


 『……試しにアーバン様に頂いた、お肉や果物を生成できる魔道具を使ってみたんです。お肉も非常に美味しかったんですが、それよりも果物が欲しくて。平民だと果物は中々手に入らなくて、高いと言うのもありますが、そもそも平民だと買えないんですよ。もしこの魔道具で果物が沢山生成出来たら、酵母作りやお酒造りに使えないかなぁ……と思いまして。特にウチはパン屋なので、天然酵母が作りたくて。密閉出来る容器はゴーレム魔法があればどうにかなる気がしますし。砂糖は……貴族じゃないとお金を出しても買えないかもしれませんが、最悪砂糖は無くても作れますから。ただ、果物はどれも日本ですら滅多に口に出来ない程高級な感じがしたので酵母作りに使うのはちょっと勿体ない気もしますが』


 複数種類試したという事は、さては既に魔石の残量は空だな?


 「お酒はワインとかですか?酵母というのは?」


 『ご存じありませんか?果物からパンをふっくら仕上げるのに使える天然酵母が培養出来るんですけど――』


 存じあげないが?

 え?常識なの?

 一般家庭でのパン作りって余ったご飯を専用の機械にぶち込んでボタンを押すだけじゃ無いの?テレビCMでそんなの見たことあるけど。


 「もしかして、それも前世の趣味で?」


 『う~ん、天然酵母作りは結構大変で数回作った事があるだけなので、趣味と呼べるほどでは。あ、でもこっちの世界だと温度と湿度管理が……いえ、ゴーレム魔法とアーバン様の魔道具があれば…後は試行錯誤で…』


 まだゴーレム魔法は習得していない筈だが、先ほどからのネイアの計画にはどうもゴーレム魔法が盛り込まれている様だ。捕らぬ狸の皮算用にならぬように頑張って習得して欲しい。


 『あの、ネフィス家の使用人の方々やオリビエはどうやってそれほどの魔力値を手に入れたのでしょうか?』


 「えっと、それはですね、装着型ゴーレムを装着して―――」


 【試しの遺跡】や”山羊頭の試練”の事を簡潔に説明した。


 『【試しの遺跡】?昔何処かで……多分前世で……駄目、記憶が古すぎて思い出せない。それで、その”山羊頭の試練”と言うのは私でも受けれるのでしょうか?』


 「それは可能ですが、パン屋の方はどうするんですか?」


 『あ、そっか……その【試しの遺跡】というのは遠いんでしょうか?』


 「そうですね、魔導バイクで思いっきりとばしても往復したら、早朝に出かけて戻るのは深夜か朝方か、魔道車で空を全速力で飛ばしても日は完全にくれてしまいますね」


 『……日帰りは不可能ではないんですね?』


 「え?ええ、まぁ……」


 『なら、仕込みと店頭に並べる分のパンを焼いてから出発して、販売を主人に任せれば店の方は何とかなると思います』


 「な、何とかなりますか?それ」


 『朝分のパンが売り切れると同時に店を閉めれば何とかなります。アーバン様、レンタカーってありますか?』


 「あ~、それもプレゼントしますよ」


 あと、ネイアの体が空から落下しても傷一つつかない程強靭になったら、魔導バイクにも飛行機能を追加しよう。


 『なにからなにまで、ありがとうございます。美味しいパンやお酒が完成した暁には必ず真っ先にアーバン様差し入れさせて頂きますね。それと、アプリの方も……』


 「流石に並行して行うのは無理だと思いますよ?アプリは急がないので、まずは魔力値を上げる事に専念してください」


 『はい!ありがとうござます!』


 ※※※


 翌早朝、ネイアにプレゼントする用の魔道車を俺が運転してオリビエ先生の実家のパン屋までやってきた。

 ちなみに毎回オリビエ先生を連れ出すのも申し訳ないし、ちょうど彼女は2頭のゴーレム馬の新しい体作りに、ヌゼとコーネリアの父娘に熱烈に頼み込まれて取り掛かったところだ。連れ回すのは悪いだろうと思い今回は1人で来た。


 で、ネイアにパワードスーツゴーレム入ったベルトを渡すと「有難う御座います!さっそく【試しの遺跡】に向かいます!」と言ってさっさと魔道車に乗り込んで出発してしまった。

 元気だなぁ。

 

 場所は教えているし、ネイアが来たら対応をお願いすると、イブたちに知らせているのでそちらは問題ないだろう。


 問題は―――


 「あの、大丈夫ですか?」


 オリビエ父がちょっと困った顔をして魔道車を見送っていたので、尋ねてみた。


 「妻は一度言い出したら聞きませんから。私としては1人でも多くの人にパンを食べて欲しいのですが、流石に私1人でパンを焼くのと販売を両方こなすのは難しいので、彼女の提案通り今日は朝の分が売切れたら店を閉めるしかありませんね。念のために仕込みの量はいつも通りにしたのですが……残りは廃棄、ですかね」


 オリビエ父、しょんぼりである。

 その姿には哀愁が漂っている。


 ※※※


 「いらっしゃいませぇ」


 と言う事で、今日は俺が店頭に立って販売を手伝う事にした。

 もちろん無償労働である。

 ちなみに俺が貴族だとバレると、俺が帰った後色々面倒かも知れないので、念のために周囲には内緒にしておくように、オリビエ父には伝えてある。


 「あ、あの、ネフィス様、やはりネフィス様に売り子をさせるなど……」


 「お気になさらず」


 追加のパンを持ってきたオリビエ父がずっと青い顔をしている。

 

 俺がネイアが店を空ける切っ掛けになってしまったような気もしなくも無くも無いので、ほんのちょっぴりだけオリビエ父には悪いなぁと思っているための罪滅ぼしのつもりだったのだが、逆に彼の胃に負担を掛けてしまったようだ、ごめんね。


 それはそうと、今日は俺が手伝えば良いとして、明日からどうするか。

 ネイアが最終的にどれぐらいの魔力値を目指しているのかは知らないが、1・2日では満足出来る魔力値には到達しないだろう。

 俺と組めばドラゴンでも簡単に討伐出来るから、途中から山羊頭からドラゴンにターゲットを切り替えたとして、10日でも足りない気がする。


 使用人の中から2・3人選んで売り子お願いするか?

 いや、従業員の実家のパン屋の手伝いをさせるのは流石に違うか……


 オリビエ先生がゴーレム馬の体作りが終わったら一旦実家に戻るように――それも俺が口出すようなことじゃ無いよな。


 店番カボを作るか?

 ……騒ぎになりそうだな。

 いや?逆に話題になって客寄せに、って、客はもう十分なのか。

 むしろパンを焼くためのカボを用意すれば良いのでは?店頭にはオリビエ父が立てば問題解決……プロの拘りとかありそうだし、パンの方をカボに任せるのは嫌がるかな?


 なんて考えている間にも続々と客はやって来る。

 オリビエ先生の言う通り、人気の店ではあるようだ。


 「いらっしゃいませぇ」


 「あん?誰だテメェ?見かけない顔だな」


 歳は多分20代の半ばぐらい、ちょっとひょろっぽく目つきとガラの悪い感じの青年が、俺を睨みつけるようにしながらそう尋ねてきた。


 「臨時のアルバイ―――店員です」


 「臨時の店員だぁ?怪しいなぁ……てめぇさては、俺のオリビアちゃんに近づこうって魂胆だな?!」


 俺の?まさかオリビエ先生の恋人だろうか?

 おお、なんという男の趣味の悪さだろうか。


 しかし―――


 「近づくも何も、現在当店には当の本人がいませんが?」


 何せうちの工房で住み込みで働いてもらっているから。


 「やっぱりオリビエちゃんを知ってるんだな?どうせアレだろ、アレ。”オリビエ、君が留守の間、俺がこのパン屋を支えていてあげたんだよ?””ありがとう!ステキな人ね”みたいな展開を期待してやがるんだろう?残念だったな、オリビエちゃんはそんな事でなびくような安い女じゃねぇんだよ。なんせお貴族様からのお誘いすら何度も断っているような高潔な女だからな、オリビエちゃんは!」


 どうやら随分と想像力が豊かな人物の様だ。

 それにしても、貴族のお誘いを断った話しを大声でして大丈夫なのだろうか?


 「だから、そんな高潔な娘がお前に靡くわけが無いと何度も言ったろう?店の前で騒がれては迷惑だ。帰ってくれ」


 「あ、お、お父さん、いらっしゃったんで」


 「誰がお父さんだ」


 騒ぐ声を聞きつけてか、奥からオリビエ父が姿を現してそう告げた。

 オリビエ父の発言を聞く限り、


 「彼、オリビエさんの恋人とかでは無いんですか?」


 「まさか……あの子はとにかく色々な男に言い寄られ過ぎる所為か、どうも恋愛などが苦手になってしまっているようで……」


 「お、お父さん!俺は本気ですよ?!本気でオリビエちゃんとお付き合いしたいと思っています!」


 「だからお父さんと呼ぶな。お前の一方的な感情なんか知らんわ。さっきも言ったが店先で騒がれて迷惑だ、帰ってくれ」


 というオリビエ父の言葉に近くで聞き耳を立てていた青年やらおっさんやらが乗っかる。


 「そうだそうだ!オリビエさんは俺と結婚するんだ!てめぇなんかお呼びじゃねぇ!帰れ帰れ!」


 「いいや!オリビエちゃんを幸せに出来るのは俺しかいない!」


 「歳を考えろ爺!」


 「うるせぇ!大人の色気ってもんがあるんだよ!」


 「ねぇよ!言動がガキじゃねーか!」


 しまいには胸ぐら掴んでの大乱闘が始まってしまった。

 営業妨害甚だしい。

 

 そんな中、まるで何事も無いかの様に1人の老婆が声を掛けてきた。


 「いつものを2つ下さいな」


 「あ、すみません。自分は臨時の店員でして……」


 ちらりとオリビエ父に視線で助けを求めると、オリビエ父は既にパンを2つ、紙に包み始めていた。


 「お待たせ」


 「ありがとよ」


 「……間近で大の男どもがあれだけ騒いでいるのに、よく平気ですね」


 「なぁに、ここじゃいつもの事だよ」


 「へぇ……そうなんですね。あ、毎度ありがとうございました」


 「いいえ、こちらこそ」


 老婆はペコリとお辞儀してゆっくりと去って行った。


 「……いつもの事なんですか?」


 「……はい、オリビエが家を出てからは乱闘の回数は随分減りましたけど。普段はネイアがしてくれるんですが……迷惑なやつらです」


 「じゃあ静かにさせましょうか」


 「え?ど、どうやって?」


 「取りあえず眠らせます」


 俺は次元収納から睡眠の魔法銃を取りだして、騒いでる奴らを一人残らず片っ端から撃ち眠らせて行った。


 「う、うわ!!い、幾らなんでも殺すなんて!」


 オリビエ父は俺の沸点がどれだけ低いと思っているのだろうか。

 眠らせるという俺の発言を永眠と捉えたらしい。


 「殺してなんていませんよ。先ほども言いましたが眠らせただけです。店先で寝られていると邪魔ですからちょっと移動させてきますね」


 眠っている男たちを道の端にどかし”パン屋の店先で暴れた愚か者たちです、起こしたり餌を与えたりしないで下さい”とう立札を立てておいた。


 「これで良しっと」


 そうだ、オリビエ父が居る事だし、さっき考えてた事を聞いてみよう。


 「ちょっとお聞きしたいのですが、やっぱり店頭に並ぶパンは自分で作った物以外認められませんか?」


 「はい?」




 美味しくて安い物を出来るだけ多くのお客さんに、それがオリビエ父のモットーらしい。


 と言う事で店じまい後に、厨房を手伝うという形で使ってもらう為にカボ101と、カボ102をその場で作ってプレゼントした。

 色々覚えさせるまでは大して役に立たないかも知れないが、上手く役立てて欲しい。

 ついでにお肉を10ブロックほど生成し、冷蔵庫の冷凍室に詰め込んでおいてあげた。

 ネイアの魔力値上げが終わったら、オリビエ父にも魔力を上げるように勧めてみようかな。



 最後に、帰り際に聞きだしたオリビエ父の名前はファンブロというらしい。

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