第42話 思い出は真実の愛によって返ってくる

「俺は、なんで、どうして……」


 猛烈にせつない感情が込み上げてくる。


 楽しかったこと、悲しかったこと。嬉しかったこと──。


 梅田で彼女と出会った。お節介を焼いて怒らせてしまった。


 でも、仲直りをして神戸デートで過去を語り、夢を語り合った。


 夢を叶えに東京に行って、理不尽で非現実的な現実に打ちのめされて、それでも彼女とだから……八雲とだから乗り越えられるって思った。


 それなのに……それなのにっ……! 


 今まで波に奪われていた思い出達が、波に乗って返ってくる感覚。


 返ってくる度に、俺の瞳からは涙が何粒も溢れてしまう。


 スマホの画面はびしょびしょになっている。バキバキに割れたスマホに垂れる俺の涙で、スマホはめちゃくちゃになっている。


「忘れないって誓ったはずなのに、俺の大ばかやろうっ!」


 バキバキのびしょびしょになったスマホは操作しにくい。でも、今はそんな文句を言っている場合じゃない。


 スマホの連絡帳から、『日夏八雲』を選択してタップ。電話をかけた。


『お客様のおかけになった電話番号は──』


 非情な機械音声が俺から八雲への連絡を断つ。


「くそっ!」


 俺は寝巻きを脱ぎ捨て、手元にあった制服に着替えると、急いで家を出た。


 朝の六時。普段、こんな時間に家を出ないため太陽がやたらと東に傾いている。


 急いでクロスバイクに跨ると北に向かって走り出した。


 どこに行けば八雲に会えるかなんてわからない。


 あいつのことだから、駅前のビジネスホテルに泊まっているんだと思う。


 だけど、どこのビジネスかなんてわからないし、一つ一つ潰すにしても、ホテルの人は誰が泊まっているかなんて教えてくれるはずもなし。


 だったらどこへ行けば会える?


 八雲との思い出を振り返り、俺は八雲が泣いていた公園に向かった。


 無心にクロスバイクをこいでやって来たのは、美ヶ丘北高校近くの公園。住宅街にある小さな児童公園だ。


 そこのベンチに座っているのは老夫婦だ。仲睦まじく座っている。


「いない、か……」


 老夫婦がいるだけで、ここに八雲はいなかった。


 あー、やっぱりビジネスホテルに泊まっているんだな。


 そうなると手詰まり。あと、俺にできることは八雲に鬼電するしか方法はない。


 ブルブルブル──。


「……!?」


 ポケットに入れていたスマホが震えた。


「八雲!?」


 八雲から折り返しの電話が来たと思ってスマホを見る。


 しかし、電話相手は未来であった。


「もしもし」


『世津。今、家に来たらいないんだけど、どこにいるの?』


 しまったな。未来に心配かけちまった。


 普段、寝起きの悪い俺が、こんな朝早くから家にいなかったら心配するってもんだ。


「わり。ちょっくら朝の散歩にな」


『朝の散歩ぉ? 世津がぁ?』


 なんとも信用していないような声。


「なんか目が覚めちまってな。チャリでふらふらしてたら学校の近くの公園まで来ちまってよ」


『ふぅん……』


 一ミリも俺の話を信用していない様子が声だけでわかる。


「ま、学校近くにいるからそのまま学校に行くわ。せっかく朝飯作りに来てくれたのに悪いな」


『それは別に良いけどさ』


 ちょっぴり拗ねた様子の未来は思い出したように、『あ……』と声を漏らした。


『学校といえば、世津。屋上の鍵を取ったりしてないよね?』


「屋上の鍵?」


『そうそう。なんか昨日からないらしくてね。私が管理してるから先生に怒られちゃったんですけど』


「生徒会長様が怒られるなんて笑い──」


 言葉が止まった。


 それって、もしかして、もしかすると……。


『笑い事じゃないから。結構な問題だからね。なんか心当たりとかない?』


「……あるかも」


『うそ。やっぱり世津が取ってたの?』


「いや、俺じゃない。俺じゃないが、多分、おそらく、きっと……」


『うーん? とにかく、心当たりがあるなら回収頼める?』


「ああ。任せろ。命に変えても回収してやるよ」


『そこまで重く受け止めなくても良いんだけど』


「なぁ未来」


『どうしたの? 改まっちゃって』


「シンデレラ効果についてなんだけどさ」


『唐突な話題変更に未来お姉ちゃん困惑だ』


「シンデレラ効果を打ち消せるのは真実の愛だけだって言ってたよな?」


『え? あ、まぁ、うん。言ったね』


「オッケー」


『ん? シンデレラ効果と屋上の鍵がなんか意味があるの?』


「あると言えばある。ないと言えばない」


 ただこれだけは言わせてくれ。


「俺の真実の愛を見せてやる」


『なんじゃそら』


「なんにせよ、屋上の鍵は回収してくるよ、必ずな」


 未来に宣言して通話を切る。


 スマホをポケットに入れた。


「……うしっ。行くかっ!」


 俺は気合いを入れて学校に向かった。

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