第38話 あの美女は転校生か幽霊か

「せーつくんっ。おっはー」


 教室の自分の席で先程の美人を思い浮かべていると、楓花が朝の挨拶にやって来た。


「……」


 いつもなら、すぐさま朝の挨拶を返すのだが、今日に限ってはその限りではない。


「あれ? どうしたの?」


 目の前で手をふりふりとされて、「聞こえてますかー」と煽るような声で言われてしまうが、今日はどうも反応が鈍くなっちまう。


「秋葉。やめとけ」


 そう言いながら、淳平がこちらにやって来る。


「どったの、これ。『アンニュイな俺、かっけー』状態?」


「ほとんど正解だな」


 不正解だわ。なんて、今はキレの良いツッコミはできないでいる。


「さっき昇降口にめちゃくちゃ美人がいてな。それに一目惚れしたみたいだ」


「あ、あたしも見たよ。凄い美人さんだったよね」


 え!? と楓花が俺を見てくる。


「世津くん、あの人に惚れちゃったの!?」


 そして、ゆさゆさと俺の肩を揺すってくる。


「やめときなって。世津くん如きじゃ相手にもされないよ」


「うぉうぉうぉ、ふ、ふぅかぁ、や、やめろぉ」


「あ、流石に反応した」


 楓花が俺を揺らすのをやめる。


「てめっ、こんにゃろ。三半規管弱いんや。易々と揺らすな」


「易々と美人に惚れちゃったらだめだよ。世津くん如きじゃバッドエンドしか待ってないよ」


「よし、わかった。そこんところをとことん話し合おうか、こんちくしょうが」


 パキパキと指を鳴らす。


「そういえば、あんな美人さんがこの学校にもいたんだね。大人っぽかったから三年生かな?」


 こいつ、面倒くさくなって話題を戻しやがった。


「んにゃ、上履の色から二年だったな」


「二年? あたし達と同じ? あんな美人いたかなぁ」


 楓花が指をアゴに持っていき考え込む。


「俺も見たことない。世津も知り合いじゃないって言ってるからな。そこで、導き出される答えは一つ」


 ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル。


 楓花のお手製のドラムロームの後に淳平が答えた。


「転校生だっ!」


「わー。ぱふぱふー」


 楓花が拍手をしている中、「転校生ぃ?」と眉をひそめて声に出してしまう。


「なんだよ、世津。違うって言いたいのか?」


「夏休み直前に転校生とか、そんなことあるかよ」


「唐突な親の転勤とか」


 楓花が思いついたように言ってくる。


「この時期に唐突な転勤ねぇ」


「家庭の事情は様々だろう。世津だって親が出張で一人暮らしだし」


「俺の両親は何ヶ月も前から決まっていて、しかも春からっていう節目だわ」


「言われてみたら、確かに転校生って点は微妙かもね」


 言いながら、楓花は手をおばけみたいしてみせる。


「もしかして、霊てきな?」


「あんな美人なら取り憑かれても良いな」


 淳平が軽口を叩く。


「いや、一番ないだろ」


「でも非現実的に美人だったろ?」


「そりゃ、まぁ……。でもだな。ありゃ、転校生とか霊とかじゃなくてだな。なんというか、上手く言えないが──」


 キーンコーンカーンコーン。


 俺の曖昧な答えは朝の予冷で打ち消されてしまった。


「ま、転校生かどうかは時期にわかるさ」


「それもそだねー」


 そう言い残して淳平と楓花は自分の席に戻って行った。


 結論から言うと、あの美女は転校生でもなんでもなかった。

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