第29話 彼女の側にいられるのは俺だけだ

 時刻は午後四時過ぎ。


 ATMからありったけの金をかき集め高槻駅へと戻って来た。


 目的地なんてない。だけど、できるだけ遠くへ──。


「あ……」


 八雲が駅のポスターに目をやるのでつられて俺も目をやった。


『特急やくも新型車両運行開始』


 そんな文字と共に夕陽色の電車のポスターが飾られていた。


「世津。私、これ乗りたい」


「なんで?」


「同じ名前だから」


「なるほど、ダジャレか」


「ダジャレでもなんでも言わなきゃやってらんないわよ」


「反応に困るなぁ」


「私と駆け落ちしたいなら、私の高度なダジャレに付いて来れないと」


 そう言った後に、俯いてポツリとこぼす。


「あ、なんか今の、自分で言ってて虚しくなった」


「その自虐ノリツッコミみたいなの好きなん?」


「う、うるさいわよ。べ、別に目的地もないんだから良いでしょ」


「あいあい。別に良いけど、これってどこに行くんだ?」


「わかんない」


 そう言って八雲は特急やくもがどこに行くのかをスマホで調べてくれる。


「岡山発の出雲市行、だって」


 日夏八雲としてこれから活躍したいと願う出雲琴にとって、やくもの行き先は出雲なんて、八雲は出雲にしかならないみたいな、なんともまぁ皮肉が効いているというか、なんというか。


「ふん。おもしろいじゃない。完全に私のための電車ってわけね」


「いや、重めの皮肉が効いてておもしろくはないぞ」


「わかった。出雲に行って、完全に出雲琴を断ってやるわよ!」


 なんだかヤケクソなテンションで八雲は高槻駅の改札を潜って行った。


「あ、おい。待てよ八雲」


「世津、早く、早く」


 まぁ、うん。ちょっとだけでも元気になってくれるならなんでも良いや。







 本日二回目の新幹線。


 いや、高校生で新幹線をはしごする奴なんて俺達くらいじゃないだろうか。とか、ちょっぴり優越感に浸る。


 新幹線のチケットを買う時に八雲と揉めてしまった。


「私が払うわよ」


「いや、なんでもかんでも出してもらって男として恥ずかしい。この旅は俺が全部出す」


「私のわがままなんだし、私が出すのが筋よ。異論は認めないわ」


「このままじゃ男として俺が廃っちまうだろ。俺だってバイトして金はあるんだ」


 雀の涙ほどだがと、ボソリと呟いておく。


「私」


「俺」


「私」


「俺」


 そんなやり取りをしていると、周りの人からの視線が痛かったため、さっさと俺が出しておく。


 買ってしまったチケットを八雲に渡すと睨んでくる。


「次は絶対に私が出す」


「この人、漢気が凄いな」


 一悶着あったが、まぁなんとか新幹線に乗車。


 今回は東京行ではなく博多行。大阪よりも西に向かって岡山まで行く。


 そのまま博多まで行くのにも惹かれたが、八雲がやくもに乗りたいってことで岡山に向かう。


 東京よりはうんと早く岡山駅に着いた。


 高槻から約一時間程度かな。


 岡山に着いたは良いが、ここから特急やくもが来るまで一時間くらいの待ちができちまう。


「時間が空いたからおみやげでも見ましょう」


 そんな訳で岡山駅を散策。


 やっぱり岡山と言えばきびだんごみたいだね。桃太郎と共にきびだんごを猛プッシュしている。関西じゃ、あまりきびだんごって見かけないから新鮮だ。


 自分の土地にない、その土地のものを見るのって良いよな、とか思いながらおみやげを八雲と眺めていると、ポケットのスマホが震えた。


 取り出した、バキバキのスマホを見ると、どうやら未来からの着信みたいだった。


「わりぃ八雲。電話出てくるわ」


「ふぅん。誰から?」


「未来」


「加古川先輩、ねぇ。親戚でそんなに仲が良いとか、普通、あり得るのかしら」


「なに? 嫉妬?」


「嫉妬って言うのは好きな人が他の異性とイチャイチャしてたら、するもんでしょ」


「やっぱ嫉妬だ」


「違うわよ、ばぁか。さっさと出たら良いじゃない」


 ふんっと、ちょっと不機嫌に言うと背を向けておみやげの続きを眺めていた。


「もしもし」


『もしもし、世津。今日は晩御飯いらない?』


「あれ。今日は土曜日だからなしだろ?」


『そうだけど、お父さんとお母さんが昔の友達と急に飲みに行くことになったから手が空いたのよ。だから、晩御飯作りに行けるけどどうする?』


「ごめん、未来。せっかくなんだけど今日はパス」


『そっか』


「悪いな。いつも作りに来てくれているのに、こういう時に断っちまって」


『ううん。いきなりだもん、仕方ないよ』


 でも、なんてちょっと気になる様子で尋ねてくる。


『未来お姉ちゃんの料理を断るってことは、お主、秋葉さんとデートじゃな?』


「は? なんで楓花なんだよ」


『そりゃデートでディナーじゃない限り未来お姉ちゃんを断るなんてことにはならないからさ』


「いや、その理論はおかしいだろ」


 そこで、なんと言えば良いか少しばかり考えたが、ここは正直に答えることにする。


「今、日夏八雲と岡山にいるんだよ」


『へ?』


 なんとも未来らしくない声が聞こえたかと思うと


『誰? ひなつ、やくもって』


 すぐに返事ができなかった。


 生徒会長として生徒のほとんどの顔と名前を一致させている未来が、屋上の鍵を貸していた相手のことをわからないなんてことはない。


『ちょっと、ちょっと、その人、女の子じゃないでしょうね? 未来お姉ちゃん、女の子と旅行なんて許しませんよー』


 冗談混じりの未来の声が右から左に流れていく。


 このショックは計り知れない。東京と高槻で聞いて回っていたのは出雲琴のことだ。テレビの中の人間だ。


 淳平の時と同じだが、未来の答えも日夏八雲というのは生身の人間だ。


 それを学校の人間が知らないと言われるのは強烈だ。自分のことではない。でも、俺は最早当事者だ。八雲と同じ立場なんだ。だからこそ、心のダメージが大きかった。


「あ、あはは。まぁ目的地は出雲なんだけどな」


『あっれ、世津くんやい。話を逸らしているよ。私が聞いているのは女の子と旅行しているかどうかということなんだが?』


「帰ったら土産と一緒に全部話すよ」


『むぅ。私も島根行きたかったなー』


「受験が終わればまたどっか行こう。それじゃ、また」


 心のショックが残っており、こちらから少し強引に電話を切った。


 その場で少し放心状態になっちまうが、八雲の姿を見て、ハッとする。


 今、八雲の側にいられるのは俺だけなんだ。俺がしっかりしないでどうする。


 心の中で気合いを入れてから八雲のところへ駆け寄る。


「なんか良い土産はあったか?」


「やっぱりきびだんごね」


 そう言って両手いっぱいにきびだんごを抱えていた。


「それ、全部食うの?」


「世津と半分こよ」


「そりゃ良い。仲良く半分こしよう」


 そう。仲良く。八雲と仲良くできるのは、もう俺しかいないんだから──。

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