第20話 もうすぐ諭吉から渋沢になりますね……。時代の変化を感じます。

「VIP待遇かよ」


 日曜日。約束通り九時になると、日夏から着いたという連絡が入る。


 俺の団地の前に見慣れない黒のクラウンが停まっているではないか。


 あ、うん。タクシーね。


 タクシーの前には、タクシーに合わせたファッションでもしてんのか、全身黒ジャージの日夏が立っていた。


 キャップを被っているんだけど、それも黒だ。全身黒ずくめの日夏は、シュッとしているね。


 そんな彼女は、コンビニで買ったのか、スポーツドリンクを勢いよく飲んでいる。


「ぷはぁ。おはよ、四ツ木くん」


 こちらに気が付いて彼女が新品のスポーツドリンクを投げ渡してくる。


 ここは元野球部ってことで見事にキャッチをしたんだけどさ。


「いや、俺、別に喉乾いてない」


「水分を失うとパフォーマンス効果がダウンしてしまうわよ」


「いや、まだ汗をかいてないが」


「飲む前もウコン。飲んだ後もウコン。それと同じよ」


「どこの飲んだくれのおっちゃんの名言だよ。スポーツと二日酔いを一緒にすんな」


「細かいことは気にしない。さ、乗って」


「いや、タクシーって高いんだろ?」


 恥ずかしながらタクシーに乗ったことなど一度もない。だからタクシーの相場ってのはわからない。高校生で出せる金額なのだろうか。


「私を誰だと思っているの?」


「超有名歌手」


ね」


 なんだか既視感のあるやり取りの後、日夏はドヤっと胸を張る。


「貯金なら引くほどあるから気にしないで乗りなさい」


 そう言ったあとに視線を伏せ、ポツリとこぼす。


「なんだか自分がすごく惨めだわ……」


「自分でダメージを負うなら、そんなこと言うなよ」


「渾身の自虐ネタよ」


「反応に困るんだよ」


「ほらほら。タクシーは距離だけじゃなくて時間にも影響があるんだから。こうやって駄弁っている間にも料金は増えるわよ。乗った、乗った」


「誰のせいだと思ってんだよ」


 こちらのツッコミは空を切った。相手には伝わらない。


 日夏に急かされてタクシーに乗り込む。初めて乗るタクシーの印象は、なんでこんなに白いんだって感じだった。


「試合会場は枚方の淀川河川敷よね?」


「ああ」


「おっけ」


 俺から試合会場を聞くと、日夏は運転手へ目的地を告げる。


 タクシーの運転手が、「淀川ね」とだけ言うとナビも付けずに運転を開始してくれた。


 初めてのタクシー。第一印象の白い車内の次にわいてくる感情が、なんだか高級感があるなぁ、なんて小学生並の感想だった。


「ふふ」


 隣で小さく笑う。笑うというよりは笑われたって表現の方が正しいのかもしれない。


「キョロキョロしてるわよ」


「初タクシーで緊張してんだよ」


「そうね。高校生でタクシーに乗るなんてあまりない経験かもしれないわね」


「おい日夏。あのメーターって料金だよな?」


「そうね」


「おいおい。高校生じゃ簡単に支払われない金額になってんぞ」


「ここは男らしく奢ってくれる?」


「ぎょふぇ?」


 なんとも言えない声が出ちまって、俺は尻ポケットに入れていた財布を取り出す。


「さらば諭吉」


「それはもうすぐ渋沢になるからって意味かしら?」


「ちげーよ! 金バイバイって意味だよ!」


「どうどうどう。落ち着いて、落ち着いて」


「高校生の一万円だぞ! 落ち着いていられるかー!」

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