第55話 神殿
「ぷはっ!」
あの後、何度かコゲコゲの極厚ステーキを食べ、ようやく飢餓衝動が落ちついた。
「申し訳ありません、レオンハルト様……」
「おいしかったですよ、セレスティーヌ様」
しょんぼりした様子のセレスティーヌに声をかけて立ち上がる。ちょっとよろけそうになるけど、踏ん張ってなんとか耐えた。
「あの、レオンハルト様」
「なんでしょうか?」
「わたくしのことはセレスとお呼びください。それと、態度もいつも通りで……」
「えっ!?」
セレスティーヌはルクレール王国の姫だ。王族の名前なんて、貴族の名前よりも特別である。王族の名を略称で呼ぶ者なんて、それこそ家族くらいなものだ。でも、セレスティーヌは許してくれるらしい。
それだけでも驚きなのに、態度もいつも通りでいいと言う。こんなの破格の待遇と言っていい。もう王族の婚約者とかそんなの目じゃないくらいすごいことだ。
まぁ、どっかのバカ主人公はナチュラルに王族を呼び捨てにしていたが……。
「よろしいのですか? さすがに不敬では?」
「それは……」
『まぁよいではないか。二人は夫婦になるのだろう? 実にめでたい!』
そこのトカゲさんはちょっと黙っててくれないですかねぇ……。
「その! えっと……。現状のルクレール王国は崩壊してますし、わたくしの地位もあってないようなものですし、あの、然るべき時がくるまで正体を隠したいといいますか……。その……。調子が狂ってしまいますし……」
「なるほど……」
たしかに、セレスティーヌの正体がバレるのはあまりよくないかもしれないな。
一応、手を打つには打ったのだが、上手く機能するかはわからないし。
一応原作でも、セレスティーヌが正体を明かすのは終盤だったしな。
まだゲームは序盤も序盤。メインストーリーは進んでいないに等しい。だが、オレが、そしてセレスティーヌが抜けた影響がどれほど出るのか未知数だ。
イフリートが消滅した以上、この世界に邪神が復活するのは既定路線だろう。となると、主人公であるユリアンがどれだけの活躍をみせるかだが……。
たしかに、ユリアンは平民ながらすべての属性を使える勇者だ。それは間違いない。だが、オレに決闘で負け続けたことにより、ゲームの時より評判が落ちている気がする。
それがどう影響してくるか……。
それによっては、オレのゲーム知識が通用しなくなることもあるだろう。
だが、それでもオレはセレスティーヌを悲しませたくはなかった。セレスティーヌのために命を捨てられるグレンプニールを生かしたかった。
ある意味、オレのエゴでゲーム知識によるチートを捨て、原作のストーリーを変えてしまった。
不安はある。だが、後悔はしていない。これからは、セレスティーヌとのよりよい未来を目指してがんばるだけだ。
そのためにもまずは……!
ぐ~!
「腹が減ったな……」
「えっ!? もう!?」
「今度はオレが肉を焼くよ。セレスティー……セレスも食べる?」
「……よろしいのですか?」
「うん! よかったら食べてよ。セレスもお腹空いたでしょ?」
「はい……」
オレはふらつきそうになる足でグレンプニールの方に歩いていく。すると、グレンプニールの横には、ドデカいバッファローのような牛が転がっていた。どうやらオレはこれを食べていたらしい。
『ふむ。次はレオンハルトが作るのか? これでがんばるがよい』
そう言って、グレンプニールが牛の肩から肉をブチッと引き千切る。そして、それをオレに手渡してきた。ワイルド過ぎない?
「ああ……」
若干引きながらグレンプニールから肉を受け取る。調理器具が欲しいな。フライパンはどこだろう?
「セレス、フライパンはどこにあるんだ?」
「? ふらいぱんですか? それは何でしょう?」
「んー?」
フライパンをご存じない?
「じゃあ、どうやって肉を焼いてたんだ?」
「グレンプニール様の魔法で焼いてもらっていました」
「んーん?」
どういうこと?
グレンプニールの魔法って、魔法で直火で焼いてたってこと?
ワイルド過ぎない?
「なかなか火加減が難しくて焦げてしまいました……」
「そりゃそうだろうね……」
仮にもグレンプニールはルクレール王国の守護竜だ。ヴァッサー戦では不利属性なこともあって一方的に負けてしまったが、その魔法の力は人間の及ぶところじゃない高みにある。
その火力で肉を焼けば、たしかに焦げるのは道理だろう。
「グレンプニール、そこに転がっている貢物は勝手に使っていいのか?」
『よいぞ。民の気持ちはありがたいが、我にはあまり必要のないものだからな』
「そうか」
フライパンは見つからなかったが、オレはおそらくミスリルでできた長方形のトレイを発見した。無駄に豪華だが、たぶんこれでいけるだろう。
「レオンハルト様、それはトレイですが?」
「まあ見てて。これで上手くいくはずだ」
オレはトレイを軽く拭くと、神殿の床に置いた。
それから魔法を使ってトレイを温めていく。トレイを鉄板の代わりにしようと思ったのだ。
ミスリルのトレイは熱せられると、虹の輝きが強くなった気がした。
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