第51話 初めての気持ち
「嘘……だろ……?」
俺、ユリウスは目の前で展開される出来事に理解が追い付かなかった。
なにを思ったのかヴァッサー様と火竜の戦いに割り込むように走っていったレオンハルトのデブ。
なにをするつもりなのかと見ていたら、突然、レオンハルトから巨大な火柱が横に走った。
夢でも見てるんじゃないかと思うくらいに強力な魔法だ。
しかし、頬をつねっても痛みが返ってくるばかりで目が覚める気配がまるでない。
これが現実?
そんなバカな!? あんな強力な魔法、人間にできるわけがない!
ヴァッサー様もこれには驚いたのか、後ろに下がったのが見えた。
その次の瞬間だった。レオンハルトの姿が加速した。
とても体型からは想像もできない信じられない速度だった。
レオンハルトを迎え撃つようにヴァッサー様の水のドラゴンブレスが放たれる。レオンハルトは、ドラゴンブレスに対抗するように炎の柱を走らせた。
両者がぶつかり合い、その余波で濃い霧がモアモアと発生していた。どこか非現実的な光景だ。
特大の力と力のぶつかり合いを制したのは、信じられないことにレオンハルトだった。じりじりと炎が水のドラゴンブレスを飲み込んでいく。
「なんなんだ! あいつは!?」
「ヴァッサー様になんてことを!?」
「ヴァッサー様負けないで!」
生徒たちの悲痛な叫びが学園に木霊する。
そして、ついにレオンハルトの火炎がドラゴンブレスを押し切った。
土煙の中、ヴァッサー様は炎を回避したようだが、間違いなく魔法の威力はレオンハルトの方が上だった。
こんなことはありえない! 普通、人間が守護竜に勝てるわけがないだろ!
俺は今までレオンハルトは魔法に変な小細工をしているのだと思っていた。
でも、どんな小細工したらあんな強力な魔法になるんだよ!?
レオンハルトがあんな魔法を使えるということは……ッ!
「俺は、今まで手加減されていた……?」
そんなバカな!
だって相手は、人を奴隷にするようなクズで、デブで……。
俺は、正義じゃないのか……?
いったいどうなっているんだ!?
俺は答えを知っていそうな人物を見つけた。
手を組んで祈るように両者の戦いを見つめている銀髪の少女、セリアだ。
「セリア!」
「ユリアン様……」
セリアはチラリと俺を見ると、すぐに戦いへと視線を戻す。その祈る先はどちらなのだろうか? ヴァッサー様なのか、それともレオンハルトの方なのか?
「レオンハルトは何者なんだ!? なぜ、ヴァッサー様と戦ってる!? なぜ、あんなに強いんだ!?」
「……わかりません」
セリアは答えるが、俺にはそれが嘘だという確信があった。男の勘のようなものだ。
セリアは答えたくないのだろう。だけど、そんなこと言ってる場合じゃない!
「セリア!?」
オレがセリアに手を伸ばそうとすると、それを遮るように濃霧の中から炎の柱が立ち上った。それから土煙を突き破るように炎の柱が次々と姿を現す。
ヴァッサー様は水竜。火の魔法は使えないはず。ということは、この炎の柱はレオンハルトの魔法だろう。その一つ一つがすさまじい威力を持っていることが、こんなに離れているというのに炎の熱さを感じることからわかる。
そんな炎の柱が何度も立ち上がり、学園を赤く染めていく。
そして、いつしか炎の柱が姿を消し、沈黙が訪れた。
みんな、息を呑むようにして濃霧の中を見通そうとする。
隣に立つセリアも、その手を一層強く握って祈り始めた。
そして、濃霧から姿を現したのは、人影の乗った赤いドラゴンの姿だった。
まさか、ヴァッサー様が敗れたのか!?
本当に? だって、相手はこの国の守護竜であるヴァッサー様だぞ!?
「ヴァッサー様は? ヴァッサー様はどうなされたのだ!?」
「こっちに来るぞ!?」
「逃げろ!」
人影の乗った赤いドラゴンがこちらに近づき、生徒たちがパニックを起こしたように逃げ惑う。しかし、隣に立ったセリアは逃げる様子をみせない。むしろ、涙を流して喜んでいるように見えた。
「ッ!?」
その美しさに、俺は生まれて初めて恋に落ちた。胸が苦しくなって、鼓動がドクドクとうるさいくらいに鳴る。セリアに聞こえてしまうのではないだろうかと思うくらいだ。
そして、逃げ遅れた俺とセリアの前に赤いドラゴンが立ち止まった。
俺が見上げると、赤いドラゴンの背中には、人影が見えた。
だぼだぼの制服を着た黒髪の少年。男の俺が嫉妬に狂いそうなほどの美少年だった。少し、やつれた様子だが、それさえも少年の儚い美を彩るアクセントのようだ。
「誰だ……?」
「レオンハルト様!」
「えっ!?」
この美少年がデブのレオンハルト!? いったいどんな冗談だよ!
しかし、レオンハルトと呼ばれた美少年は、セリアに応じるように軽く手を上げてみせた。
「お待たせ、待った?」
「いいえ!」
隣でセリアが涙を浮かべながら明るい笑顔を見せた。俺の心はもう張り裂けそうだ。
「セリア、帰ろう」
赤いドラゴンの背中に乗った美少年、レオンハルト(仮)が笑顔を見せてセリアに手を伸ばした。
「はい!」
俺の隣に立っていたセリアは、まっすぐにドラゴンへと駆け出した。
「セリア!」
俺は気が付けばセリアの名を呼んでいた。ここで別れたら、もう会えなくなるような予感がしたからだ。そんなのは嫌だ!
「セリア! 行かないでくれ! こっちに――――」
だが、セリアは俺を一瞥するが、すぐに視線をレオンハルト(仮)に戻した。
それだけでわかってしまった。俺が選ばれなかったということが。
「よし、行こう!」
「はい!」
赤いドラゴンは、セリアとレオンハルト(仮)を乗せて飛び立つ。
俺はそれをただ眺めていることしかできなかった。
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