第20話 縮地

「せあ!」


 オレは前に踏み込んで右のポイズンソードを左から右へと振るう。


 しかし、オレのポイズンソードは軽々とオイゲンに受け止められた。まるで元々予想していたように予定調和のような最小限な動きで。オイゲンの高い実力がわかる一幕だ。


「最初よりよくはなった。しかし、まだまだ足りんな」

「うおっ!?」


 オイゲンに簡単に押し返されてしまった。『フィジカルブースト』を使わなければ、オレはただのデブなガキだ。普通の子どもよりは力が強いかもしれないが、大人と比べればこんなもんだ。


「さあ、もう一度」

「ふぅ……。せや!」


 オレは一度深呼吸すると、もう一度オイゲンに向かって打ち込む。もう何度もやっている動作だ。どうやらオイゲンはオレに相手の懐に潜り込む術を教えようとしているらしい。


 そのための方法が、特殊な歩法だ。体軸を前に倒して倒れながら進むような、歩くや走る、ジャンプとはまったく違う体の動かし方。初めて見た移動方法だ。オイゲンは縮地と呼んでいた。


 オイゲンと最初にやった戦闘。その時オイゲンが見せたものだろう。あれは驚異的だった。『フィジカルブースト』を使っていたからなんとか目で追えたが、『フィジカルブースト』がなければ普通に見失っていただろう。


 是が非でも会得したい技術だ。


 オイゲンに剣を習うようになって、オレはゲームに登場したスキル以外にもいろいろな技術があるのを知った。


 スキルというのは、いうなれば必殺技のようなものだ。しかし、戦闘はゲームのように必殺技の応酬だけじゃない。必殺技につなげるための位置取り。その位置を取るための歩法。相手に狙いを覚らせないための虚。相手の体勢を崩すためのフェイントなど、知れば知るほど奥が深い。


 今となっては、なぜオイゲンとの戦闘で勝てたのか不思議なくらいだ。


 本当にただの力業だったんだなぁ……。


「もっと姿勢を低く。地を舐めるような気持ちで」

「ああ」


 まだダメか……。


 なかなか難しいな。



 ◇



「ふむ……」


 オイゲンには散々ダメだしされた縮地だが、ダンジョンのモンスターに試したところ、モンスターの虚を付けているような気がした。


 これまでよりずっと楽にモンスターに近づけるし、先手を取れる。この先手を取れるというのがかなり大きい。


 まだ未完成でも縮地は強力な技のようだな。


「すごいですね、レオン様。まるで地面を滑っているかのようです」

「ありがとう、セリア。でも、これでもまだ練習中なんだ。なかなか合格が出なくてね」

「そうなんですね。私には武術のことはわかりませんが、影ながら応援させていただきます」


 そう言って両手をグッと握ってみせるセリアのかわいいことかわいいこと。


 スクショ? ムービー? もう魂に刻み込むわ。


「それにしても、さすがは第三階層ですね。ブレイズショットだけでは倒せないモンスターも増えてきてしまいました……」


 セリアが眉を下げて困ったような表情をみせる。ドキドキするね?


「ファイアボールやファイアアローを使って火力を上げるという手もあるけど、そうすると魔力の消費がね……」

「はい……」

「魔力はいざという時のために残しておこうか」

「ですが、それではレオン様の援護が……」

「援護が必要な時はそう言うよ。その時はお願いね」

「はい……」


 このあたりはゲームでも同じ悩みがあったな。魔法は確かに強力だけど、MP消費が激しくてここぞという時しか使えない。ボス戦のために魔法使いのMPを温存しがちだ。


 まぁ、ゲームも後半になればMPポーションをがぶ飲みするんだけどね。


「ふむ……」


 たしか、MPポーションは店売りしてたよな?


 なら、MPポーションを買えばいいのか。ゲームでは装備を整えるために節約していたけど、今のオレは嫡子から外されはしたが侯爵家の人間だ。金なら唸るほどある。


 この際だ。店売りでいいから装備を整えるのもありだな。


「今日は第三階層だけ攻略して、買い物に行こうか」

「買い物、ですか?」

「ああ、MPポーションや装備を整えよう」


 その後、オレたちは第三階層をクリアすると、杖のモニュメントでダンジョンの入り口にワープし、ダンジョンを後にした。


 そうしてやってきたのが、バーデンの街の南側の商業エリアだ。ここでMPポーションと装備を整えよう。


 だが……。


「ふむ……」


 だが、商業エリアにはオレの求めるものはあまり売っていなかった。たしかに装備を売ってる店もあるし、薬を売ってる店もあった。でも、どこか高級店といった感じだ。冒険者の店じゃない。


 ここバーデンは冒険者の街だろ?


 冒険者はどこで買い物してるんだ?


「あいつに訊いてみるか」


 オレはたまたま通りを歩いていたモヒカン肩パットの青年に声をかけることにした。


「冒険者か? 少し質問があるんだが、いいか?」

「あん? なんだよ?」

「MPポーションと冒険者用の装備が欲しいんだが、どこに行けば買える?」

「あー、ここじゃ無理だな。冒険者はみんな西区で買ってるぜ? ここは見栄えばっかいいのとか、ダンジョン産の高級品とか、そういうのを売ってんだよ。なんだお前ら? 初心者か?」

「まあそんなところだ。情報感謝する」

「いいってことよ。お互い死なない程度に稼ごうぜ」


 人って見かけによらないなぁ。

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