第8話 誕生日と深夜の秘密

 食事も終わって食後の紅茶が出される。あぁ、なんて贅沢なんだろう。いつか生贄になるかもしれないと怯えながら食事をしていた頃が嘘のようだ。こうしてゆったりと心置きなく紅茶の味を楽しめるなんて幸せすぎる。


「セシル様、こちらをどうぞ」


 ジェシカがケーキを運んできた。え、ケーキ?しかもホールで美味しそう!!


「今日、お誕生日だって教会で聞いたからお祝いしようと思って」


 ランス様が微笑みながら言う。朝の出来事を覚えててくれたんだ。どうしよう、めちゃめちゃ嬉しい!


 フルーツがふんだんに入った生クリームのケーキだ。あぁ、とっても美味しそう。


「セシル様はおいくつになられたんですか?」


「20歳です」


「まぁ、ランス様より5歳もお若いのですね。でもちょうどいいかもしれません。ランス様は年齢の割にちょっと幼いところもありますし」


「ジェシカ、その辺にしておきなさい。ランス様がむつけてしまいますよ」


 ジョルジュがジェシカをたしなめる。ランス様はというとちょっと不服そう。思わずクスクスと笑ってしまった。


「全く、余計なことを。……?セシル?」


 気づくと、笑いながら私は何故か泣いていた。なんでだろう、嬉しいのに涙が出る。


「す、すみません。突然のことに驚いてしまって……。今朝までは生贄になって死ぬものだとばかり思っていたのに、こんなに優遇してもらってお祝いまでしていただいて」


ポロポロと涙が止まらない。今日私は死ぬものだとばかり思っていたから、生きてこうして幸せな気持ちを味わっていられることが奇跡のようだ。感情が追いつかない。


 ランス様とジェシカ、ジョルジュは顔を見合わせて困った顔をしているように見える。どうしよう、困らせたい訳じゃないのに。


「ご、ごめんなさい、せっかくお祝いしていただいたのに。もう大丈夫です、本当にありがとうございます」


 涙を拭いて、笑顔を作る。変な顔になってないかな、ちゃんと笑顔作れてるかな。


「ささ、ケーキを取り分けますね。セシル様はどこの部分を食べたいですか?」


 ジェシカが笑顔で聞いてくれる。こんなに良くしてもらって、本当に私は幸せ者だわ。たとえそれが私自身ではなく聖女としての私に向けたものだとしても、それでも私は嬉しい。


 その後は、みんなでケーキを食べながら楽しく談笑した。





 夜中にふと、目が覚める。


「やっぱり、夢じゃないんだ……」


 まだ夢なんじゃないかと思ってしまうけれど、やっぱり夢じゃない。ふかふかのベット、綺麗な部屋、素敵な騎士様、優しい執事とメイド。そして美しく気高い白龍様。


 ベッドからゆっくりと降りる。少し喉が渇いた気がする。何か飲み物をとりに行ってこよう。


 そう思って私は屋敷内を歩き、今、道に迷っています。


 ここ、どこだろう?飲み物を取ることはおろか、部屋への戻り方もわからなくなってしまった。そんなに広くないお屋敷というけれど、私にとってはじゅうぶん広くて迷路みたい。


 この際、せっかくだからお屋敷を探検してしまおう!そしたら自分の部屋にも戻れるかもしれないし。


 廊下を静かに歩く。窓からは月明かりが差し込んで廊下を照らしている。綺麗だな。外を眺めると、お庭が見えて花が咲いている。花も月明かりに照らされて妖艶な美しさだ。


 ふと、どこからか物音がする。なんだろう、うめき声みたいな?えっ、なんで?幽霊とかじゃないよね?


 キョロキョロと辺りを見回すけれど幽霊みたいなものはどこにもいない。いや、いたら困るのだけれど。


 うめき声のする方に歩いていくと、とある部屋の前にたどり着いた。


「ここから聞こえる」


 ここって、ドアの感じからして確かランス様の部屋じゃなかったっけ?屋敷内を一通り紹介してもらった時に見覚えのあるドア。


 部屋の中からは時折苦しそうなうめき声が聞こえる。ランス様、どうしたんだろう?大丈夫かな?


 コンコン。


「ランス様?大丈夫ですか?」


 ノックして声をかけてみるけれど、うめき声が聞こえるだけ。どうしよう、気になるけど勝手に入ってもいいのかしら。でも、どう考えても苦しそうだからやばいと思うんだけど。


「失礼します!」


 意を決してえいやっ!とドアを開けると、そこには床にうずくまっているランス様がいた。


「ランス様!」


 驚いて駆け寄ると、ランス様は苦しそうに胸を押さえていた。


「セシル……?どうしてここに」


「すみません、水を取りに行こうとしたら屋敷内で迷ってしまって、うめき声が聞こえたので来てみたんです。そんなことよりも、大丈夫ですか?どうしたんです?」


 ランス様を起こしてゆっくりとベッドに座らせる。


「白龍使いの……騎士が患う病だよ……。時折苦しくなるんだ……。少し経てば治るから大丈夫……」


 そう言うランス様のお顔は真っ青だ。


「全然大丈夫ではないじゃないですか!白龍使いの騎士の病ってそんな……」


 白龍に関係するものであれば、きっと一般的な医療法では治らないのだろう。でも、だったらどうしよう、どうしたらいいんだろう。


「セシル、お願いが……あるんだ」


 ランス様が苦しそうに言う。


「何ですか?何でもおっしゃってください!」


 事は一刻を争う。私にできることがあるなら何だってしますとも!


「手を、手を握っていてほしい」


 ?手を握る?


「聖女の、力を……分けてほしいんだ。手を握っていてくれると……多分、苦しさが和らぐはず……だから」


 聖女の力をわける。騎士団長が言っていたことだ。手を繋ぐだけで力を分けることができるならいくらでもやりますとも。


「わかりました、手を握りますね」


 ランス様の手を取ってゆっくりと握ると、ランス様がしっかり握り返してくる。指輪の青い石がほのかに光出す。身体中から力がゆっくりと溢れるのがわかる。これが、聖女の虹の力。


 どのくらいそうしていただろうか。ランス様の息遣いがゆっくりになってきた。


「……。ありがとう、だいぶ落ち着いてきた」


 ふうっと息をゆっくり吐いてランス様は微笑んだ。


「よかった!一時はどうなることかと思いましたよ」


「驚かせてしまってごめん。今日は疲れているだろうから説明は明日色々とするつもりだったんだけど……結局迷惑をかけてしまったね」


 悲しそうに言うランス様。そんな顔しないでほしいけれど、悲しげな顔も美しいと思ってしまう私をどうかお許しください。


「いいんですよ。私はそのためにここに来たんですから!私の力がお役に立つならいくらでも言ってくださいね」


 そう言って微笑むと、ランス様も一緒に微笑んでくれた。よかった、悲しげな顔も似合うけど、やっぱり笑顔が一番。


「苦しさが和らいたら、急に眠くなってきた……ごめん、早く部屋に返してあげないと……」


 そう言いながら、ランス様はフラッとベッドに倒れ込んだ。その拍子に、手が繋がれたままの私も一緒にベッドに倒れ込む。


「え、え〜……」


  そのままランス様は静かに寝息を立てている。手は解こうにもしっかりと握られていて解こうにも解けない。かといって、穏やかな寝顔のランス様を起こす気にも慣れないし、どうしたものか。


「ん……」


 ランス様が動いて私の体を抱きしめる…いやいやいや、私、抱き枕じゃないですよ!寝惚けないでください〜!


 どうしよう…どうしようもないのだけれど、ランス様と密着してるし、美しいお顔がすぐ目の前にあるし、あぁもう!私、寝れる気がしない…。




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