第15話:二度目の襲撃

 四人は腹がはちきれるくらい香肉を食べたかった。

 食べたかったが、今から危険極まりない大魔境での夜営だ。

 理性を総動員して腹八分目で我慢した。


 二度目の夜営では、前回の反省があって見張りの順番を変えた。

 最初の当番はライアンが務め、次いでカイン、アベル、エマとした。


 陽が暮れてからヴァンパイアが襲ってくるとしたら、前回と同じくらいの時間になるので、できるだけエマを休ませる事にしたのだ。


「「「「「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン、ウォン」」」」」


 予想していた通りの時間にレッサー・ヴァンパイアが襲って来た。

 前回と同じように弱い眷属を率いて襲って来た。

 前回と違うのは、ゾンビだけでなくスケルトンまでいた事だ。


「エマ、起きろ、飛んで火にいる夏の虫だ」


「誰が夏の虫だ、俺様はあの愚か者とは違うのだ!」


 悪神ロキから始祖吸血鬼、プロウジェニタ・ヴァンパイアに与えられた情報は、どこでどう捻じ曲げられたのか、正確に伝わっていなかった。


 同じレッサー・ヴァンパイアが浄化された事は伝わっていたが、エマの強さは全く伝えられていなかった。


 正しく伝えられた情報の一つが、エマたちがヴァンパイア除けの香を使っていた事で、その対策にロキの眷属で一番弱いスケルトンを引き連れていた。


 ゾンビは腐っているとはいえ身体があるから、その身体を使って周囲の状況を把握して敵対する者を襲うので、ヴァンパイアを近寄らせない香が利く。

 

 スケルトンは血肉がなく、霊体が骨を操っているのだが、周囲の状況を把握しているのも霊体なので、嗅覚を使ってヴァンパイアを近寄らせない香の効果がない。


 相手がゾンビであろうスケルトンであろうと、今のエマはレッサー・ヴァンパイアすら一撃で聖浄化するだけの実力がある。


 ライアンもカインもアベルも、スケルトンやゾンビを殺すことなく、時間稼ぎで斬るだけの実力がある。


「ホーリー・ピュアリフィケイション」

 

 エマは油断しきっているレッサー・ヴァンパイアを聖浄化した。

 四人を舐め切っていた愚かなレッサー・ヴァンパイアは、断末魔すら上げられずにチリとなって消滅した。


 後はエマの独壇場だった。

 アイリスの呪いを解く事を最優先している四人は、エマ自身のレベルと聖浄化術のレベル、両方を上げられる悪神ロキの眷属殺しをエマに任せている。


 簡単に斃せるゾンビやスケルトンが相手でも、時間稼ぎに徹して一体も斃さず、ゾンビ九十一体スケルトン百七体をエマ独りで聖浄化した。

 最後には、二十体のスケルトンを一度に聖浄化できるようになっていた。


 四人はあっという間に襲撃者たちを全滅させた。

 特にしなければいけない事もないので、予定通り見張りを置いて眠った。


「おはようございます、ライアン、もう料理を始めているの?」


 自分が見張る順番が来たので、アベルに起こされたエマがやってきた。


「ああ、今日はこれまで行った事のない行程だから、最上の状態で挑みたい。

 腹が減っていては力が入らないからな」


 短時間の眠りで体力が回復したライアンが、空腹に耐えかねて夜明け前から料理を始めていた。


「私も昨日はたくさん力を使ったから、お腹が空いて仕方がないの」


「今焼いているのはしんたまとヘレ肉だから、ロース肉や内もも肉よりは劣るけど、先に食べるか?」


 ライアンには脂分の少ないしんたまとヘレ肉は少々ものたらない。

 だから、昨日は脂の多い肉を焼いて食べ、鉄兜鍋に多くの脂を貯めておいた。

 今日は脂焼きするようにしんたまとヘレ肉を焼いていた。


「悪いけれどそうさせてくれる?

 今の状態で敵に襲われたら、とても戦えそうにないの」


「温めたスープもあるが、飲むか?」


「ありがとう、飲ませてもらうわ。

 その代わり昨日作っておいた私のスープを温めてから渡すわ」


 自分が焼いた肉をエマに譲ったライアンは、そのまま鉄兜に骨付きバラ肉を入れて焼きだしたから、更に美味しい香が周囲に広がった。


 ライアンは自分の鉄兜鍋で骨付きバラ肉を焼きながら、エマの鉄兜鍋でもランプ肉を焼き始めた。


 男たちに比べれば小食なエマは、ランプ肉を食べていなかったのだ。

 しんたまとヘレ肉を食べ終えたエマが、時間を置かずにランプ肉のステーキを食べられるように焼いているのだ。


「うがあ、俺の分も焼いてくれ」

「俺も、俺も焼いて欲しい」


 美味しそうな香肉の香りに魅かれてカインとアベルも起きてきた。

 見張りが終わって夜明けまでもう一度眠る気だったアベルも、あまりにも美味しそうな香りが漂ってくるので、眠る事ができなかった。


 カインも同じで、美味しそうな香りに起こされてしまったのだが、まだ完全に目覚めていないので、自分で肉を焼いて食べる気になれない。


「しかたがないな、猟犬見習たちの世話を先にするなら焼いてやる。

 だが、焼き加減までは好みにできないぞ」


「やる、猟犬のお世話は俺たちの役目だからちゃんとやる」

「焼き加減まで文句は言わない、ありがとう」


 ライアンは一度怒ると手が付けられない乱暴者になるが、自分の食べる分をとられない限り怒る事がないので、同年生まれや子供会の年少者から慕われている。

 手早くカインとアベルの鉄兜鍋でも肉を焼き始める。


 一方のカインとアベルは、猟犬見習たち六頭の朝ご飯を用意してやった。

 解体で肉を外した巨大な大腿骨と上腕骨が丸々残っている。

 

 ファイター・フォレスト・ウルフなので、人間のように大腿骨や上腕骨とは呼ばないが、太くて食べ応えのある部位なのには違いない。


「「「「「がう、がう、がう、がう、がう」」」」」


 ライアンが上手に肉を外したので表面上は骨だけに見えるが、骨の中心部には猟犬見習たちが大好きな骨髄がたっぷり入っている。


 大好物をもらった猟犬見習たちは、昨日と同じように貪り食う。

 余りにも集中して食べるので、周囲の警戒が心配になるくらいだった。

 その所為でカインとアベルの眠気は一気に解消された。


「すまん、猟犬見習たちの集中力が切れてしまった」

「俺たちで警戒するから先に食っていてくれ」


「大丈夫ですよ、昨日またたくさんレベルが上がったから、周囲の状況が手に取るように分かります、安心して食べてください」


「俺もファイター・フォレスト・ウルフを斃して一気にレベルが上がった。

 五感に限定した身体強化ができるようになったから、周囲の状況が良く分かる。

 カインとアベルも安心して食べると良い」

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