第2話:カインとアベル

 親子の会話に割って入ったのは双子の兄弟だった。 

 エマを説得しようとするガブリエルの機先を制してもいた。


 この双子には、周りをよく観察して最善の方法を選べる機転があった。

 ただし、好奇心の高さと突飛な発想が出なければの話だ。

 この双子は、子供会の仲間たちを巻き込んで何度も大騒動を起こしていた。


「何を言っている、死にたいのか?!」


 アイリスを村長の館に運び込んだ猟師たちの一人が驚きの声を上げた。

 期待の息子が、それも二人そろって、自殺同然の神々の試練を受けると言うのだ。

 実の父親、ヴィクトーが驚き慌てるのも当然だった。


「誰が死ぬの?」

「生き残れるに決まっている」


 この双子独特の会話で返事をされた父親のヴィクトーは、意味が分からなかった。

 この兄弟には、双子の間で分かっている事を省略して話す癖があるのだ。

 また、先に兄のカインが話してからアベルが話す癖もあった。


「「神々の試練を達成できる絶好の機会だから受けるんだよ」」


 父親が理解できていないと分かったカインとアベルは同時に理由を説明した。

 大切な事は、カインとアベルが同時に話すのも兄弟の癖だった。


「神々の試練を達成できるだと?!」


 カインとアベルの父親、ヴィクトーが大声を上げるのも当然だった。

 現状のどこをどう考えれば神々の試練を達成できるのか全く分からない。

 呪いを受けたアイリスが寝込んでいる神殿の中だと言う事も忘れていた。


「今回の試練は独りで受けるんじゃないんだよ、親父」

「そうそう、エマとライアンに加えて俺たちも一緒に受けるんだ」


「しかも無条件に神々の試練を受ける訳じゃない」

「アイリス様を助けるために試練を受けると条件を付けている」


「そんな条件を神々が認めて下さるわけがない!」


「認めて下さらなければ受けなきゃいいんだよ」

「そうそう、アイリス様を助けるために試練を受けるんだから、当然だよ」


 子供たちに言い切られたヴィクトーは何も言えなくなった。

 カインとアベルの言う通り、大切な目的があって危険な試練を受けるのだ。

 神々がこちらの目的を無視するなら受ける意味などない。


「そのようなこちらの条件を、神々が認めて下さるのか?」


 ヴィクトーは思わずまだ12歳の子供にたずねてしまった。

 穏やかで理性的、何か問題が起きても暴力では解決させないヴィクトー。

 公平と話し合いを大切にしているヴィクトーらしい言葉だった。


「多分認めて下さるよ」

「エマはエイル神の加護持ちで、ライアンはテュール神の加護持ちだよ」


 ヴィクトーは自分の子供に気付かされた。

 神々は滅多に加護を与えない、与えると言う事は気に入っているという事だ。

 いくら試練だとは言っても、お気に入りを無駄死にさせたりはしない、はずだ。


「そうか、カインとアベルの言う事も一理ある。

 だが、神々の試練は一柱の神が決める事ではない。

 どの神が試練を与えるか分からないのだぞ」


「それは、どうでも良い人間が試練を受けるからだよ」

「そうそう、お気に入りが受けに来たら他の神を押しのけるんじゃない?」


「絶対の自信があって言っているんじゃないのだな?」


「俺は人間だもん」

「俺も神様じゃないから」


「だったら、アイリス様に呪いをかけた悪神ロキが試練を与えに出てくる事もありえる、そうだな?」


「有り得るけど、親父なら見捨てるの?」

「お気に入りが虐められると分かっていて、見て見ぬ振りするの?」


「そんな事は絶対にしない、相手が誰であろうと助ける。

 村長や貴族が相手でも、できるだけ助ける」


「だったらエイル神がエマを助けようとするんじゃない?」

「テュール神がライアンを助けようとするんじゃない?」


「……絶対ではないが、カインとアベルの言う事は一理ある。

 だが、加護のないカインとアベルを助けて下さる神はいないぞ?」


「だかエマとライアンと一緒に試練を受けるんじゃないか」

「一緒ならエイル神とテュール神の二柱の慈悲が受けられる」


 ヴィクトーは心から自分の息子たちに驚いていた。

 日頃から目端の利く賢い子供たちだとは思っていた。

 だが、ここまで賢いとは思ってもいなかった。


 12歳までの子供は余程の事がない限り子供会の中で育つ。

 良きつけ悪しきにつけ、何をやっても子供会内ですんでしまう。

 双子の賢さも騒動を起こす性格も、全部子供会の中で終わっていた。


「村長、マクシム、愚息たちはこう言っているが、どう思う?」


 村の幹部ではあるが、大切な事を決めるのは村長だ。

 ヴィクトーは自警団と猟師たちの副団長でしかなく、団長はマクシムだ。

 決定権が自分にない事を知っているし、何より話し合いを大切にしていた。


「子供に教えられるとは思ってもいなかった、確かに可能性はある。

 可能性はあるが、絶対ではない、できればやらせたくない」


 愛する妻が不治の呪いを受けた事と、可愛い娘が自殺と変わらない神々の試練を受けると言った事で、村長のガブリエルは気が動転していた。


 普段なら状況判断できたはずの事が分からなくなっていた。

 カインとアベルの説明で希望があると分かったが、絶対でない事も分かった。

 全ては気紛れで残虐な神々の気持ち次第だと分かったのだ、安心などできない。


「俺も反対だが、男が一度口にした事を止めるのは恥でもある。

 とはいえライアンはまだ子供だ、そこまで厳しくする必要もない」


「私はやります、誰が何と言ってもやります!

 カインとアベルがチャンスだと言っていましたが、関係ありません。

 母上様を助けるために命を賭けるのは子供として当然のことです!」


「俺もやる、父さん、恥ずかしい事を言わないでくれ!

 アイリス様は父さんたちの命の恩人なのだろう?

 命の恩は命でしか返せないと言ったのは父さんだろう?!

 助ける方法があるのに、命惜しさに逃げるのは恥だ、違うか?!」


 息子の言葉にマクシムはぐうの音もでなかった。

 恥ずかし過ぎて息子の強い視線から目をそらしてしまうくらい、自分の恥知らずな言葉を情けなく思った。

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