唯のいない夜 - Ⅱ


 本日の献立は海鮮クリームシチュー。鮭・海老・帆立・はまぐりを先に軽く炒めて、一旦取り出しておく。同じ鍋でバターを溶かして玉ねぎを投入。しんなりしてきたら、じゃがいも・ブロッコリーを入れて、水を注ぐ。

 これが一煮立ちしたら、海鮮類を鍋に戻し、ルーや牛乳を溶かし入れれば完成だ。


 ということで、煮え切るまで二十分ほど空き時間ができた。今のうちに食器でも洗っておこうかと思案していると、リビングでゲーム中の甘奈と目が合った。



「やひろー、今お鍋待ち? やひろも一緒にやろ!」


 とコントローラーを持った手を振っている。



「ん、あー、どうしようかな……」


「洗い物なら、後でわたしがやるから!」



 一瞬シンクを見下ろしたのを見抜かれたのか、甘奈はそう続ける。

 甘奈の横から美遊もこちらを覗いている。頷いたり言葉にしたりはしていないが、その目がどこか期待に満ちているように見える。



「じゃあ折角だし混ざろうかな」


「やった!」



 二、三レースはする時間があるはずだ。

 やひろは甘奈からもう一つコントローラーを受け取って、ソファの甘奈の隣に座る。

 軽く肩が触れて、甘奈の体温の暖かさが伝わってきて、一瞬ドキリとする。



「よ~し。やひろも参戦したし、次こそ勝つからね、美遊」


「……返り討ちにしてあげます」


 が、甘奈に気にした素振りは見えない。やひろも、一瞬動いた心臓を落ち着かせる。

 ……そういえばこのソファ、三人掛けだったな。コントローラーも三つしかない。甘奈が来てうちも四人になったんだから、コントローラーは追加で買うとして、ソファは、うーん、どうしようかな……。



「……やひろさん、キャラ選んでください」


「ああ、ごめんごめん」



 やひろのキャラクター選択で止まっていた画面が切り替わりレースコースが現れた。

 すぐにレースレフェリー役のキャラが出てきて、カウントダウンを始める。


 3……、2……、1……、Go! 



「あー! また、スタートダッシュできなかった!」



 甘奈が隣で叫び声を上げる。

 スタートダッシュは基本的なテクニックではあるが、タイミングを掴むまで苦労する。今日始めたばかりではできないのも無理はない。


 ……でも、すぐ隣で大声出すのはやめろ? 耳痛くなるから。



「……よっ。……ほっ」



 無意識なのか、操作する度に美遊が小さく声を上げている。普段ガードが堅い分、時々出てくるこういう無防備な瞬間が美遊はとても可愛らしい。

 美遊の操作画面に目をやると、ドリフトでのシビアなコース取りから華麗にショートカットを決めている。

 ……結構やり込んでるんだよな、この子。保護者の立場からすると、ちょっと素直に賞賛しにくい。


 とそんな思考を遮るように、頬に何か柔らかいものが触れた。



「にゃ! ぐぬぅっ……! あ、待って待って、避けてー!」



 横を見ると、甘奈が体ごとハンドルを倒している。さっきは後頭部のお団子髪でも当たったらしい。

 急カーブが来る度にゆらゆらと体が左右に揺れる。時折肩に触れそうなほどに頭が近づいて、どこかで嗅いだことのあるような匂いがやひろの鼻をくすぐる。



「……そういえば、昔もあったな」


「え!? なに!?」



 ゲーム画面に集中しているからか、大きな声で返す甘奈。



「いや、昔もこうやって甘奈とゲームしたなぁって」


「あ、あったあった! あの時と比べると、むんっ、画面とか色々進化したよね。やっ、キャラクターとかコースとか、こんなに綺麗じゃっ! なかったもん!」



 話している途中途中で悲鳴が混じっている。自然とやひろの頬が緩んだ。



「甘奈は変わらないよな、ハンドルと一緒に体が動くの」


「え、嘘っ! 動いてた!?」


「動いてたし、動いている。や、でも昔よりは酷くないかな。前はコントローラーごと顔面パンチされたり、勢い余って俺の膝まで倒れてきたりしたし」


「あー、お膝は覚えてる! その後やひろに『邪魔だよ!』って押し出されたよね」


「あー、そうだったな……」



 確かに記憶がある。でも当時の俺、よくそんなことできたな……。今膝に倒れてこられたりしたら、絶対そんな反応できない。まぁ、流石にないだろうけど。


 ……ないよな?



「ああー、また落ちた!」



 何度目かのコースアウトで、また甘奈の悲鳴が上がる。

 このコースはガードレールのない道が多く落下しやすい。今日始めたばかりで操作のおぼつかない甘奈にはかなり酷そうだ。一位の美遊と大きな差が開き始めている。


 しかし、このゲームはどちらかというとカジュアル路線だ。コース上にあるランダムアイテムの効果が強く、初心者でも逆転しやすいようになっている。まだ甘奈にも勝ちの目はある。



「お?」


 と言っていたら、早速甘奈がアイテムボックスを手にした。



「あ、なんか強そうなの来た!」



 ボックスの中から現れたのは大当たり、自動で猛ダッシュする最強アイテム。甘奈の操作するカートがロケットのようにコースを疾走する。



「おー、速い速いっ」


「これなら、美遊のところまで行けそうだな」


「……確かに。その位置からだと追いつかれますね」


「え、行ける? 行ける?」



 数秒後、美遊の言葉通りに甘奈のカートは美遊をわずかに抜いて、ロケットダッシュを終えた。ゴールは後、半周もない。甘奈のカートは優雅にジャンプ台を飛び出す。



「やったやった! 抜いたー!」


「わー、すごいですねー。じゃあ撃ち落としますね」


「えっ!?」



 空中に飛び出した甘奈のカートに向けて、美遊が溜め込んでいたアイテムを放出する。



「あ、ダメ、攻撃しないで! ダメダメ……! あー、落とされた! ズル、ズルだよ! 空中にいるのに攻撃するなんて!!」


「テクですよ、テク」



 美遊の声に隠しきれない笑みが紛れている。……甘奈がロケットダッシュし出した時からアイテム集めだして、撃ち落とすの狙ってたからな……。こうも狙い通りに策が決まるのは、さぞ気持ちいいだろう。


 美遊のカートが誇らしげにゴールテープを切った。



「うぅ、また負けた……! 美遊が強すぎる……!」


「まあ甘奈さんも、だんだん上手くなっている感じしますよ。それにほら、記念すべき初勝利じゃないですか?」


「え?」


「あ」



 続けて甘奈のカートもゴールをくぐった。――やひろのカートを残して。


 パンッ、と美遊の時より少し控えめなファンファーレが鳴り響く。


 ……二人の画面ばっかり見てて、全然自分の順位気にしてなかった……。



「あ、やったー! やひろには勝てた! やったよ、美遊! いえーい!」


「いぇ、いぇーい……」



 美遊が狼狽うろたえながら、甘奈のハイタッチに応えている。

 それを横で聞きながら、一人カートをゴールまで運び終えるやひろ。



「ふふん、どやぁ! これがわたしの実力だよ、やひろ!」


「え、ほとんどアイテム運だと思いますけど」


「いや、いやいや美遊。確かに今のは甘奈の実力だよ、うん」



 そう言ってやひろは立ち上がる。黙ってキッチンに戻って、仕掛けたタイマーを確認した。うん、まだ時間はある。



「さすがは甘奈、正直侮っていたよ。『初心者相手だし、ガチるのもなぁ』。そういう気の緩みがあった、うん」



 きびすを返しリビングに戻りながら、甘奈を賞賛するやひろ。ゆったりと拍手までしている。



「ふぅうん? そうかな~? さっきもやひろの戦意をびしばし感じてたけど~?」



 にまにまと甘奈は笑う。可愛らしい笑顔だ。可愛くて憎たらしい。



「……甘奈さん、そこで煽れるほど、むぐ――!?」



 そっとやひろは、美遊の口を抑える。



「そうだな、うん。そういうことで良い。負けたのにうだうだ言っているのは見苦しいからな。だから――」



 そうしてソファに座り込んで、



「次は叩きのめす」



 キッと睨みつけるやひろに、甘奈はにんまりと笑みを返した。


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