猫の街

LbFennel

序 章-断ち切られた絆

 その日、本土には前代未聞の台風が上陸していました。

 激しく撃ち付ける豪雨。

 全てのものを吹き飛ばしてしまいそうな暴風。



 朝、家を出るときはまだそれ程、強くはありませんでした。

 いつもより強い風が吹き荒れている程度だったのです。

 台風が上陸するのは夕方からということだったので、会社の帰りにあの子を拾って、台風が過ぎ去るまで、こっそりマンションの部屋に匿うつもりでいました。

 なのに、会社の窓を撃ち付ける雨は、昼前から既にバシバシと大きな音を立て、吹き荒れる風はガタガタと激しく揺らします。

 大きな橋げたの袂にあるあの子の家は、ベニヤ板で作った簡単なもの。

 橋の下ということもあって、普段なら雨風を凌げますが、こんな日はとても無事ではいられないでしょう。


 「あけみ、どうしたの?今日はずっと窓の外見てるじゃない。」


 前の席に座る同僚が声を掛けてきました。


 「…あぁ、麻紀。…うん、何でもないわ。」


 あけみは、言葉を濁して答えません。


 「まぁ、仕方ないよね。こんな天気じゃ、落ち着かないもんね。」


 あけみの耳には、既に麻紀の声は届いていませんでした。

 あけみが腕時計を見ると、時刻は16時30分を少し回ったところです。

 終業時間は17時だから、あと30分近くあります。

 心がそわそわして落ち着きません。

 嫌な予感がします。


 「あけみ、本当にどうしたの?大丈夫?」

 「きゃぁっ!!」


 突然、同僚の顔が目の前に現れて、あけみは驚いて椅子から転げ落ちそうになりました。

 あけみの小さな悲鳴に、同じ部署内の人たちが振り返ります。

 あけみと麻紀は、顔を赤くして縮こまります。

 社員同士がフレンドリーなこの会社で、この二人の行動を見咎める人はいませんでした。

 逆に何があったのかと、心配する人が出るほどです。


 「何があったか知らないけど、心配事なら相談にのるよ?」


 周囲を落ち着かせた後、麻紀はあけみの隣に椅子を持ってきて座りました。

 その間にも、あけみは窓の外に視線を投げて、とても心配そうな顔を見せています。


 「あけみ…。」


 完全に心ここにあらずのあけみに、麻紀が途方に暮れていると、突然、あけみが立ち上がりました。


 「あ、あのっ、すみませんっ!私、失礼しますっ!!」


 そう叫ぶと、同僚が引き止めようとするのも聞かずに、飛び出していきました。

 時刻は16時41分。外は相変わらずの暴風雨。

 荷物一つ持たずに飛び出したあけみの姿が窓の外に見えて、麻紀は後を追うことにしました。

 あけみと自分の分の傘を持って―。





 あけみは、凶悪な牙を剥いて荒れ狂う台風の中を、ずぶ濡れになるのも構わず走り続けました。

 途中、何度も足をとられ転びなりながらも、懸命に走り続けます。

 やがてあけみの視界に、橋が見えてきました。

 あと少し。あと少しであの子の元へ辿り着ける。

 その思いが、あけみの足を前後に動かし続けます。





 ようやく辿り着いた川は……。









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