ルートに入りました

 ルーカスの予言通り、ポールはエリスに失恋し、男三人はナンパ対決をした。

 ナンパの結果はポールが0で終わったが、勝負自体は彼が勝った。

 三人組は“最下位が店で驕る”という取り決めをしていた。店ではアンドレが自主的に払ったのだから、“ポールが敗者”という結論をひっくり返したことになる。

 若干屁理屈な気もしないではないが、作中のイベントとして流れが確定していた現象が、ミシェル達の介入により一部変更されたと言える。

 これにより、何もしなければ小説の通りにことが進むが、行動を起こせば結果は変えられるとわかった。


「ならどうしてセドリック先輩は、小説と同じように亡くなったんでしょうか。犯人であるルーカス様が殺害を諦めたのに……」


 寮に帰り、ルーカスに一部始終を報告したミシェルは首をかしげた。


「結果が同じでも、経緯が違うんだろう。おそらくセドリックの死因はコーヒーに混ぜられたニコチンじゃない。飲んですぐに悪心、頭痛を訴えて汗をかいてたんだろ。症状が出るのが早すぎる」


「え!? そうなんですか?」


「一〇分くらい必要なはずだ。念のため親睦会の日にシャワーの帰りにセドリックの様子を見に行ったが、あいつは寝ていた。無症状で四時間過ごしたなら、その後も症状が出てくることはほぼない」


 先日ミシェルに説明しようとしたが、あの時は話が逸れてしまいそのままになっていた。


「それ先に言ってください! 親睦会から僕がどんな思いで過ごしたと思ってるんですか!」

「どちらも絶対じゃないからだ。日を跨いで死亡した例もある」


 咎めるミシェルに、ルーカスは肩をすくめてみせた。

 彼女が気に病んでいるなら、フォローとして口にするのはやぶさかでは無いが、そうでないなら断言できないことは口にしない。

 こと人体や薬物に関しては無責任な発言をしない、という前世の職業意識が働いたからだ。


「じゃあセドリック先輩は、何が原因で亡くなったんでしょうか?」


「貴様の話が正しければ、まずコーヒーは凶器じゃない。誰かがセドリックにグラスを差し出したり、飲むように仕向けたわけじゃないんだろう?」


 セドリックが飲む前に細工をしたり、誘導した形跡は無かった。

 使ったグラスは、テーブルに置かれていた使い回し。複数置かれていた物を、セドリックが自ら選んだ。

 唯一事前になにかできるとしたらポットにあらかじめ仕込んでおくことだが、ミシェルを強制退場させた後に残った者達はゲームを続行している。


「そうですね。先輩にポットを持ってくるよう頼んだ人はいましたが、代わりに罰ゲームうけるよう誘導したりはしませんでした」


「セドリックの他に体調不良者は出ていないから、そもそもあのテーブルには問題が無かったと考えていい」


「じゃあ先輩はその前に遅効性の毒を盛られたか、頭痛までは単なる体調不良で、その後に何かされたってことですか」


 自分で言っておいてなんだが、遅効性の毒なんてものを一介の学生、しかもこの学校の生徒が手にできるとは思えない。

 外出日は限られているし、部屋は他人と共同。週に一回は部屋の持ち物検査がある。

 親睦会は外出日から離れおり、部屋で保管する日数が延びるほど同室の生徒の目に留まる可能性が高まる。点検だって引き出しやクローゼットを開けてみせるだけの簡単なチェックだが、危険物を持ち込むのはリスキーだ。


「ああ。そこまでするなら無差別殺人ではなく、セドリック個人を狙ったものだろう」

「人を殺すって相当だと思うんですが、あの先輩がそこまで誰かに恨まれてたとは思えません」

「殺害の動機は怨恨以外にもある。妬みだったり、セドリックが生きていることが不都合だったり……」

「最後のは完全にルーカス様に当てはまりますね」

「おい、それはあくまで作中の俺だ」

「世間から見たら、そっちのほうが納得がいくんですよ」


 腹違いの兄に爵位を譲り、裕福で権力のある家から離れたいだなんて、いくら説明しても誰も納得しないだろう。



(あれ?)


 親睦会でミシェルが合流するまで、そして部屋に戻ってから入院するまでのセドリックの行動を調べようと、彼の部屋がある階に足を踏み入れたとき、彼女は不穏な空気に息を呑んだ。


(なにこれ)


 先日同じフロアの生徒が亡くなったのだから、雰囲気が暗いのは仕方がない。

 だが、この突き刺さるような、険のある視線はどういうことだろうか。ジロジロみられたり、声をかけてくる様子はないが、歓迎されていないというか警戒されている感じだ。

 ミシェルが正体不明の居心地の悪さに困惑していると、セドリックの部屋からみて斜め向かいにある扉が開き、ポールが出てきた。


「うわっ。ミハイル、何でここに?」

「え。いや、実は僕、セドリック先輩と親しかったんだ。少しでも亡くなる前の話を聞きたくて……」

「ちょちょちょっ、待て待て。ここじゃマズイ。行くぞ!」


 慌てて周囲を確認し、ポールはクラスメイトの手をつかんで走りだした。


「ちょっと!」

「同室の先輩に見つかったらヤバい。お前の部屋で話すぞ!」


 ミシェルが抗議の声を上げても、少年が足を止めることはなかった。



「親睦会でのお前の行動が噂になってるんだよ。しかも前に二人で、煙草を食べさせるとか話してたみたいじゃん」


 部屋にルーカスが居たことに一瞬ポールは怯んだが、腹をくくったように話しだした。


「寮の部屋ってさ。悪さできないよう壁が薄いから、怒鳴り声は廊下まで聞こえるんだよ。言っとくけどお前達が物騒な会話してたことは、何人も耳にしてるからな」

「え――」


 部屋の隅にいるルーカスが気になるのか、チラチラ見ながらポールは話し続ける。


「所々漏れ聞こえただけだし、みんな冗談だと思って聞き流してたさ。でも先輩があんなことになって、ミハイルがその前に騒ぎ起こしたから一部の生徒が疑ってるんだよ」

「そんな……」


 身に覚えがありすぎて、ミシェルの顔が引きつる。


「しかも親睦会の前、ミハイルは先輩と揉めて部屋訪ねたりしてたんだろ」


 情報源はセドリックのルームメイトだろう。

 温室での一幕は他の生徒に見られていないだろうが、書き置きの内容から二人の間に何か問題が起きたのだと察することはできる。


「オレはもちろんお前のこと信じてるよ。ちょっと揉めたくらいで、人殺すようなヤツじゃないってさ。でもそう思わない連中もいるってことは忘れんなよ」

「……もしかして、その話結構広まってるの?」


 今日まで授業でも食堂でも、先ほどのような息苦しさはなかった。


「三階の生徒はお前が何度も部屋に来てたの知ってたし、親睦会の時に近くに居た人たちもまあ……。あくまでアイツ怪しいレベルだから、詰め寄ってくるようなヤツはいないだろうけど。話がもっと大きくなったら、学校も何かしら動くかもしれない」


 ポールは言葉を濁したが、状況はかなり悪い。

 証拠がないから糾弾しないだけで、ミシェル達に不利になる情報が出てきたら、一気に状況が変わるだろう。

 例えばルーカスとセドリックが異母兄弟だとか。


 このまま生徒の間に噂が広がれば、いずれ教師に事情を聞かれたり、捜査機関による取り調べを受けたりする可能性がある。

 ミシェルは背筋が寒くなった。

 事情聴取を受けたら性別がバレる。

 そうしたら、性別を偽っているミシェルを脅して、ルーカスが自分の地位を脅かしかねない異母兄を殺そうとしたというストーリーが成立する。

 細かい部分は違うが、全体的には小説のままの流れだ。

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