第32話 家族のかたち

 兵十が立ち去ってから暫く経った後、お父さんの下へ遠飛浮来えんびフライが運ばれて来た。


「それが危険指定文具、遠飛浮来えんびフライだ。受け取り給え。」


 お父さんは差し出された遠飛浮来えんびフライを黙って受け取り、鞘から刀身を抜き出した。海老フライのような黄金色の刀身がギラギラと光る。


「どうだい、試し斬りでもしてみるかい?」


「ああ、やらせてくれ。」


「よしわかった。さ、おいで。」


 喜助がそう言って手を叩くと、部屋の奥の方から構成員と思われる者が一人、ふらふらと歩いてきた。しかしその目に生気は無く、足取りもおぼつかない。


「さあ、これを斬ってごらん。」


「この男はアンタの部下じゃないのか。試し斬りに使って大丈夫なのか?」


「ああ、問題ないよ。これは私の能力で操っている傀儡だからね。好きにしてもらって構わないさ。」


「妙に精巧に作り込まれているようだが……わかった。」


 お父さんは遠飛浮来えんびフライを振りかざし、斬撃を飛ばした。斬撃は人の形をした傀儡にめり込みそのまま貫通して、傀儡の上半身と下半身が真っ二つとなった。傀儡から臓物や血飛沫が飛び散る。しかしお爺さんと少女は、見慣れているように一切動じていなかった。


「あ……りが、とう……これ、で……らく、に……なれ、る……」


「…………!?」


 血を流す屍の様子など、お父さんにとって見慣れたもののはずだった。しかし腹から血を流す屍を眼の前に、お父さんは目を見開いて驚いた。自身が切断した傀儡の上半身から微かに声がしたからだ。お父さんにとって大変信じ難い事だった。しかしお父さんは今、確かにの傀儡に感謝の言葉をかけられたのだ。


「この傀儡……いや、屍は……本物の人間じゃないのか!?」


「そうだね、確かにこれは"元"人間だ。でもは既に死んでいる。この傀儡は人間の屍なのさ。他にも沢山傀儡があるけど、まだ試し斬りするかい?」


「……………アンタが操る屍達に、意識は残っているのか?」


「君は暗殺者なのにそんな事を気にするのかい?変わっているね。うーんどうだろうね、その辺りは私にも分からなくてね。まぁとにかく、君はそれを殺してなどいないから安心し給え。」


 喜助は真っ二つの死体を指差してにこやかに言う。お父さんはそんな喜助を見て困惑していた。


「そう……なのか………?」


 困惑しつつ、お父さんは遠飛浮来えんびフライを懐にしまい自身の日本刀を喜助に差し出した。


「これでいいんだな。こんな物、一体何に使うつもりなんだ……。」


「さっきも言ったが、それは秘密だ。まぁ、いずれ分かるよ。それじゃあ、また会おう。いつか気が向いたら是非イレイザーに加入し────」


「興味ない。」


 お父さんは喜助の言葉に一切耳を傾ける事なく足早に扉をくぐって部屋から立ち去って行った。


「冷たいね………。」


 お父さんはエレベーターに乗り1階へ向かおうとした。そこに少女も駆け込み、二人は共に下った。


 暫くの間エレベーターの中には沈黙が流れていた。するとお父さんが、エレベーターから臨む景色を見ながら少女に話しかけた。


「お前、十八番といったか?」


 突然話しかけられ少女は驚いていた。そのため少しぎこちない返事をした。少女はお父さんの方を振り向いたが、お父さんはエレベーターの外の景色を眺めたままだった。


「………うん。」


「何故お前のような幼い子供が犯罪組織に所属しているんだ?」


 お父さんは少女と目を合わる事なく淡々と続ける。


「わたしはここにくる前の記憶が無いの。だから名前も出身も分からない。3年前に戦場で一人ぼっちだった私をボスが拾ってくれたから、私は今ここに居る。」


「さっきの十番という小僧といい、お前達は何故番号で呼ばれているんだ?」


「ボスは拾った孤児にそれぞれ番号を付けて、子供の構成員として育ててるの。」


「それで、育て上げた子供に犯罪をさせる訳か……あの首領もなかなか非道だな。ここにはお前と同じ境遇の子供が他にも居るのか?」


「うん。ここには家族が居ない子が他にも居る。十番もそう。でも十番は私が組織に入って直ぐに居なくなっちゃったんだけどね。みんなここが家で、みんなが家族なの。」


「番号で呼ばれるような関係が家族と言えるのか?」


「えっ……?」


 少女はお父さんの言葉に戸惑っていた。


「あの十番という小僧はそんな風に番号で呼ばれ、犯罪に手を染めさせられるような関係に嫌気が差して組織から逃げ出したんじゃないのか?」


 少女はお父さんの横顔を黙って見つめた。しかしお父さんは少女と目を合わせない。


「あの小僧、さっき目が潤んでいた。」


「十番はここに戻って来た事が悲しかったの?」


「俺にはそう見えた。お前はここに居る事が悲しいとは思わないのか?」


 少女はエレベーターの床を見つめて暫く考えた。しかし少女の頭の中にはその答えは浮かばなかった。


「分からない……。」


「お前は今のままでいいのか?」


「それも…分からない……。私はどうしたらいいの?」


 お父さんは天井を仰いで


「お前が幸せだと思った方を選んで進めばいい。」


「幸せ………?幸せってなに?」


「さぁな。それは人それぞれ形が違う。俺にも分からない。でもきっといつか、見つけられる日が来る。もしくは誰かがその答えを気付かせてくれるかもしれない。」


「あなたは………その人じゃないの?」


「ああ。俺はその『誰か』ではない。俺はただの通りすがりの『父親』だ。」


「父親ってことは、あなたには本当の家族がいるの?」


「昔の話だ。3年前に死んでしまった、国軍の奴らのせいでな。だが俺の妻と娘は、いつも俺の中に居る。」


「家族…………。」


 チーン……


 エレベーターが1階に到着し、お父さんと少女はエレベーターを降りた。お父さんはビルを出ようと出入り口へと足早に向かった。


「じゃあな。」


 お父さんはそう言い残し少女の目の前から立ち去った。少女から段々とお父さんの背中が遠ざかっていく。少女は戻ろうとしたが一瞬ためらった。そして


「待って………!」


 少女に呼び止められ、お父さんは後ろを振り向いた。そしてこの時、初めてお父さんと少女の目が合った。


「あの…………えっと………その………………」


 少女は両手の人差し指の先をくっつけてもじもじとしていた。少女とお父さんの間に沈黙が流れる。


「またね……………!」


 少女は頬を赤らめながら、小さい声でぎこちなく手を振って言った。お父さんは微笑んだ。そしてお父さんは少女に手を振り返してアジトを出た。


「なんだか似ているな、あの子と。」


to be continued

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