ダンジョンの果てに、少年は語る「俺は……記憶が無くなって、強くなることがあるんだ」

朝柄古紙

1章 銀髪のエルフ

1-1 冒険者


「こちらが認識票です。ギルドでの事務手続きや、依頼を受ける際に必要になるので、ギルドにお越しになる際は必ずお持ちください」

「よし! これで今日から俺らも冒険者だな!」

「ああ!」


 傷のない簡素な革防具を身に着けた2人の青年は、ギルドの受付から手渡されたを初めての認識票に、沸き立っていた。その鈍く光る薄い金属板は彼らが半人前であり、また『アイアン』の等級であることを示している。

 熟練の冒険者なら冷やかしでも入れてしまいそうな光景を横目に、ルークは近くのテーブル席で食事をしていた。


(また『冒険者』か)


 冒険者――


 冒険者という言葉を聞くと世の中には、心躍らせ、果てなき壮大な旅に想いを馳せる人がいる。

 『果てなき旅路』

 そこで生まれる『仲間との絆』

 そしてダンジョンの深部には『輝かしい財宝』

 そんなものを思い浮かべる人物は、毎日温かいベッドで眠りについているのかもしれない。

 冒険者など、英雄譚に憧れてなるものではない。金がなく、学もなく、職もない、何も持たざる人間が泥臭く生きる、最後の手段が冒険者だと――少なくとも、銀色の認識票を首に掲げているこの少年は思う。

 

「最初は何の討伐からやるんだ?」

「まずはゴブリンからだろ!」


 青年たちは拳を握り、剣で斬りかかるような素振りをする。きっとゴブリンたちとの戦いに思いを膨らませているのだろう。

 彼らは他愛もない会話をしながら『アイアン』、『ブロンズ』等級用の依頼掲示板へと向かっていった。

 

(何も知らねえのかあいつら)


 ルークは彼らの後ろ姿を見ながら、食後の一杯に豆類のミルクを飲み干す。口周りについた水滴は冒険者らしく、手の甲で雑に拭う。

 彼は、先ほどまで青年たちが会話していた受付へと向かうと、手に持っていた依頼書を無言で渡した。


「あ、ありがとうございます。え~『キレーナル村近辺でのゴブリン討伐』ですね。こちらの受注料は490ルーンになります」

 

 ルークは490ルーン分の銅貨を渡すと、首にかかっている認識票を受付嬢に見せつける。

 

「え~ルークさんですね。ありがとうございます。ところで……おひとりですか?」

「ああ」

「最近、キレーナル村の辺りでも魔物が増えているようです。せめて『グリーナー』の方だけでも誘われた方が……」


 たとえ歴戦の冒険者でも、資源を大量に抱えながらの戦闘行為は物理的に不可能であり、資源や魔物の素材を回収する『グリーナー』の存在は欠かせない。

 グリーナーの大半は戦闘行為が不得意であり、冒険者の小間使いにされることも多いが、等級の高い冒険者に雇われるために、地理や魔物の生態を熱心に勉強しているグリーナーもいる。

 またギルドでは討伐依頼を受ける際に1人での受注を推奨しておらず、なるべくパーティーを組むよう呼びかけており、この受付嬢も1人で依頼を受けるルークのことを思っての気遣いだろう。

 しかし彼はそうとも知らず不愛想に答える。

 

「いや、いらね」

「そうですか……けど十分に注意して、無理はしないでくださいね……」


 ルークは依頼書を受け取り、再度内容を確認すると辺りを見回す。多くの冒険者が複数人でパーティーを組んでおり、みな仲間同士で笑談しながら食事をしていた。


(くだらねえ……ただでさえ税金を払って1,480ルーンしか貰えないのに、グリーナーを雇ったら1,000ルーンしか貰えねえんだぞ……)


 先ほどルークが食べていた、パンとチーズとカブや豆類の野菜スープが170ルーン程度であり、グリーナーの相場は報酬の2割から3割であった。そのため、グリーナーを雇えば1日分の食費が消えることになる。

 簡単な依頼で分け前を多く貰いたいルークは、他の冒険者やグリーナーと共に依頼を受けることは一度もなかった。

 

(そもそもこの馬鹿共とパーティーなんざ組みたくねぇ。俺はこいつらが……憎い……)


 にぎやかな冒険者たちを毒突きながら、ルークは一度自宅に戻るべく、ギルドの集会所を後にする。


 しばらく歩くと、ルークは自宅へと着いた。

 日割りで計算すると1日320ルーンほどの、よくあるみすぼらしい集合住宅である。冒険者は家族を持たない者も多いため、このような集合住宅を借りていることが多々あり、この建物の住人もほとんどが冒険者であった。

 

 ルークは自身の部屋に入ると、生活に使う最低限の空間が広がっており、ベッドやチェスト、小さなテーブルが配置された上に、戦闘で使用した空き瓶や魔石、防具などが乱雑に置かれていた。

 彼はまず、ダガーベルトが付いた腰ポーチを外すと、雑に置かれていたレザーグリーブ、ハードレザーアーマーを手に取り、長袖の衣類の上から着込んでいく。

 スポールダーとブレイサーも革製であり、慣れた手付きで身に着ける。

 そして再度腰に巻いたポーチには、ダガーベルトには通常のダガーより剣身が長いロングダガーが収まっており、右手で容易に抜けるようになっていた。その上、胸にかかるベルトにも投擲用のダガーを収納されいる。

 最後にはめた左籠手には、金属製の小さなバックラーが取り付けられていた。

 全ての用意を終えたルークだったが一番重要な点が抜けていた。

 

「ポーションがねえ……」


 溜息をつきながらテーブルの空の小瓶をポーチにしまうと、ルークは部屋の鍵を閉め、再びギルドの集会所へと向かった。


 集会所の横に併設された店には、冒険者にとって必要な道具が販売されている。ギルドの直営店ということで道具の品質もある程度、担保されており、ルークも日頃からこの店で道具を購入していた。

 彼は商品を物色することなくカウンターへと向かうと、ポーチから小瓶を取り出し注文をする。

 

「ブルーポーション3本分とナッツバー2本」

「はいよ、ちょっと待ってな」


 店主は小瓶を受け取ると、中身を入れ替えるためにカウンター裏へと消えた。

 ブルーポーションは魔力の回復を向上させ、精神を安定させると言われている飲料であり、魔力を豊富に含ませて育てた薬草から作製される。

 他にも身体に良いとされる生薬が使用されており、それなりに値が張るのだが、魔法を使う者にとっては必要な経費であった。

 

「はいよ、2,300ルーンだ」

 

 店主がカウンターへと戻ってくると、ルークは2,300ルーン分の貨幣と物品を交換した。

 

「まいどあり」


 ルークは店から立ち去り、安いとは言えない買い物に文句をつける。

 

(高すぎんだろ……もし2本飲んだだけで依頼を受ける意味がねえ)


 ルークは生活感溢れる勘定をしながら、キレーナル村へ向かうべく北門からバナー市街を後にした。

 


♢ ♢ ♢



 ルークは午後になる前には、目的地のキレーナル村に到着していた。

 村には大量の作物を育てるべく広大な農地が広がっており、発展する都市や郊外に住む民の食糧事情を支えている。

 

(おそらく北にある森にゴブリンが多いと思うが……)


 ルークはこの村に何度か来たことがあり、迷うことなく、村の中央にある酒場が兼任されたギルドへとたどり着く。

 建物の扉を開けると埃っぽい空気と飲食臭が充満している、冒険者ギルド特有の匂いが漂っていた。

 テーブルに座る3人の冒険者が、扉を開けたルークに下から上まで鋭い眼差しを向ける。

 どうやら御眼鏡に適ったようで、彼らは何事もなくワインを飲み始めた。これは田舎のギルドになればなるほど顕著であるが、冒険者は一目見た装備や等級で相手を格付けする。

 ルークは冒険者として一般的な水準の装いだったので何も言われずに済んだが、これがもし、駆け出し冒険者のような装備だったら面倒な絡まれ方をしていただろう。

 一般冒険者として認められたルークは受付へと向かい、認識票と依頼書を見せる。

 

「ギルド『蒼銀の剣』所属。依頼書の通りゴブリンの巣の壊滅に来たが、ゴブリンどもは北の森だよな?」


 ギルド『蒼銀の剣』はこの東ティルファランド地方のみならず、ティルファランド全域を管理する大規模ギルドである。

 今や王族や諸侯は形式上だけのものになっており、ルークが今いるこの酒場兼ギルド集会所も『蒼銀の剣』が運営していた。

 受付嬢は依頼書を確認すると返答する。

 

「そうですねぇ……ゴブリンの目撃は北の森で多くて……実は先日、3人のパーティーが同じ依頼を受けましたが、まだ帰ってきていません……」

「パーティーの等級はいくつだ?」

「3人ともブロンズでしたが、既に討伐依頼は何度か受けているパーティーでした……」

「そうか」

「それに……ギルドでは確認していませんが、村の人が……森の奥でトロールらしき巨体を見たという情報がありました。森に行く際には十分注意してください」

「ああ」


 (トロールはルムンスト山脈から降りてきた個体だな。さっさとゴブリンどもを見つけて終わらせよう)

 

 情報を聞き終えたルークは集会所を出ようとするが、突然足を引っかけられ転びそうになる。体勢を立て直し振り返ると、先ほどのテーブルにいた3人の男たちがニタニタと笑っていた。


「へぇ~ゴブリン討伐ねぇ……ふっ」

「精々『ゴブリン』には殺されないよう頑張りな、ガッハッ!」


 おそらくゴブリンの討伐依頼を受けるルークを馬鹿にしているのだろう。ルークは男たちによる装備の一次審査は合格したが、依頼内容の二次審査には不合格だったようだ。

 またルークが15歳という若さであることも、男たちの嘲笑を誘う原因であろう。

 ルークは足を引っかけてきた男前に立つ。

 

「おお、どうした? 俺は足が長くてなぁ……すまんかった」

「あぁ? なんか文句あんのかクソガキ」

「こいつすげえ生意気な顔してんな」


 座りながらにらみつけてくる男たちだったが、ルークは彼らの眼光に負けることなく、左手のバックラーを――薙ぐ。

 

「うっ……があぁあぁぁぁ!!!」


 痛々しい打音が響き、男がのたうち、転げまわる。


「こいつ……!」

「てめえ……やりやがったな……!」


 もう1人の男はすかさず立ち上がるが、ルークの方が先に動いていた。

 殴る前に想定していたのか、ルークは足元の椅子を素早く掴むと、テーブルに乗り出しながら男の頭部に椅子を振り下ろす。

 

 「くっ……がぁあっ……」

 

 男は身構えるが、椅子の足の一部が顔面に直撃する。ルークは怯んだ男に、更にテーブルの上から蹴りを食らわし、床に打ちのめした。

 残る男も立ち上がっており、椅子を掴みルークに殴りかかろうとするが、彼は地の利でルークに負けていた。

 地上にいる男はテーブル上にいるルークに、狭い範囲でしか椅子を振ることが出来ず、ルークは攻撃を軽くかわし、自重を乗せた蹴りを男に繰り出した。

 

 目の前の乱闘を見ていた受付嬢はどうしたものかと慌てふためくが、乱闘はすぐに結末を迎える。

 ルークは自身の足を引っかけた男に詰め寄り、首元を掴んだ。

 

「群れなきゃ何も出来ねえ冒険者が……! 俺が今ここで魔法を使うとどうなると思う? 試してみるか……?」


 男の顔に向けた右の手のひらには火花が散っており、それは冒険者のみならず、この世の誰しもが知る『魔法』による現象であった。

 脅しを受けた男は、首を横に振りながらもがき続ける。

 

「二度と俺に関わるな……いいな?」

 

 ルークは男にもう一度蹴りを入れると、男は気絶した。

 先手を打たれ、戦意を喪失した他の2人は、ルークに襲い掛かることはなかった。

 

「これだから冒険者は……」


 ルークは右手を痛いほど握り締めると、集会所の扉を乱暴に開け、北の森へと向かった。



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