第28話 もう一人の私

 別室のドアを開けると、清楚なワンピース姿の金髪の女の子が座っていた。私達が入るとすっと立ち上がる。


「お初にお目にかかります。サラ・ソニー・キャッツカラーと申します」


 知性溢れる瞳と背筋のいいカーテシーは、親友のソフィアを思い出させた。


「アリスン・コールリッジと申します」


「アレク・オーウェン・キャッツランドと申します。こちらの女王陛下ご夫妻の甥にあたります」


 私とアレクも同じように挨拶を返す。


「この子はね、つい最近まで王宮で暮らしていた私達の……孫なの」


 お祖母様は少し言いづらそうに、でも慈愛の籠った紹介をして下さる。孫ならなぜ、キャッツランドへ国籍変更――。そこでハッとした。


「孫、と呼んで下さって感謝いたします、女王陛下」


「やめてよ、サラ。お祖母様って呼んでちょうだい」


 お祖母様はそっとサラの髪を撫で、優しく抱き寄せた。


「貴方が私の誇るべき孫であることは、未来永劫変わらないわ」


――この子が、シューカリウムの元王太子妃と元宰相の子ですね、きっと。


 アレクからの思念が飛んでくる。唯一の跡取り、次期王太子として育てられた不貞の娘。


「……キャッツカラーという姓は、確か」


「あぁ。私の長兄はキャッツランドの名門伯爵家の婿になっているだろう。そこの養女ってことにしてもらったんだ。幸い、娘がいなかったから、喜んで引き受けてくれたよ」


 アレクとお祖父様が会話を交わす。


「君も予想がついているだろうが、彼女は元王太子妃の娘だ。父親である宰相の公爵家に預けていたんだが、居づらいだろう。シューカリウムにいても針のむしろだ。それなら私の祖国であるキャッツランドに移住できないかと思ってね」


 私も母の醜聞が広まり、学園にいても時折冷たい視線を感じる。彼女の場合それの比ではないくらいの騒動になり、周りからは手のひらを返された態度を取られただろう。


 しかし、彼女のすっと伸びた背筋はどうだろう。さすがは次期王太子として研鑽を重ねただけのことはあると思う。凛として、毅然としている。


「歳は15歳。アリスンの2歳下だね。仲良くしてあげてくれないかな。いきなり知らない場所に放り込まれて、ああみえて深く傷ついているだろう」


 申し訳なさそうにするお祖母様を逆に慰めるサラ。サラは私に視線を移すと、淡く微笑んだ。


「素敵な御髪おぐしです。お祖母様と同じ――」


 羨望の眼差しで私の髪を見つめた。対する彼女は見事な金髪。もしかすると、彼女は――。


「サラは、女王と同じ髪色がいいと、幼い頃から駄々をこねていたよ。婿である私が金髪だし、髪色に拘らないでほしいとは伝えたんだが」


 お祖父様が切なそうにサラを見る。


 私も切なさが込み上げ、サラを抱きしめたくなった。


 この方は、もう一人の私なんだ。



◇◆◇



 祖父母夫婦が帰った後、アレクはプライベートビーチに私とサラを連れ出した。夕暮れの空が桃色に輝き、海を鮮やかに染めている。



「私、16歳になったら、官吏登用試験を受けようと思うんです」


 海を眺めながら、サラは毅然とした様子でそう言った。


 キャッツランドでは、官吏登用試験を16歳から受けられる。通常は高等教育の場であるアカデミーでみっちりと勉強してから受けるものだが、サラは進学はしないという。


「進学費用なら、キャッツカラーの叔父上が出すよ。あの家はサトウキビを調味料に変える加工技術で大儲けして、金は腐るほどあるから。遠慮しなくていいのに」


 アレクがそう言っても、サラは緩やかに首を振った。


「それは大変ありがたいです。もし、官吏試験に落ちたら考えてみます」


 そう言って笑うが、彼女は落ちるつもりは全くないようだ。


 サラはシューカリウムでは神童と言われるほど、学業優秀者だったそうだ。それだけの情報で、あのヤニックの子ではないと確信できる。


「私、宰相になります。下らないことで失敗しない宰相に」


 揺るぎない視線。彼女が目標と反面教師にしているのは、きっと実の父である元宰相だ。恋に溺れて身を持ち崩した以外は、尊敬できる人物だったのかもしれない。


「世界を見渡してみても、女性宰相は誕生していない。大臣すらいない。ガラスの天井を打ち破るのは容易じゃないと思うけど、大丈夫かな?」


 アレクがそう言うと、サラは不敵に笑った。


「それは私に対する挑戦状ですか? 執政官様。必ずなります。こんな私を受け入れてくれたキャッツランドに報いてみせます。サラを受け入れて良かった、と思わせてみせる」


 サラが傷ついていないわけがない。それなのに、気持ちを切り替えて別の目標へ慢心する。その強さ、信念が私の胸を打つ。


「私、レイチェル・キングダム様を尊敬してるんです。女性でありながら革命家として身を立てたあのお方を。これから、あの方の元で修行をしようかと思ってるんです」


「え……そうなの?」


 アレクの顔が引き攣っている。レイチェル様が苦手なようだ。


 私もサラと同じように執政官補佐としての修行がしたかった。学費をシューカリウム王家が払うと言っていたけれど、本当にそれでいいのだろうかと、疑問に思っている。


 それに、あと一年学園に通う。それは本当に必要なことなのだろうか。

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