第2話 依頼じゃないのなら帰ってください

 アイシャとサナは、ほぼ同時期にギルドへ就職した同期である。担当の希望を聞かれたとき、二人とも依頼を受注する役目を選んだのである。性格が反対と言える二人は、そこから話す仲になっていた。


 依頼を受注するという担当は、ギルドの中では貧乏くじと言われていた。依頼者の中には先日のような変わり者もいるために、相手をするのが億劫に感じる職員がほとんどだからである。


 そんな好き好んで選ぶ者が全く現れなかい状況に突如二人が立候補をした。その結果、満場一致で二人が勤める事となったのである。こうして願っていた役割を得たアイシャとサナには、色々と問題が降りかかる事も多い。


 

「今夜、僕と一緒にディナーでもどうかな? 最高に美味しい兎の肉が手に入ったのだけれど……」

「その、すみません……そういうのは困ります」

「いいじゃないか、サナさんを是非家に招待したいんだ」

「目の前のアタシをガン無視とかいい度胸だなお前」



 サナは今、ナンパにあっていた。物凄く鬱陶しがっているアイシャには目もくれず、ナンパ男であるレンジは自慢のカールを帯びた金髪を靡かせながらサラに猛アピールを仕掛けている。


 男からの押しに弱いサナは、強く断ることができずに困っている。それに見かねたアイシャは、バンと机を叩き別の方向を親指で指しながらマニュアルのような注意を始めた。

 

「はいはい、ホーンラビットの生肉納品はここじゃなくてあっちの受付。現物の確認が済み次第、相場が一個あたり銅貨五枚だからよろー」

「いや違くて。あと君には言ってないから」


 邪魔をするなとレンジはアイシャに睨みを聞かせるが、その数十倍の威圧感を放つ彼女に思わず後ずさりをしてしまう。しかしレンジはアイシャにも自分の気持ちをわかってもらうため、サナへの愛を情熱的に語りだした。


 サナは苦笑い、アイシャは爪をいじりながら語り終わるのを待つこと十分、力説で若干汗を滲ませたレンジはどうだ、とアイシャに水を向けた。


「……どうかな、これで僕の本気の熱意を分かってくれたかな?」

「わかったわかった。『あの娘に思いを伝えたい』という依頼で、報酬が兎肉の支給ね。期限は今夜でいいの?」

「うん、何もわかってくれてないね」


 レンジはガックリと肩を落として溜息をつく。とっとと諦めて帰れよとアイシャは暗に伝えたつもりだったのだが、レンジには全く伝わらず再度サナへと体を向ける。


「そもそも君には関係の無い話なんだからな! さあサナさん、僕と共に来てくれ!」

「……アイシャさん、こんな時はどうすればいいのでしょうか」

「サナ、アタシら今営業妨害されてんの。だからハッキリ言ってやんなよ」

「は、はい。ハッキリとですね!」


 胸の前で両手を握り、意を決してレンジに向き直る。対するレンジは何を期待しているのか表情が明るくなる。サナが口を開いたところで、アイシャはスッとサナの後ろに回り込んだ。



「レンジさん、依頼でないのであればお引き取りください。「あと私は貴方を心底軽蔑しています」……へ?」



 サナはただ仕事の邪魔になるから下がってほしい、とだけ言うつもりだった。しかし謎(?)の副音声によって、レンジに対する完全な拒絶が始まってしまっていた。

 

「そ、そんな……サナさんはそんなに僕の事が嫌いなのかい……?」

「「はい、視界に入ると吐き気するからとっとと失せやがれください」あ、アイシャさん!? あの、今のは私の言葉ではなくて……」

「うぅ、この僕がそこまで言われるなんて……何という屈辱……」


 サナ(アイシャ)からの罵倒によって心を完全に打ち砕かれたレンジは、すっかり意気消沈して退散していった。サナはかける言葉が浮かばずただ悲しみに染まった背中を見送った。サナが振り返ると、してやった顔のアイシャがこちらを見ていた。


「全く、初恋相手の声ぐらい聴き分けろっての」

「なぜあんなにも私の声真似が上手なのですかアイシャさん……。少々言いすぎだったのでは……?」

「いーの、あいつ確かあれが七回目の初恋らしいから」

「えっ」

「あいつ、可愛い娘や見た目が良い娘を片っ端からナンパしてるような奴だから。ほら見てみな」

「……もう八回目の初恋が始まってますね」


 レンジは既に別の女性に気持ちを切り替えていた。初恋の意味をはき違えている、という言葉がサナの頭に浮かんだが言うのを止めた。サナの中でレンジという男について考えるのが段々馬鹿らしくなってきたからである。サナの考える先は、アイシャに変わった。


(アイシャさんは、いつもぶっきらぼうだけど時々こうして私の事を守ってくれています。口は悪いけれど、やはりいい人ですね)


 撃退完了ー、と呟きながら何かを書き始めるアイシャ。彼女はいかにもやる気の無さそうな振る舞いをしている。けれど、やるべきことはやる人だった。まだ同僚になってから数月しか経っていないが、サナはアイシャの事を信頼できる人物だと確信していた。



「ってアイシャさん、何を書いてるのですか?」

「ん、レンジの討伐依頼。依頼名は『お前をディナーにしてやろうか』っての、どうよ?」

「アイシャさんが変な依頼作ってどうするんですか!? 絶対に登録しちゃダメですよ!?」

「ちぇー」


 ちょっとだけ信頼が揺らいでしまったサナだった。

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