❹色づく未来の末路は。
「ん……ふわぁ…ぁ?」
「……如月さん、起きて……今日は柔道と、バスケの授業だよ」
「…あっ!今すぐ顔洗ってくる!」
「もう……」
次の日の朝、身体を揺すられ、目を覚ますと、廉命さんが私の顔を覗いていた。紅い瞳が、「起きろ」と訴えているようで、私の寝相の悪さと朝に対する弱さに呆れているみたいだ。彼とは一緒に暮らし始めて約二ヶ月が経過しているが、これには至るのは、希望さんの勧めが理由だった。
『如月、その……言い難いんだけどよぉ…』
『言い難いこと…?もしかして…っ!私のプリン食べたとか…』
『そんなんじゃねぇよ…実は廉命がマンションの契約終わって引っ越すことになったんだよ。といってもすぐ近くだけどね』
『へぇ…?』
『それでさ、あいつ間違って二人暮らしの部屋選んぢまったみたいでさ…お前授業もあいつと一緒だろ?俺達よりあいつといた方がいいかなって俺は思うんだよね』
『………えっ?』
『舞姫も同じ意見でさ……たまには戻ってきてもいいから、廉命の傍にいてやって欲しい』
『……はい』
眠い目を擦りながら洗顔と歯磨きを済ませ、動きやすい服装にも着替えた。家を出るまであと一時間ほどある。朝食や化粧を済ませている間に、彼は掃除や部屋の整理整頓を率先してくれる。
「如月さん、昨日のこと怒ってる?」
「えっ……?あ」
「………本当にすまなかった。その……」
俺の手で乱れる君が魅了的過ぎたから……。そう廉命さんは打ち明ける。その言葉と同時に昨夜のことを思い出す。あの大き過ぎる手で刺激される胸、廉命さんの赤い舌と絡めあった舌。疼いた下腹部。お互いの顔は一気に赤く染まり、お互い目を逸らした。
「いえ…あれは……夜海ちゃんが……」
「ごめんな異常に酒強いからあいつ……でも先を越されたのが…」
「恥ずかしいです……これ以上は何も…」
「そ、そうだよな…ごめんな。化粧終わったでしょ?ちょっと早いけど、そろそろ行こうか」
「はい」
身支度を終えた私達は丁度いい出発時間になっていたので、戸締りして部屋を後にした。並列で歩いているものの、廉命さんが異常に大きいため、顔を見上げるのが少ししんどい。身長差は五十センチ以下で、元々百八十あった彼の身長はこの一年で十センチ以上伸び、その分の体重も増えた。
「それでね、バスケの授業でさ…シュート外れちまってさ…」
「あれはたまたまですよ。廉命さん足の速さも男子の中ではダントツ一位なんやから、周りに相手チームがいても怖くないはずです!」
「いや如月さんも足速いし、なんなら女子の中では一位だろ……如月さんもこの前柔道で背負い投げ決まってたじゃん。あれは驚いたよ」
「いやいや…そういう廉命さんも柔道で立ち技決まっとったやん…ガタイの良さもあるでしょうし…」
「ガタイか…てか如月さんって人の裸見るの苦手なの?俺のお風呂上がりとか見るとすぐ顔真っ赤になるしさ……柔道でもそうじゃん」
私達は足の速さや体力に関して男女の中ではダントツ一位の実力があるともいえる。それに、彼の言っていることは事実だ。私は人の裸を見るのがとても苦手で恥ずかしくなってしまう…。もちろん廉命さんの裸の上半身もほぼ直視出来ない…。でも廉命さんの上半身には、沢山の傷跡やケロイド、傷を縫った跡が沢山出来ていた。柔道着の下に何か着るのが女性には必須だが、男性には不要である。つまり男性の場合は裸の上半身の上に道着を着ることになるのだが、予想以上にバキバキに割れた筋肉を見ては赤面してしまうのだ。昨夜のこともあり、予想以上に逞しい身体に抱かれると思うと、更に恥ずかしくて仕方ない。もちろん大学内でも、この日出廉命はいい意味で噂にもなるほどだ。
「ふわぁ……ねみぃ…」
「眠いですよね………今日はなんか食べてきます?」
「いや…如月さんの作るご飯がいいなぁ」
「それ、生野さんも似たようなこと言ってましたね……確かに舞姫さんのご飯美味しいですもんね…あ、そうだ!舞姫さん達も誘ってタコパしません?」
「相変わらず粉物好きだなぁ…いいよ」
「やったー!」
教室に向かいながら、廉命さんと他愛ない会話をする。彼は生野さんと同じように「如月さんの作るご飯がいい」と聞かない。それはそれで嬉しいのだが、この先のことを考えると複雑な気持ちになってしまう。それにもう一つ、彼がいい噂をされている理由としては…
「廉命君…今日もかっこいい!背高いしイケメンだし!」
「ねぇ!頭良いし運動も出来るしねっ!ただ、ケロイドさえなければ……」
「如月さん今日も可愛い……俺、声掛けようかな」
「やめとけ。あのヤンデ廉命に殺られるぞ」
「日出は如月さん一筋だからなぁ…」
廉命さんは容姿端麗、頭脳明晰、冷静沈着、文武両道というこれらの四字熟語に該当しており、世間で言う”優良物件”だからである。彼はどちらかというと巨匠ポジションで、普段は冷静だが特に私の前では寂しがり屋である。荷物を置き、道着に着替えて、柔道の授業が始まった。私は小さい身体を、廉命さんは大きい身体を生かして学科の男女の中では一番強いと言えた。インターハイ出場経験のある学生とも組んでるが、初めて柔道に触れて二ヶ月しか経過してないのに彼らと戦える程度の実力を手に入れた。
「よいしょーっ!」
「技あり合わせて一本!如月の勝ち!」
「ふんっ!」
「一本!日出の勝ち!」
そして今日も、私達は勝った。周りの学生から褒められているなか、周りの学生に囲まれた彼を見ると、目が合い、紅い瞳が輝いて見えた。そして柔道の柔道も終わり、バスケの授業の終わり際に教授が私達学生に予告をしてきた。それは………
「今日も一日お疲れ様でした。最近暑くなってきたので、来週から柔道は一旦お休みして競泳の授業に変わるので、皆間違えないように!それでは解散」
「ありがとうございました」の一声で、一日の授業は締まった。教授は予告した。来週から柔道の代わりに水泳の授業に変わることを…。オリエンテーションで水泳の授業は七月にやると聞いていたが、今は六月の中旬で今年は夏を感じるのが早い。水着は去年の夏に着たものの、この前試しに着てみたら、胸の部分だけ異常にキツく、強制的に買い直すことが決まった。水着の買い直しは、私だけではなく一年で身長が十センチ以上も伸びた廉命さんも該当していた。私達はそのことについて困惑していた。
「水着…俺も試しに着てみたけど、買い直す必要あるんだよね…」
「廉命さんもですか……」
「如月さんも?奇遇だね……今の時間、希望さんは休憩中か…電話電話…」
この日はバイトがなく、私達は食堂で談笑していた。当然話題は水着のことで、廉命さんは生野さんに電話を掛けた。
「もしもし希望さん?」
<どうした廉命?>
「あの…水着の在庫あるか見て欲しい。来週から水泳の授業になるからさ」
<水着ねぇ…加堂さんある?>
<待ってな……あ、丁度廉命のサイズは一点だけであるな>
「ちょっと今からそれ買いに行ってもいいですか?あと如月さんも水着買いたいみたいなんです」
<如月は一サイズ上の方が良さそうだなぁ…身長的にはダボダボかもしれないけど、如月ならぴったりでしょ…>
<とりあえず、取り置きしとくわ。気を付けて来いよ>
バイト先に、水着の在庫を加堂さんや生野さんに聞いたらしく、彼ら曰く私達に合う水着の在庫はあるとのことである。私達は大学を後にし、バイト先へと足を運んだ。
「生野さ〜ん、加堂さん、来ました」
「お、二人とも待ってたぞ〜?ほら、取り置きしておいたぞ」
「ありがとうございます」
夕方の四時頃、客数が減っていて、本社から指示されていた仕事も終わり、加堂さんと喋っていたところに、如月と廉命が来店した。先程の電話で廉命が水着の在庫を聞いて、取り置きもしていた。廉命に合うサイズは4Lサイズで、如月はMサイズである。ただ如月の場合は身長で見るともう一周り小さいサイズが最適なのだが、身長に見合わない胸囲を持っているので、そのサイズだ。そのせいで毎回廉命の理性が持たないらしい……。先程の電話でも、如月のサイズのことを話したら少し挙動不審になっていた。この二人の関係は、大学生活が始まってから少し変わったのだが、恋人関係になるのには…まだまだ時間が掛かりそうだ。
「廉命……」
「はい?」
「如月なぁ…顔赤いけど大丈夫?何かあったのか?」
「いや…ぇっ……なんでも……ない…ぞ?」
「嘘つけよ…てか如月、また成長した?毎日こいつといるからか?」
「いや?……何ともないですよ?ねえ…廉命さん」
再び如月のサイズについて話してみると、廉命も顔を真っ赤にした。廉命と一緒に暮らすといっても、俺達の部屋と隣同士になっただけだが、毎日一緒にいるようになって、如月はまた更に変わったらしい。俺はわざと、廉命に耳打ちをしてみた。
「……もしかして…如月の…触った?てかシたの?」
「何のことだよ……」
「もちろんセッ「うわあああっ!」
「廉命さん?どないしたん!」
「如月ちゃんには…まだ早いよ……大人の話さ」
「へ、へぇ……?」
当然廉命は顔を真っ赤にした。しかも二人はまだ交わってはいないらしい。まぁ、まだ如月の年齢的に交わるには早い気もするが……。二人は取り置きしていた水着を購入し、帰っていった。そして仕事が終わり、帰宅した。彼からのLINEを見て、彼らの部屋でタコパをすることになった。
「お邪魔します。わぁいい匂い〜!」
「あ、生野さんも舞姫さんも久しぶり!」
「愛さんも盾澤兄弟も院長も福吉さんもいるじゃん」
「まあまあっ!皆でいた方が楽しいじゃないですか!」
「夜海……飲みすぎ」
「おい俺もいるぞ……」
想像以上に賑やかな雰囲気にのまれ、仕事の疲れなんて吹っ飛んだ。何本もの空の酒缶が転がっているにも関わらず、飲み続ける夜海と酔い潰れている愛。如月とたこ焼きの生地を作っている仁愛と凪優。廉命の肩を組み、彼に色々聞く加堂さんと盾澤店長と瞳同様に顔を真っ赤にする廉命。夜海の飲みっぷりを見て心配する福吉さんと院長。愛に布団を被せる雷磨。そして俺と舞姫……である。
「なんか…楽しそうだね」
「あ、生野さんに舞姫さんっ!ふふっ」
「実はさ……前から君達の婚約祝いを計画してたんだよ。ちょうど如月君が提案してくれてね…」
「如月……」
「それに、色々話したいこともあるだろ。私からも話したいことがあるし、皆で集まろうって福吉君も言ってくれてね……」
「いつも君には助けられてるよ…まぁ、俺達からするとまだまだガキだよ。君は…」
「確かに福吉さん今年で三十代だもんなぁ……」
「いやいや、そこは年齢を盛るべきなんだよ」
何個もテーブルを繋げ、俺も含め皆で準備をした。如月はたこ焼き機だけではなく、ホットプレートやワッフルメーカーもテーブルの中心に持ってきた。
「如月さ……買い過ぎじゃね?」
「ごめん。いや…俺が甘やかしたせいで…本当に粉物好きなんだから…」
「ふふっ…たこ焼きにお好み焼きにクレープ、ワッフルも作れるで〜!生地も皆出来とるよ!」
「……廉命、本当に如月には何にもしてないの?」
「如月ちゃんに変なもの食わせた?媚薬とか?」
「してねぇよっ!ほら如月さん…希望さん待ってるよ」
それぞれの生地が沢山入ったボウルが四個ほど、たこ焼きに入れるだろう変わり種の具が入った器が復数個、クレープに乗せる苺やチョコのソース、フルーツ、あとは小皿や飲み物が入ったグラスが数個並べられていた。そして……
「ほら二人とも、真ん中に座った座った!」
「ほら舞姫ぃ…ヒック!座りなさい…?」
「ちょ…愛さん…飲みすぎ。大丈夫ですか?」
「夢玖ちゃん…あれ」
「分かっとるで…生野さん、舞姫さん……」
婚約おめでとう、と皆で合わせた声を俺と舞姫に掛けてくれた。素直に嬉しい。長年持病で苦しみ、常に死と隣り合わせだった俺を舞姫は選んでくれた。白血病のせいで不可能なことは多く、その分思い出も少ない。だがしかし、目の前にはこんなに恵まれた仲間がいた。あの時俺を止めてくれた如月と廉命、俺を可愛がってくれた加堂さんと盾澤店長、福吉さん。舞姫と上手くやってるかと色々気に掛けてくれた愛。俺の心に寄り添ってくれた夜海と仁愛、凪優。幼い頃から一緒に病と闘ってくれた院長。先輩として、友として医師を目指す雷磨。こんなに恵まれた仲間のお陰で、改めて俺は一人じゃないと分かる。そして乾杯し、そこからは賑やかな時間となった。
「いやぁ、舞姫も結婚か…私は嬉しいよ」
「ちょっとお父さん…てかたこ焼きにチョコ入れないでよ…まだ結婚じゃないよ…」
「院長は超がつくほどの甘党やからなぁ…って、マシュマロも入れとる…美味いんかな?」
「まあまあ。最近の医療は進んでるんだよ。たこ焼きと同じさ。新しい道を探し続ける。それが医療さ……ところで、いつ愛は雷磨君とくっつくんだ?」
「お父しゃんっ!私達は!まだそういう関係じゃないわっ!雷磨さんは……と、友達よ!」
「異性の友達なら二人きりになろうとしないでしょ……この前も二人で飲みに行ってたのに」
院長がビールを片手に医療や俺達の今後についてめちゃくちゃに語っている。というか十年以上の付き合いがあるにも関わらず、今日初めて彼が大の甘党だということを知った。地方で最も腕の良い優秀な医師である彼は、今年になってから関東や北陸、関西へと出張して日本の医療を支えるようにもなった。その彼が愛や舞姫を育てた、血の繋がりがない父親である。すると彼は医師らしく姿勢を正し、真剣に語り始めた。
「……あのな、舞姫」
「どうしたの?」
「愛も…酔ってないで耳だけ傾けなさい」
「ふえ〜?お父しゃん…何よ〜?」
「急に驚くかもしれないが、舞姫の婚約を機に、お前達に話さなきゃいけない話があるんだ」
「え……?」
「……院長?」
「実は私はな……お前達の、本当の父親ではないんだよ…お前達と私は…養子縁組で親子なんだよ」
院長は、煌星家の真実を愛と舞姫に話した。当然俺と雷磨以外は驚いていて、院長の一言で愛の酔いは一気に冷めた。二人は院長に問い詰めるのを、俺達は見ることしか出来ることがなかった。
「え……嘘…でしょ?お父しゃ、冗談よね?」
「お父さん……?」
二人は顔を青ざめ、涙を零していた。果たして…俺達の未来の末路は……
……To be continued
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