夢命嵐の糸 〔第二期〕

檻射舞|おりーぶ

❶帰る場所


「ここが大阪か……思ってたより人多いな」

「やろ?二人とも…駅で迷子にならへんの!ほら交通系電子マネーにチャージせいっ!」

「ハイハイ…廉命、行くぞ」

「うえっ……もう人酔いしそう……」

ある日の出張、俺と廉命、如月はシューズ講習会とドナー講演会の為、如月の地元である大阪に来ていた。南東北の空港から飛行機で二時間ほど。俺と廉命が思い描いていた大阪は、想像以上だった。人混みの中、俺達は交通系電子マネーに三千円ほどチャージし、彼女の元に戻った。

「お待たせ。で……ねぇ如月、難波駅って……」

「…ほな。案内しますから……御堂筋線で一番ホームやね…あと五分で電車来ますよ…」

「マジかっ!急ぐぞっ!」

初めて来た大都会。憧れていた大阪への偏見はすぐに裏切られてしまった。如月の案内で目的地に着き、近くのホテルに荷物を預け、ドナー講演会の準備をした。そう、ドナー講演会やシューズ講習会で県外に行く際は如月と廉命を同行させるように煌星院長から言われている。舞姫の代わりとしてだろう。本来なら今回の出張は大阪に詳しい如月だけに同行してもらおうと考えてはいたが、廉命が彼女を心配すると思うので、彼も同行させることにした。荷物の整理をしてホテルを一度後にし、講演会場へ向かってる時だった。

「北区……?どのエリアだよ……」

「梅田辺りです。それに、梅田や心斎橋、道頓堀あたりは特に人多いですよ……」

「難波駅からだと……梅田駅まで行って天王寺行きのやつ乗るのか…」

「はい……今日の講演が終わったら、とんぺい焼き食べに行きますよ」

「なんか如月さん、楽しそうだね…」

講演会場に着き、講演をした。大阪市内で最も大きい講演会場らしく、思ってた以上に人が多かった。でも俺は緊張することなく、ステージに立ち講演をした。長い長い闘病の話はもちろん、廉命によるドナーの体験談、如月による余命宣告された患者に寄り添った体験談を話し、その後質疑応答となるが、ある学生がこんな質問をしてきた。

「如月さんは……大阪出身と聞いてますが…その…廉命さんとはどんな関係があるんですか?」

「…………大学の同級生で、バイト先の先輩です」

意外な質問だった。廉命は少し顔が赤く、如月は質問に迷っていた。彼女は戸惑いながらマイク越しにそう答えたが、顔から見てどうやら少し違うような気がする。盛大な拍手に包まれ、講演会を終えた俺達は、如月の案内で電車に乗り、梅田のある隠れ家に移動した。


「……ここは…?」

「私の……お気に入りのお店です」

「いい匂い……腹減った〜……」

「ハイハイ。入りますよ」

店の中に入ると、大繁盛していた。人の多さより大きな鉄板の上で焼かれているものに目が行き、俺と廉命はそれを見て涎が出てしまった。如月は俺達の服の袖を引っ張り、空いている席に移動させた。テーブル席にあるメニュー表を手に取り、俺の前に差し出す。それには店自慢のとんぺい焼きという文字が書かれていた。それも大阪名物の一つらしい。俺達は海鮮と豚玉のお好み焼きを一つずつ注文、如月はとんぺい焼きを人数分注文した。

「……とんぺい焼きってなんだろうな…」

「炒めたキャベツや豚バラ肉を薄焼き卵で包んだものです。シンプルやけど、これがめっちゃ美味いんやでっ!」

「……お、ぉぉ……」

「お待たせ致しました。豚玉と海鮮のお好み焼きと……とんぺい焼きになります……あれ?」

「お?」

十分ほど経つと、俺達が注文したもの達が来た。思っていた以上に美味しそうで、すぐ箸をつけそうになった時、注文したものを持ってきた店員と如月が顔を合わせては懐かしんでる様子だった。

「如月さん、知り合い?」

「はい!えっと………」

「施設でよく一緒におりました。この子、実は凄い明るい子で……」

「久しぶりやなぁ!うち今大学生で、バ先の人と大阪来ててん!」

「そうなんや!あれ……この人って…生野希望?嘘やろ……最近のネットで有名な…」

「マジ?俺有名なの?」

なんと、彼女は如月と施設の時にずっと一緒にいた子だったらしい。顔を合わせては楽しそうに会話をしていたが、彼女は俺と顔を合わせるなり、俺を有名人扱いしてくるが、自分が有名人になっているとは思いもしなかった。彼女が携帯の画面を見せると、こんなことが載ってあった。

「……東日本一可愛い、白血病を克服したシューフィッター…?どういうこと…?」

「男性にしては背が低い、肌が真っ白、髪の毛が少し癖毛……」

「ぇぇ……まぁ背が低いのも白血病を克服したのは事実だけどね」

「………それで、ドナーになってくれたのはこの男性なん?凄いイケメンやね……惚れたかも」

「あっ!駄目やって!廉命さんは私の……」

「私の……?」

「っ………とりあえず、廉命さんは駄目やから!」

白血病を克服したのも、男性にしては背が低いのも事実には変わりないものの、女性にとっての俺は可愛い、らしい。確かに舞姫にもかっこいいより可愛いと言われたことはあるが…。すると、彼女の目線は俺から廉命に行き、わざと質問してきた。すると如月は「廉命さんは駄目やって!」と言わんばかりだった。廉命の顔は赤くなっているものの、如月の白い頬もほんのり赤く染まっていた。このあまりの甘酸っぱさに周りの客は皆こちらを見てきた。

「姉ちゃん!ヒューヒュー!」

「お、このチビ……希望かっ!確かに男にしては可愛いかもな!」

「傷だらけの兄ちゃんも、かなりイケメンだな……俺らより背あるんじゃね?」

「えぇ……」

なんと、俺の有名度は思った以上らしい。というより、如月と廉命の関係の方が強くてうまい具合に中和されている。その後店内はとても賑やかになり、会計を済ませ、店を出た。

「久しぶりに会えたし、LINEもゲット出来て良かったぁ……美味しかったなぁ…」

「……今度、舞姫に作ってやろうかな…如月、今度一緒に作ってくれよ」

「はい………」

「腹減ったぁ……足りない…」

「それにしても廉命…背伸びたよな…何センチだよ?」

「………この前測った時は……百九十五とか?」

「まだまだ成長期なのかよ……」

店を出る頃には空が闇に染まっていたものの、人の多さや明かりで街だけは闇に包まれていない。お好み焼き二つととんぺい焼きを食べたにも関わらず、廉命は足りなかったらしい。彼の更に成長した体格を見て足りなかったと我ながら反省している。如月が「ちょっと寄り道したい」と言い、暫く道を歩いているとある激安スーパーの、大きな看板が視界に入った。その激安スーパーの周りには古臭い屋台や路地裏やベンチで新聞紙に身を包んで横たわっているホームレスが沢山いたり、大量に放棄されたゴミ袋が山積みになっていた。

「………ここは?」

「…私の産まれた場所です」

「……嘘、だろ?こんな穢れた場所に?」

「穢れた場所…確かにそうですね……そこで産まれた私も穢れてますよ」

「………お前は穢れてないよ……俺達、ここまで来るのにすっごい苦労したんだから」

「…ですね。ほら、辺りを見てみてください。売春に違法労働、ヤミ露店が沢山……実は私も昔、売春に巻き込まれそうになってここを抜け出したんです」

なんと、大阪の西成区…俗に言う日本最大のスラム街の一つである。そこは大阪で最も治安が悪く、覚せい剤の密売や路上での闇市、違法労働やヤミ露店、売春、不法投棄など、とにかく良くない話ばかりである。でも如月はそこで産まれ育った。そしてそこに転がる不法投棄のゴミのように両親に捨てられた。

「……その、どうして俺達をここに…?」

「…せっかく大阪に来たので、案内ついでに私の産まれた場所も案内しようかなって……ごめんなさい」

「………いや。なんか…本当に俺達は特別だよな…」

「……大丈夫。俺の方が酷いから。家族も死んぢまった。クソ親父もお袋も…弟達も……。交通事故だってさ…」

「………俺の父ちゃん母ちゃんも……俺を捨てて借金背負ってカニ漁行ってるよ…多分今頃死んでると思うけどな……」

「私の両親は………私を産んでから捨てて、売春や覚せい剤の密売に巻き込まれて…死にました」

如月は申し訳無さそうにしていた。どうやら俺達には両親に捨てられ、自分以外の家族は亡くなっていることも共通点だったらしい。俺達は路上で寝ているホームレス達や不法投棄されたゴミを後にし、背中を向け、そのまま難波へと戻った。


「はぁ……やっぱり足りない……如月さんの好きなアイスも買ったから、お風呂上がったらあげよ」

「いやあ…どう?一緒に住むようになって」

「それは…如月さん無防備過ぎません?理性保つのしんどいです」

「だろうな……最近また成長したよな……あの頃から何度下着を買い換えていたことか…」

大学生活の始まりと、廉命の住むマンションからの引越しを機に、彼は如月と住むようになった。二人は取っている授業もゼミも一緒なので、その方が彼女は行動しやすいと思い、舞姫や廉命と話し合った上で、二人は一緒に暮らすようになった。でも廉命はまだまだ如月と二人でいることに慣れていない。如月を見る廉命の紅い瞳にはフィルターが掛かっていて、どんな如月を見ても、官能小説に出てくる色気が凄い表情をしているように見えるのだろう。俺は気になり、廉命に聞こうとしたタイミングで、如月が風呂から出てきた。

「ふわぁ………あ、生野さんか廉命さん…次どうぞ?」

「あ、あぁ……如月さん、髪の毛乾かしたんだ?」

「はい…毎日乾かしてもらっとるし、廉命さんもお疲れやと思うので、ドライヤーしてきました」

「そ、そうか……あ、如月さんの好きなアイス買ってきたけど、食べる?」

「食べるっ!ありがとうございます」

「あ、あぁ……」

「ふーん?とりあえず次俺入ってくるねー。あ、如月……ノーブラは駄目だからな…?」

「ぶふっ!」

如月は喋り方的には几帳面であるものの、たまに方言が出て仕舞うことがある。それに如月は、ズボラな一面もあり、ブラジャーを着けないまま寝ることもよくある。折角育ってきた乳がもったいなく、俺や舞姫はそれを気に掛けていたものの、廉命と暮らすようになってからも、ブラジャーを着けないで寝てしまうことも少なくはないらしい。それにより廉命が理性を保つのも難しいとのことである。如月が風呂から上がったタイミングで、俺は彼女と入れ違いで風呂に入った。ここは三人部屋で風呂とトイレが付いているホテルの部屋。俺は二人きりになる如月と廉命の姿を想像しながらササッと風呂を済ませた。

「ふぅ……あっつ……次、廉命……な?」

「…………」

「廉命?」

「はっ!希望さん、上がるの早くないっすか?」

「いや?普通だろ……お前もさっぱりしてこい」

廉命も風呂に入り、上がれば即ベッドにダイブした。その衝撃により俺達の体が浮きそうになった。

「……廉命さ…何キロあるの?」

「………確か……九十八キロだったような…」

「マジかよ…どうしてお前と如月は成長してばかりなんだよ……」

「あはは……廉命さんが成長したせいでこの前ベッド壊れたんですよ……私が突き放しても廉命さんが抱き着いてくるから……普段は冷たいのに…もうっ!」

「それはヤバいな……ツンデ廉命……もっと頑丈なベッドを買いなさい」

廉命の体重は予想以上に重かった。如月いわく、この間ベッドが彼の体重は支え切れなく壊れてしまったらしい。もう少し頑丈なベッドを買うように言ったが、通販サイトで調べてもほぼオーダーメイドで注文しないとないらしい…。でも、その体格なら如月を守ることが出来る。この体格を活かして幸せになって欲しいとも思った。

「おやすみ……如月……廉命……」





……To be continued







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