第6話 F2:美少年 Bel giovane

「ようこそ! Il Mondoイル・モンドへ!」

 声に誘われて目を開く。

 太目の幹が立ち並び、木漏れ日が差し込む。

 葉が風に揺れ、音を立てる。

 暖かく包み込んで来る光と空気、草の香り


 自分の身体が感じられる。

 違和感を振り払って、起き上がる。

 森の中?

 周囲は梢が立ち並ぶ森


 男の子よね。絶対よね。身体をペタペタ触って確認する。

 やったぁ、男の子だ。

 絶対美少年よね。鏡ないのかな?

 あれだけ調べてるんだから、本人の希望は叶えられてるよね。


「あの、すみませんが……」

 さっきの声が語り掛けて来る。

 おかしいな。近くに誰もいないはずなのに

「無視されると悲しくなります」

「あんた誰?」

「私は、あなたの左腕にある装飾品accessorioです。“生命いのちの腕輪„ と呼ばれています」

 言われて、左腕を見る。

 若草色の腕輪、幅が三センチくらい? 木葉の模様が彫り込んである。

「AIなのよね。生意気に喋るんだ」

「はい、私はAIですが、初めての方々をガイドする役目を持っているので、喋る機能があります」

「初めてのキャラクタはみんなここに来るの?」

「いえ、生成されたキャラクタの性質・能力などを勘案して、システムが場所を選び、転送します」

「その場所っていくつあるの?」

「それは、企業秘密です。開発によって少しずつ増えております。少なくとも十数個所は存在します」

 なるほど、夫は別の場所に飛ばされた可能性が高いのか


「さて、ここに居てはゲームが進まないので、先へと進みましょう」

 促されて立ち上がり、装備を確認する。

 鉄色のハイネックにジャケット、同じ色の細身のパンツ、頭にはバンダナ、武器はダガー

 シーフっぽいな。

「それでは、最初のポイントである “旅立ちの村„ へご案内します。そちらの道をお進み下さい」


 腕輪さんのガイドで、森の細い道を進む。

 ん! と背伸びして、全身を動かしてみる。違和感はない。

「そだ、腕輪さん!」

「はい、何でしょう?」

「私の全身って映し出せる?」

「身体データは全てありますので、可能です」

「ちょっと確認したいんだけど」

「なかなか強引な方ですね。まず私に視線を固定して下さい。仮想画面schermo virtualeが表示されます」

 空中にスクリーンが展開され、自分の姿が映し出る。

 ズームと回転を使って、ゆっくり観察

 栗色の髪、ハシバミ色にハートマークの瞳、ショート・ヘア

 間違いなく美少年!

「うむ、余は満足じゃ!」

「お気に召していただき、幸いです」

 心置きなく冒険ができそうだ。


「ここは森の中でしょ。森はエルフelfoってイメージあるんだけど、エルフ・キャラクタって居るの?」

「ユーザーに対応して、システムがキャラクタ生成しますので、大抵は人間に成ってしまいます。“自分はエルフだ„ とか、“エルフの転生者で人なのは仮の姿だ„ とか思うくらいのユーザーでないと、なかなかエルフには成れないようです。存在しますが、かなりレアです」

「レアなのか。他の種族はどうなの?」

ドワーフnanoも存在しますが、やはりかなりレアです。それ以外では、混血と呼ばれる獣人やハーフ・エルフmezzelfoなども存在します」

「お約束のものはあるってわけね」

「キャラクタ生成は、何が出るか予想が付きません。天使や悪魔、モンスターなどになっているキャラクタも存在するようです」

「それは……注意せねば」

「どんなゲーム・ライフになっているのか、私たちでも想像すらできません」

「そういうのも研究対象なのか」

「おや、既に聞かれているのですね。私共は研究機関であり、人間行動の研究を行っております。特殊状況下での行動も興味深いものです」


「真面目過ぎる口調は、あまり好きじゃないんだけど」

「私の口調を変えることは可能です。各種取り揃えておりますが、例として

 真面目、くそ真面目、謙譲の美徳、タメ口、はっちゃけ、上から目線、罵倒

 ですます調、文語調、~なの調、~だっちゃ調

 関西型、九州型、東北型、北極型、南極型、火星型、ぴよ☆型

 八歳、十二歳、十五歳、十八歳……七十歳、百歳、千歳、不老不死

 男性、女性、中性、僧侶、菩薩、牧師、天使、悪魔」

「ちょと待てぃ! お前ら、本当に研究機関なのか?」

「真面目な文化研究機関です」

 頭痛くなってきた。

「ああ、もういいわ。今の口調で

 でも、できたらもう少し軽めでお願い」

「分かりました。配慮いたします」


「で、変なこと聞くけど、私の声を声優さんの声に、って出来るの?」

「システム的にできないことはないのですが、ご本人の名前を出すと、色々面倒なことが」

「なるほど、じゃぁ今の声のサンプルは?」

「スタッフの声を参考にして、各種のバリエーションを用意しています。色々と現実の社会的制約がかかるのはやむを得ません。風貌や声などを多少変更することは可能です。ゲームが進めば、そのような情報も得られると思います」

「運営も大変そうね」

「犯罪を助長するようなこともダメですし、政治色を出してもダメです。選挙運動をしようとして追放されたユーザーもいます。また特定の商品名などを連呼するのも控えることとなっております」

「苦労が多いのね」

「社会的活動は、百パーセントの支持が得られることはないのです」

 AIのくせに妙に悟っているような気がする。


「ん? ふと思ったけど、課金ってどうなってるの?」

「このゲームに課金はありません。それも特徴のひとつです」

「お暇なお金持ちが湯水の如く資金を」

「いえ、そのようなことはありません。さすがに、このゲームだけのユニークなシステムですので、個人では負担しきれません。各種団体からかなりの資金が投入されています。企業からも広告宣伝費としてかなりの額が入ってきます。開発・運営費は潤沢とまではいえないにしても、恵まれている方だと思います」

「企業の宣伝って、ゲーム内にディスプレイとか出てるわけ?」

「いえいえ、そんなことをするとゲームの世界観が崩壊しますので、さり気なく掲示することになっています。たとえば、販売されている干肉などに、某食品メーカーの商標が……」

「よーく分かったわ」

「あなたは今男の子ですので、話し方を注意した方が良いかと」

「あ、そうか。分かった。考えてみる」


 なかなか有用なゲーム内外の知識を得ながら、森の中を歩く。

 暖かい空気、柔らかい風、葉擦れの音

 確かに目に優しく、そして美しい。

 新規ユーザーを歓迎するスタッフの気持ちが感じられる。


「さて、見えてきました。あそこが “旅立ちの村„ の入口です」

 道を塞ぐように大きな木の扉、左右はどこまでも森

 ここを通らないと先には進めないよ。と言わんばかり

 もう少し捻っても良いと思う。


「さて、声によるガイドはここまでとなります。以後、私は、プレイヤーのデータアクセス機能のみとなります」

「え、そうなの?」

 唐突に宣言されて、少し吃驚!

「運営側からの告知される緊急事態とプレイヤー側から現実世界での緊急事態を例外として、私が直接プレイヤーとコンタクトすることはありません。これは、プレイヤーの自主性を尊重する弊社の方針でもあります。

 ゲーム内での出来事に関して運営と直接連絡できることはございません。ゲーム内でどのような事態が発生しても、運営が介入することはございません。それがどんな理不尽なものであろうとも決して介入することはございません。大事なことなので二度申し上げました」

「そか、自分で考えて行動しろ! ということか」

「ゲームはプレイヤーが主人公です。主人公の意志こそが最優先です。プレイヤーの意志を誘導するようなことは避けるべき、というのが弊社の考え方です。

 あなたの行動・経験は全て私、すなわち個人の生命の腕輪にデータとして保存されます。それこそが、ゲーム内でのあなたの財産であり、私共の財産でもあります」


 これから先は、全て自分の自由ということか、これこそゲームだと思う。

「ここまで、いろいろとありがとう。頑張ってみるよ」

「良きゲーム・ライフを、そして幸運を」

 生命の腕輪からの最後のメッセージを聞いて、前へ踏み出す。


 ゲーム・ライフが始まる。

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