第6話 湖水泉。

花田先輩の手術は無事に終わり、私は無事を伝えたくて森林樹の元に帰る。


森林樹は定位置のマッサージチェアの上ではなく、玄関に置かれた椅子で私を待っていた。


「森林さん?」

「お帰り。花田は処置が無事に終わって寝ているね。全治3週間かな」

「その通りです。予想通りですね」

「ああ、今回は全て予想通りだよ」


何を言っているんだろう?

植松真琴さんには、会えずに空振り。

花田先輩も怪我をした。


「さあ、犯人のところに行こう」

「犯人?何を言って…。危ないですよ?」


私は意味もわからずに「大丈夫。それに今しかないんだ。今この瞬間だけ犯人に会えるから行こう」と言う森林樹に連れられるまま行くと、そこは桧山岳人が通っていた歯科医だった。


桧山岳人が通う歯科医は夜九時まで診療していて、片付けを行えば十時過ぎまで働くことになる。


「お疲れ様でした。本日までありがとうございました」


そう言って出てきたのは、あの日、森林樹と雑談をしていた歯科助手の女性だった。


森林樹が「こんばんは」と声をかけると、女性は「あら、予想通りね。来てくださったの?」と言って嬉しそうに微笑んだ。


「ああ。全てを知りたい。愛は見つかったかな?」

「うふふ。まだね」


女性は多くを語らずに、「こっちで話しましょう」と言って歩き出し、森林樹は「行こう」と言って私の手を引いた。



・・・



異質な時間と空気。

本当に目の前を歩く女性が犯人なら、私は何をやっているんだろう?


「今はまだ証拠がないから何もできない。大人しく話を聞こう」

「そうよ。何もしないから安心して」


そして森林樹は自分のパートナーというより、目の前を歩く女性と同じ存在に見えてしまう。

同じ空気でお互いを肯定している。


歯科医から15分ほど歩いた、ひと気のない河川敷。


「ここら辺ね」

「それがいい」

「あらわかる?」

「予想通りさ」


そんな話をしてから森林樹が「さあ、名前と生年月日を頼む」と言った。


湖水泉こすい いずみ、1996年5月21日産まれ、28歳よ」


頷きながら聞く森林樹を無視して、「え?この前は24歳って、それに植松真琴さんは?」と言うと、森林樹は「君は学生時代にアルバイトをした事は?その時に戸籍謄本を提出したかい?」と聞いてくる。


確かにない。

そして森林樹に驚く素振りもない。


「あら?代わりに話してくれるの?」

「ああ、俺の方が信じてもらえるからね」


「助かるわ」と言う湖水泉を見てから、森林樹は説明を始めた。


「キチンと言わなければなんとでもなる。今回、湖水泉が勝負に出た理由もそれさ、ニュースくらいにはなっていたよ。マイナンバーカードを就職の時に提示するとね。そうなれば今みたいに歳を誤魔化して働く事もできなくなる。あの歯科医は福利厚生を怠っていて、保健証は国保で年金も国民年金じゃないかな?」


そう私に説明をしながら湖水泉に確認をする。


「ええ、そういうところでしか働かないわ。ほら、私って童顔だから、多少サバを読んでも平気なの」


満足そうに「確かに」と言った森林樹は、そのまま「3人の男、俺は3人目をまだ聞いてない。どうやって知り合ったんだい?」と聞く。


3人目、菅谷昌紀だ。


「あら、予想通りよ」

「何も知らないから今は四つくらい予想があるんだ」


「ああ、そういう事ね。簡単よ。わかると思うけど、あの子が1人目。心療内科もやってた街クリニックの受付事務の時に出会ったのよ」

「成程、女性問題で心に傷を負った男との関係か。そこに愛はあったかい?」


「ええ、あった。でも私は彼が特異なだけで、本当にあるのか心配になった」

「だから今回の大勝負に出た」


「意外と何とかなるものよ」

「確かに」


2人の端折る話し方について行けず、更に自分のパートナーが別の女と仲睦まじく話す姿に冷静では居られなくなるのが自分でもわかる。


「落ち着いて。今だと証拠不十分。動機も何もわからずじまいだ」

「うふふ。そうよ。こんな機会、本当にあるのかと自分を疑ったけど、予想通りで昂るわ」

「どこから話す?始まりから?」

「あなたの始まりも聞きたいわ。でもあの子は知っているのよね?」

「そうだね。だから退屈だろうね」

「仕方ないから私の始まりを話すわ」


このやり取りで湖水泉の始まりを聞いた。

始まりとはなんなのか、まずはそれだが、森林樹を知る私にはわかる。

それは始まりだった。

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