第19話 新入生代表
ルクスの視線の先、壇上へと続く階段をゆっくりと登っていく少女――カレン。
歩くたびに揺れるポニーテールに、懐かしい紫色の瞳は変わっていないが、2年前より少し背が伸び、大人びた雰囲気を纏っている。
ルクスは、成長した事でさらに彼女の面影が深くなったと思いながら、カレンの姿をじっと見つめていた。
講堂全体を見渡せる壇上に立つと、カレンは軽く一礼する。
そして、堂々とスピーチを始めた。
「ただいまご紹介に預かりました、新入生代表のカレン・ルイワッタと申します」
カレンの声は、少し高めで、よく通る。
緊張している様子は微塵も感じさせない。
「まず、関係者の皆さま。本日は、私たち新入生一同のために、このような素晴らしい式典を開催していただき、誠にありがとうございます」
カレンは、深呼吸をすると、ゆっくりと周囲を見渡した。
その視線は、新入生一人一人をしっかりと捉えている。
「さて、私たちは今日、王立魔術アカデミーという、歴史と伝統ある学び舎に足を踏み入れました。
魔術師を目指す者にとって、これ以上の喜びはありません」
カレンは、ゆっくりと、力強く言葉を続ける。
「これから始まるアカデミー生活では、多くの困難や試練が待ち受けているかもしれません。
しかし、我々には、それらを乗り越え、立派な魔術師になる義務があります」
カレンの言葉に、新入生たちは、真剣な表情で耳を傾けている。
彼らの瞳には、希望に満ちた光が宿っていた。
「ですから、私は、このアカデミーで、かけがえのない仲間たちと出会えることを信じています。
共に学び、共に成長し、共に夢を叶える仲間たちと。
どうか、これから始まるアカデミー生活が、私たち全員にとって、実り多きものとなりますように」
カレンは、そう言うと、再び深呼吸をして、ゆっくりと周囲を見渡した。
そして、最後に、ルクスのいる方を見て、いたずらっぽく微笑んだ。
「そして……蛇足ではありますが、ある方へ」
明らかに特定の人物に向けれた、カレンの言葉に、講堂全体がざわめいた。
カレンはその様子に構わず、ルクスの方をじっと見つめたまま、言葉を続ける。
「貴方様の目標に、私は立ちはだかります。置いていかれないよう、気をつけてください……新入生代表、カレン・ルイワッタ」
まるで、挑戦状のような謎の言葉。
新入生たちは、カレンの言葉の意味を理解しようと、キョロキョロと周囲を見渡す者、ヒソヒソと噂話をする者など、騒然とした空気に包まれた。
そんな中、ルクスは、微動だにせず、ただカレンの姿を静かに見つめている。
カレンの言葉は、彼にしか理解できないものだった。
それは、二人の間で交わされた、静かな約束の確認。そして、再会の喜びを分かち合う、秘密のメッセージだ。
カレンの視線と言葉を受け止めながら、ルクスの胸は、高揚感と懐かしさで満たされていく。
(……フッ、孝行弟子め、生意気な)
ルクスは、心の中で呟きながら、カレンに小さく頷き返した。
◇ ◇ ◇
カレンのスピーチに若干のざわめきはあったものの、あの後も順番にプログラムは行われていき、入学式は滞りなく終了した。
入学式を終えた新入生たちは、それぞれの寮へと移動していく。
「おい、ルクス。行くぞ」
「すまない。少し、用事が出来た」
「用事? なんだ……ああ、アイツか」
「ああ、少し彼女と話したい事がある」
「へっ、大変だねぇ……そんじゃ、俺は先に戻ってるぜ。ほどほどになー」
ケイは、ルクスの言葉に察した様子で、手を振りながら1人寮へと戻っていく。
ルクスはケイを見送ると、足早に講堂を後にした。
目的はもちろん、カレンを探すことだ。
適当に歩き回っていると、ルクスはすぐにカレンの姿を見つけた。
彼女は、上級生たちに囲まれており、居場所が分かりやすかったのである。
新入生代表として堂々たるスピーチをしたカレンは、上級生たちの間でも話題になっていたようだ。
「カレン・ルイワッタさん、素晴らしいスピーチでした!」
「最後の言葉は誰に向けたものなの?」
「君、平民なんだって? 平民が新入生代表をやるのは史上初なんだってね」
「新入生代表ってことは、入学試験主席なんでしょ? うちの部活に興味ない?」
「いやいや、うちの方がいいって。カレンさん、是非見学に!」
「……すごい人気だな」
ルクスは、少し離れた場所から、上級生たちに囲まれるカレンの姿を眺めていた。
少し困ったような表情をしながらも、丁寧に上級生たちの言葉に応えている様子に、ルクスは少しだけ苦笑いを浮かべる。
(真面目なあいつのことだ。適当にあしらうなんて出来んだろうし、助け舟を出すか……何にせよ、2人で話がしたいからな)
ルクスは、人混みを掻き分け、カレンの元へと歩み寄る。
そして、カレンに話しかけようとした上級生の肩に、軽く手を置いた。
「すみません、少し彼女を借りても?」
ルクスは、上級生にそう告げると、ポカンとしている一瞬の隙をついて、カレンの手を引き、人混みから引き離すべく走った。
「え、ちょっ……マギッ、る、ルクス!?」
突然の出来事に驚くカレンに構わず、カレンの手を引いて、ルクスはその場を後にした。
◇ ◇ ◇
二人が辿り着いたのは、講堂から少し離れた中庭だった。
色とりどりの花が咲き乱れる庭園の中央には、噴水が涼しげな音を立てている。
いつぶりか分からない全力疾走により、乱れた呼吸を整えると、ルクスは口を開く。
「ふぅ……改めて、よくやった。カレン……いや、シャイナ。誇らしいぞ」
「……っ」
ルクスの言葉に、カレンは息を呑んで、黙り込む。
確信を持ちつつも、どこかで違うかもしれないと自問自答を繰り返していた事がこの瞬間に確定したのだ。
「……どうかしたか? 体調でも──」
驚愕した表情のまま固まってしまったカレンを案じて、ルクスが声をかけようとしたが、胸にぶつかってきた柔らかい衝撃にその言葉は遮られた。
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