第22話 高橋由里15
二十二
メイド服に着替えた由里が部屋を出ると、メイド長が腕を組んで待ち構えていた。
メイド服を大人しく素直に着てきた由里の様子に、メイド長は明らかに動揺していた。
(きっと、リリィの事だから、ごねて着ないとでも思われてたのかしら?)
今までに会った色々な人々の反応からして、リリィというご令嬢は自分の気に食わないことは何一つ承諾しない性格らしい。実際の所は分からないが、先程の団長といい、今のメイド長の反応といい、酷く反抗的な態度で手を焼かされることを覚悟していたように由里には思われた。
拍子抜けするくらい呆気なくメイド服を着てきたことは、メイド長にとって想定外だったようだ。
それでも、さすがはメイド長を任されるほどのベテランである。すぐさま気持ちを立て直し、上から下まで、服装チェックのために観察し始める。
由里はメイド服の細かいルールが分からなかったため、チェックしてもらえるのは逆に有り難かった。これから下っ端としてやっていく以上、粗相のないようにしないといけないのだから。
「……リボンと襟が曲がっています。エプロンも後ろで結んだ紐の長さを均等にしなさい。」
「はい。」
丁寧に指摘してもらった点を素直に直していく由里。
メイド長は素直な返事にも驚きを隠せないでいた。
「これでよろしいでしょうか?」
「ま、まあ、いいでしょう。」
動揺が収まりきらないメイド長だったが、職務をこなすために咳払いをして何とか気持ちを落ち着ける。
「おほんっ。リリィ・マクラクラン。貴女には、これからメイドとして掃除をしてもらいます。よろしいですね?」
「はい。分かりました。」
素直に由里が返事をするたびに、いちいち驚かれる。
リリィというご令嬢は、よほどの困ったさんだったというのが、皆の反応から由里には垣間見えた。反対に由里は断れない性格で損をすることも度々だったので、そういうところは少しだけ羨ましく思ってしまわないこともなかった。
《貴女、正気ですの?掃除なんて、メイドのやることでしょ!?》
(……メイドですよ、今は私たち。)
メイド長の手前、声に出してリリィに反論することは出来なかったが、由里はやれやれとリリィに呆れていた。
メイド長に従って連れてこられたのは広い廊下である。
そこは城内ではなく、城内へと向かう使用人棟の廊下である。
きっと、すぐにメイドとして城内に連れていけばどんな問題を起こすか分からないと思われているらしく、まずは邪魔にならない場所でメイドとしての練習をするのだろう。
バイトの試用期間のようだと、由里は思った。
(バックヤードの掃除から始めて、お客さんの前に出るのはもう少し後ってことか……。)
自分なりの理屈で納得し、渡された掃除道具を受け取る。
「ここを掃除なさい。」
「はい。」
由里はアナログな掃除道具を観察し、まずははたきのような羽根で出来たブラシのようなもので埃を落とすことにした。
(掃除は上からが基本だよね~。)
バイト時代に培った知識で、埃落としから始める由里。
そんな由里の姿を、メイド長は驚きと共に監視していた。
リリィはもちろん、由里の脳内で喚き散らしていた。
《貴女!掃除なんて、私の身体でしないでちょうだい!私を何だと思ってるんですの?私はリリィ・マクラクランですわよ!》
先程聞いた時とは込められた感情の違うセリフに、由里は少しだけ可笑しくなる。
確かに、この身体はリリィ・マクラクランかもしれないが、中に入っているのは高橋由里でもあるのだ。由里は貴族令嬢のリリィとは違い、掃除に対して何の抵抗もない。
(むしろ、掃除ってそこまで嫌いじゃないし……。)
あまりにも汚いところを掃除しろと言われればさすがに由里も困ったが、ここはちゃんと普段から手入れが行き届いている場所らしく、掃除をするのは手入れの延長のような作業だ。一日から多くても数日分ほどの汚れしか溜まっていないのなら、掃除をすることに苦はない。
鼻歌でも歌いだしそうな気安さで、由里は掃除に臨んでいた。
埃落としを終えると、雑巾で窓などの拭き掃除をする。
バケツで雑巾を絞る時に、さすがにリリィの貴族令嬢の美しい手に申し訳ない気がしたが、それもこれもこんな事態を招いたのはリリィの過去の悪行のせいだと思い直し、しっかりと雑巾を絞った。
雑巾の後は、床のモップがけである。
それら全てをこなす間、監視のためのメイド長は驚きっぱなしであった。
まさか、あのリリィ・マクラクランがっ!?と、そう顔に書いてあるような表情で、もはや監視をしているのか何なのか分からなくなっていた。
「終わりました。チェックをお願いします。」
自分としてはきちんと掃除したつもりだが、この王宮のメイドとしてはどのくらいの水準が要求されるのか分からなかったため、由里は自ら申し出た。
メイド長は思いもよらなかった悪役令嬢リリィ・マクラクランの丁寧な掃除っぷりに、近衛騎士団長への報告内容をどうするかに頭を悩ませることになったのだった。
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