第18話 ミハイル・アイゼンバッハ5
十八
騎士団本部に団長のミハイル・アイゼンバッハがリリィ・マクラクランを連れて帰還した頃、城内では婚約披露の宴が最高潮を迎えつつあった。
賑やかしい王城を横目で見ながら、心の中で慕う相手と敬愛する主の婚約式がつつがなく行われていることを確認し、充足感に満たされるミハイル。
(……二人とも、末永くお幸せに。)
心の中で二人の未来を祈り、自分は職務を遂行するために表情を引き締める。
部下たちには既に医師を手配するよう指示を出してある。
王都に戻る間、かの悪名高き令嬢は借りてきた猫のように大人しくしていたが、今までの数々の悪行を思うと、ミハイルには何かの策の一環のような気がしてならなかった。あれほど反抗的だったかの令嬢が、発見されてからずっと神妙な態度を取り続けているだけでなく、時折恥じらったような様子まで見せてくる。それらの行動はこちらの出方を窺い反応を試しているようにも見える。急に今までの悪態を翻したようなかの令嬢の振る舞いは、その変化によって周囲を戸惑わせ、その実、手のひらで全てのモノを転がしているような不気味さすら感じさせた。
(……自らの悪行を心から悔い改めての行動であったら……。)
ミハイルはどれだけの悪人であっても、心の奥底に善意の芽があるのではないかと一縷の希望を持ちたかったが、だからといって警戒を緩めるわけにはいかなかった。
今はかの令嬢は、騎士団本部にある休憩室で医師の到着を待たせている。
万が一にも窓から逃げられないように三階にあり、尚且つ地理的にも奥に位置するため入り口の警備を固めるだけでいい場所にある休憩室に万全の警備で隔離してある。
執務室で続々と上がってくる部下の報告を待っているミハイル。
二手に分かれて修道院への道の捜索に行った部隊も、続々と騎士団本部に帰還していた。
そんな別働隊を任せたもう一人の副団長のヨシュアが、報告のために執務室にやって来る。
コンコン
ハインツとは違い、折り目正しいノックを響かせて副団長のヨシュアが入室する。
「失礼します。」
「ご苦労だった、ヨシュア。首尾は?」
ミハイルは部下の働きをねぎらうと、時間を無駄にせず早速報告を促した。
「はい。」
ヨシュアの報告はいつも通り端的で明瞭。
ミハイルは目を閉じて報告を聞き終わると、重々しい空気を吐き出した。
「やはり、か……。」
「はい。我々としては、あのリリィ・マクラクランの逃亡の可能性の方を重視し過ぎていたのかもしれません。」
先程、かの令嬢本人も命を狙われたと言っていたように、どうやら様々な場所に刺客が潜んでいたらしい。修道院に向かう道すがらだけではなく、修道院内部でまでヨシュア達の部隊は刺客を発見し、その者たちを連行してきたのだ。
馬車は外から厳重に鍵をかけておいたし、ミハイル自らかの令嬢の身体検査に立ち会い、逃亡防止に足枷まで嵌めたのだ。かの令嬢が言うように刺客が馬車を森の奥へと進め、そこで命を奪おうとしたという本人の話はある程度信憑性があると見るべきか……。
「……あの女を恨んでいる者は星の数ほど、というわけか……。」
「はい。今回のことは氷山の一角と見るべきかと。」
このまま殺されると分かっていて警備の甘い修道院に送ってもいいものか……。
ミハイルの中の騎士道精神が問いかけてくる。いくらあの悪行の限りを尽くして追放されたリリィ・マクラクランであっても、そのようなことをしてもよいのかと。悪に対して悪を行使することは、正しいことなのかと。
「………。」
結論が出ないまま、眉間の皺が深くなっていく。
そんな重苦しい空気の漂う室内に、医師が到着したと部下からの報告が入る。
ミハイルは皺を刻んだままの表情で、副団長のヨシュアに命じた。
「医師を連れて、休憩室へ行け。とりあえず怪我の治療をしてやれ。あとは、万が一にでも逃亡を許さぬよう、しっかりと見張っておけ。」
「はっ。」
ヨシュアは一礼すると、ミハイルの命令を遂行するために部屋を出ていく。
「……さて、どうしたものか……。」
一人になった室内で、ミハイルが独りごちる。
そんなミハイルのため息が充満する室内に、今度は王子来訪が告げられる。
王子は宴の時に着用していた礼服のまま、一刻も無駄にせぬ様子で執務室へとやってきたらしい。無駄を嫌う主らしいと、ミハイルはそんな王子の姿に頼もしさを感じた。
「ご婚約おめでとうございます。」
王子が口を開くよりも先に、ミハイルは微笑む。
リリィの一件によりごたつきはしたが、今日は主にとってもこの国にとってもめでたい日なのである。
そっと片手を上げて、ミハイルの言葉に謝意を表すと、王子は椅子に着いた。
「ああ。」
そして、すぐさま表情を引き締めると、単刀直入に尋ねた。
「リリィはどうなった?修道院に無事に追放したか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます