第3話 高橋由里3

     三


 何度、別れればいいのにと願ったかもしれない。

 だが、二人はそのまま愛を育み、ついに結婚式を迎えることになった。

 まだ何も知らないと思っている由里に気を遣って、幼なじみが妹と結婚することを教えてくれたのは半年前のことである。

「実は、咲良にプロポーズして、オッケー貰ったんだ。」

 偶然会った街中で、幸せそうに笑いながら幼なじみは由里に報告した。

 由里は必死で涙をこらえながら無理矢理笑って、言葉少なに表面的には祝って見せたのだ。

「おめでとう。」

 その一言を言うのが精一杯だった。

 そして、何の感情の整理もつかないまま、今日という晴れの日を迎えたわけである。

 本当は、由里にも分かってはいたのだ。

 思い続けていても、幼なじみが自分を選ぶことがないことくらい。

 地味な自分とは違い、似たような遺伝子を持って生まれてきたはずの妹は、ぱっと周りを明るくする美人であった。華やかで社交的な性格と、持って生まれた美貌。それに要領のいい性格で、器用に何でもうまく立ち回り、何でもそこそこうまくこなしていた。

 不器用で立ち回りも上手くない地味な姉とは違い、一軍の中でもキラキラと輝いて活躍していた。

 親戚連中も、親ですらも、よく妹を褒めた。

 陰で、それに比べてお姉ちゃんはと言われていたのを、子供心に覚えているが、悔しいと感じていいのかも分からなかった。二人並んで鏡に映れば、子供でも理解できたのだ。主役と引き立て役が並んでいると。

 それでも、何か一つでも由里に誇れるものがあれば、ここまで自信を喪失せずに生きられたかもしれないが、由里は残念なくらい平均点な女であった。

 何も妹に勝つことが出来ず、自信も持てず、劣等感を抱え、それでも何とか頑張っても誰の目に届くことはなく。幼い頃から想い続けた幼なじみすらも妹のものになる。

 絶対的に不公平な現実だけが、いつも由里の前にはあった。

 それでも、自由にならないのが『心』で、自分の物であっても、自分の思い通りにはならない。

 他の人を好きになればいいだけの事が、由里には出来なかった。

 そのせいで、結局由里は初恋を焦じらせ、人生で恋人の一人もいないまま『妹とまだ好きなままの幼なじみとの結婚式』に出席する羽目になっているのだった。

 不毛なだけの二十年の片想い。

 由里にはそんな負の遺産だけが残されたのだ。

 そんな由里の心中も知らず、両親は写真を撮るからと由里を急かせる。

 どうせ花嫁の引き立て役としてしか役に立たないというのに、写真撮影に呼んでどうするのか?

 由里の気持ちを少しでも理解しようと思うものは、家族の中にもいなかった。

 わざわざ花嫁の隣に並ばされる由里。

(……引き立て役としては最高でしょうね……。)

 美しい花嫁の隣で、ドレスアップしても野暮ったい姉。

 心の中は汚い感情でぐちゃぐちゃだったが、顔だけは無理矢理笑わなくてはいけなかった。そうでなくては、いつまでもこの拷問から解放してはもらえなさそうだった。

 ようやく写真撮影が終わり、心にもないおめでとうを新郎新婦に告げたところで、やっと解放される由里。

 もう心がズタズタで疲労困憊だった。

(……早く帰りたい。)

 誰にも吐露できない本音が溜まっていく。

 ふらふらと人けがない方へ向かっていく由里を、親友だけが追ってくれた。

 建物の陰で暗い息を吐いた由里に、親友の紗枝が冷たい飲み物を渡してくれる。

「顔色悪いよ、由里。どこかで休む?」

「……うん。」

 紗枝が会場のスタッフに話を通してくれたおかげで、休憩室で休むことが出来ることとなった。

 一刻も早く会場から離れたかった由里にとっては、人のいない休憩室は天国にすら感じた。

 外の喧騒を遠くで聞きながら、現実感のない状況にただ意識を馳せる。

 いつの間にか大人になり、初恋など拗らせている場合ではないというのに、不器用で臆病な由里には新しい一歩を踏み出すことは難しかった。本当なら今日の結婚式を機に、全ての踏ん切りをつけて……などと考えていたが、新郎姿の幼なじみを見た途端、そんな気持ちも消えていった。

 彼は本当に素敵だった。

 隣に立っているのが自分だったら……と、思わず夢想してしまうくらいには素敵だった。

 これでは、諦めて踏ん切りをつけるのが無理そうなくらいに素敵だった。

 未練たらたらの様子の由里に、親友は同情してくれる。

「……由里。もういい加減、諦めたら?って言っても無駄なのは分かってるけど……。」

「うん。」

 学生時代から引きずり続けている年季の入った初恋が、そう簡単に諦めきれるわけがないのだ。それでなくても、ただでさえ由里は優柔不断で不器用で一途で変なところが真面目なのだ。

 そういう由里の事を分かってくれている親友は、いつも口酸っぱくアドバイスしてくれたのだ。告白は早くしろとか、無理なら他へ行けとか。ただ長い間、思い続けても傷つくだけで、バカを見るのは由里だと。

 全てを聞いていても、それでも結局由里は、こんなになるまで初恋を引き摺ってしまったのだけど……。

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