第65話 絶景での絶叫
山小屋で宿泊した空翔と夏楓は、筋肉痛の足に湿布を貼って、熟睡していた。ご来光を頂上で見るには、午前2時に出発しないと間に合わない。スマホのアラームの音がしきりになると、先に気づいたのは空翔の方だった。寝相が悪く、体をさかさまにして眠っていた。背中をぼりぼりとかいて、今どこにいたんだっけと思い出す。寝起きのまま、起き上がろうとすると、布団の中に埋もれていた夏楓に気づかなかった。足を思いがけず、踏んでしまう。
「痛い!!」
「……ごめん。いや、本当にごめん。布団で隠れてて気づかなかった」
「…………」
鬼の形相になったかと思うほどの寝起きの悪さだ。痛みよりも何よりも起こされたことにイラ立ちを覚える。睨みつけられた。
「空翔……」
「ひぃぃいい……。マジ、ごめんなさい」
怒りをおさえて、笑顔で対応する。逆にそれが怖かった。
「時間、間に合わなくなるでしょう。行くよ」
「……あ、ああ。そうだなぁ」
大きく息を吸って、深呼吸する。ものすごく怒られるのかと思ってヒヤヒヤした空翔だ。夏楓は珍しく気持ちを切り替えて、冷静さを取り戻した。
(怒っちゃだめだ。怒っちゃだめだ。こんなところで感情を乱したら、せっかくの山登りが台無しになる)
自分自身に冷静になるよう、足の痛みに耐え、深呼吸して呼吸を整えた。
「ありがとうございました」
荷物を整え、宿泊施設の人に挨拶すると、いざ、ご来光を見るために富士山を頂上を目指した。何となく、久しぶりに同じ部屋で過ごしてぎこちなさをお互いに感じる。筋肉痛は残るはまだ歩ける。ここから頂上までは約4時間の道のりだ。最後まで行けるか体力が続くか心配だった。ふと、空翔は夏楓の手を握る。
「頂上まで一緒に頑張ろう。ずっと隣にいるから」
「……う、うん。最後まで頑張る。ここまで来たら諦めたくない」
目を目を見つめ合い、真剣に気合いを入れた。いつも同じ屋根の下で過ごしていたが、ここまで気持ちが同じ方向向くことはない。向かう目的が一緒になるのはいつぶりだろうか。結婚しようと同棲を決めた日か。あの時は全然違う2人だ。額から汗を大量に流し、砂利道にひっかかりなりそうになったのを持ちこたえて、必死に歩いた。くじけそうになる。息が続かないんじゃないと呼吸が整わないときもある。少し休憩して、ゆっくり歩幅を合わせて相手の様子を伺いながら進む。1人で歩くとは違う。辛く険しいと感じる。メンタルの持ちようだ。これだけの忍耐に耐えられるのであれば、何でもできそう。そんな気さえする。
◇◇◇
周りの登山客が頂上に着いて、喜んでいるのが見える。少しずつ近づく目的地に鼓動が早まる。体は疲れているのに、心が早く行けという。空翔も同じ気持ちのようだ。やっとの思いで頂上の目印に触った。
「「やったーーーー!!!」」
両手を広げて喜んだ。涙が出るくらい嬉しかった。頂上に着くとともに、ゆっくりと太陽が顔を出し始めていた。眩しい光だった。着いた頃には、すっかり晴れて、ご来光が見れた。
「これが見たかった。これだよ」
空翔は体の疲れが吹っ飛ぶように、太陽を見つめた。平地で見るものとは違う。ありがたさがひとしおだ。
「うん、そうだね。達成感があるよ」
空翔は、夏楓の隣に近づいて、両手を握る。
「ここまで一緒に着いてきてくれるとは思わなかった。本当にありがとう」
「ううん。私も一人じゃここにたどり着けなかった。空翔の𠮟咤激励があったからきっと頑張れた。ありがとう」
「……あのさ、ここに来たからこそ言うんだけど、今までのこと全部リセットさせてくれないかな?」
「……え? それってどういうこと?」
夏楓はリセットの言葉が脳天にささり、激しく傷ついた。関係が終わるのだとショックを覚える。涙がさらに出た。
「あ、違う違う。ん? 違うこともないんだけど、とりあえず、今までの関係をやめてさ。新しくやり直さないかなって」
「??? それってどういう意味?」
ごさこそと、空翔はポケットからあるものを取り出した。紺色のケースに入ったきらりと光るもの。そっと蓋を開けて、王子様のように膝をついた。
「俺と結婚してください!!」
その言葉に持っていたタオルで口を隠す。涙がさらに流れる。何も言えなくなる夏楓がいた。
「……やっぱりむ、無理だよな。重すぎるだろ、こんな高い山で告白って言うかプロポーズなんてダサすぎるだろ」
諦めかけたその時、振り返る空翔の背中に夏楓はしがみつく。
「ごめんなさいごめんなさい」
「ちょ、マジできつい。断るなら、離れてくれるかな」
「……違うよ!!」
「え?」
「それ、もらうから!」
「何を? びしょぬれのタオル?」
空翔は腕にまきついた汗まみれのタオルを差し出す。
「ちーがーう!! その指輪!!」
「え?」
「結婚してください。お願いします!! そして、その指輪をください」
夏楓は、深々とお辞儀をする。泣きそうな顔を夏楓に向けて、額の汗を拭く。
「はじめからそう言えって……。勘違いするよ」
ブツブツと言いながら、そっと左指の薬指に指輪をはめる。すぐにお姫様抱っこしてぐるぐるとまわった。富士山の頂上でかなり危険だが、周りにいた登山客は拍手でお祝いした。
「夏楓が大好きだーーーーー」
照れて何も言えなくなる夏楓だ。もういいよと抱っこされた体を戻した。突然、愛の熱が変わる。恥ずかしすぎて、冷めてきた。
「うん。もう大丈夫……」
大勢の登山客の前で顔を真っ赤にして、冷静さを取り戻す2人だった。
その日の富士山の空は、とても綺麗で清々しい天気だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます