第31話 2人の心はすれ違う

空翔は、正面衝突した夏楓がよろけて倒れそうになる体を片腕で支えた。どう対応すればいいかわからない夏楓は思わず変顔になった。


「あ……あー。ご、ごめんなさい。ありがとう」

「あ、うん。気を付けて」

 お互い誰か知ってるはずなのに特に何の挨拶もない。喫煙ルームに沈黙がしばし続いた。

同時に


「「あの」」


「夏楓からいいよ」

「え、空翔から」

「譲り合いしなくてもいいから」

「……え。うん。飲みに来ていたんだね。デート?」

「いや、うーん。仕事? 上司の付き合いでさ」

 

 後頭部に手をやり、嫌そうに答える。


「好んで来たわけじゃないんだね」

「え? あぁ……。まぁ、そんなところ。んで? そっちは?」

「……私は新しい職場の飲み会。みんな和気あいあいで仲良いよ。楽しい」

「ほう……それはよかったね」

 

 空翔は少し環境が違うことに不満を持つ。楽しいそうな顔をする夏楓に嫉妬する。


「えー、珍しい。空翔が嫉妬?」

「……別に嫉妬なんか」


 また電子タバコの機械をポケットから取り出し、もう1本吸い始める。


「……何か、前よりも素直な対応はいいね。成長したじゃん」

「何様目線だよ」

「夏楓様よ」

「あ、そう」

 

 空翔は電子タバコを吸って、空中に息を吐いた。少しもやっとした気持ちが晴れた。夏楓は元気そうな空翔を見て、安堵する。


「そっか。仕事頑張ってるんだね。よかったよかった」


 夏楓はそう言って、喫煙ルームを出ようとする。


「もう行くの?」

「え、何か用事あった?」

「……いや、別に何も」

「そう? んじゃ私、行くね。元気でね」


 すっかり酔いがさめたようで、足取り軽く立ち去った。夏楓は本当は空翔にのどから手が出るほど今の現状を助けてほしいとすがりたかった。金銭的にも精神的にもかなり消耗していて誰かに寄り添いたくなる。でも、今はそんなこと言ってられないと気を確かにして、後ろ髪ひかれるように空翔の元からいなくなった。


 空翔自身も前のような関係は無理だろうと予想し、それ以上深く接することはしなかった。何かしらのアクションがあったらどうするかと考えていたが、今は仕事に集中しようと決めていた。


 お互いもどかしい気持ちを残したまま、一日を終えた。

 ベッドに1人で寝るのもだいぶ慣れていた。

 

 夏楓は、カーテンの隙間から覗く月明りを手で浴びて、静かに目を閉じる。

 空翔は、何だか眠れなくなり、ホットミルクをゆっくり体の中に流し込んでいた。明日は誰にでも平等にやってくるというのに。



◆◆◆


 数カ月後、空翔の職場であることが話題になっていた。

 それは最近オープンしたばかりのカフェがSNSでバズっていて、人気だと言っている。駅前にできたラテアートとぷるぷる震える動物プリンで人気の『プードル』らしい。ティーカッププードルのイラストが目印になってるようだ。空翔も確かにラテラートが飲めるお店は気になっていた。


「それどこにあんの?」

「え、部長、気になるんですか? 教えてあげますよ」

 

 石澤奈緒美はスマホのマップを表示させてここからどれくらいかかるか教えてあげた。


「歩いて15分なら昼休みに抜け出して行っても間に合うか?」

「そうですね。全然余裕です。行くんですか? 今日?」

「うーん。まぁ、今日なら何も用事ないしな。行こうかな」

「え、ちょっと、それ、私も一緒に行ってもいいですか? 部長のおごりで」

「なんで?」

「うそ、私も行きたい!」

 

 もう1人の女子社員も声を上げた。石澤と同期の木下亜由美きのしたゆみだった。空翔は、バックの中の財布を確認した。


「仕方ないなぁ。明日給料日だから問題ないか」

「やったぁ。部長、太っ腹ですね」

「ごちそうさまです」


 本当は冷蔵庫の中がからっぽで、今日スーパーで食材を買う予定だったが、買う分も消費ということになる。家の中にあるストックしていたカップ麺で夕飯だなと考えた。

 頭から髪の毛がはねてきそうだった。

 それでも好きなラテアートが見れるのは楽しみになる。


 2人の女子社員を引き連れて、空翔は、駅前のカフェ『プードル』に着いて、厚めのドアを開けた。ドアの上についていたカラカラとベルが鳴る。


 入った瞬間に空翔の体は硬直した。中はがやがやとお客さんでにぎわっていた。


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