VTuber事務所スタッフのお仕事③ 会社の人間とご飯へ≪壱≫

 咲楽に、高級レストランの住所を共有した。『すぐ行く』とだけ返事が来る。既読が付いてから、返信までが馬鹿みたいに早いのに、横にいる神楽坂かぐらざかさんと郡山こおりやまさんは驚いていた。俺にとっては、日常でしかないのだけれど。


 俺たちは、北原さんにご飯を食べに行くとだけ告げ、事務所を出た。神楽坂さんは、見て分かる通り、気分が上がっていた。


 「はっは~……華恋ちゃんに会えるぅ~」


 ご飯の場所が楽しみ、と見えていたのに。


 普通に、ガチファンとしての呟きが、聞こえてきたのであった。



 最近は、意外なことばかり。


 学校から事務所が思ったよりも近いこと。あんなに仕事できそうな女性の神楽坂さんが、咲楽の大ファンで、一緒に食事に行けるだけで大興奮だということ。郡山さんが、リアルでもお嬢様であるということ。……などなど。


 頭の整理をしていたら、いつの間にかレストランに着いていた。タクシーでの移動中に、郡山さんが個室での予約を取ったみたいだ。流石、仕事のできる人間。少なくとも、俺とは全然違う。



 レストランの店員さん?こういう場所ではスタッフの方と呼んだ方が良いのだろうか。


 スタッフの方に案内され、店の奥の個室に通された。咲楽は、少しだけ到着が遅れるそうで。先に俺たちだけで、ゆっくり食べ進めていこうという話になった。メニュー表を眺めては、書いてある金額に絶句する。


 どれも、その辺の学生が食べていいような金額ではない。


 これが、仕事のできる大人の、金を稼いでいる大人の豪遊なのだろう。俺の豪遊が、どれだけ子供っぽいものなのだろう、と感覚がおかしくなってくる。


 「お二人はどれにします?私はなんとなく食べたいもの決めております」


 「私、これにしたいです」


 「俺もそれで。あんまり負担はかけられなくて」


 「いやいや、別に私のことは気にしなくていいの。歓迎会みたいなものだから」


 「で、でも……」


 「お二人がそれにするなら、私もそれにしようかしら。一人だけ別のお料理食べてても」


 「じゃあ、それでお願いします♪」


 神楽坂さんは、あまりにも気分が乗っていた。言葉の語尾が上がって、音符が付くくらいに。分かりやす過ぎる。


 「飲みものは……」


 「私、ワインを……」


 「高校生の前でがっつりいかないでくださいよ」


 「一杯!一杯だけ」


 「私もいいかしら?明日は久々にお仕事もないオフだから」


 「お仕事がないならまあ……神楽坂さんは明日どうです?」


 「がっつり……会議が二つ入ってしまっています」


 『よし、あなたはやめときましょう』


 「そんな~」


 神楽坂さんの嘆き声が、個室全体に響いた。



 他愛のない会話をしているうちに、少しだけ時が流れた。ふと、スマホで時間を確認しようとすると、咲楽から連絡が届いた。


 『もうそろそろ着く』


 「了解、中で待ってる」


 『何て言えば入れそうかな』


 「郡山さんの名前で予約してるから、多分それを言えば」


 『ok』


 咲楽が、そろそろ到着するみたいだ。来ることは二人も知っているが、一応伝えておこう。『報連相』は大事だと何度も聞いてきたし。


 「そろそろ、到着するみたいです」


 「了解!」


 「うわあああああ……どうしよう、最推しに会える……ふへ」


 「神楽坂さん、流石に気持ちわr」


 「夜宮くん?」


 「は、はい」


 「年上のお姉さんに、失礼なことは言わないように」


 「すいません」


 「よろしい」


 流石に、JKに対して「ふへっ」なんて笑いを見せる方に問題が大有りだと思うのだが。俺の言葉に食い気味で被せてきたあたり、自覚はありそうだ。


 「お疲れ様です……」


 少しだけ、テンション低めの咲楽が入室してきた。多分、さっきの会話を聞いていたのだろう。


 「まあ、初めまして。私、VTuberの郡山レイネです。これから、よろしくお願い致します♪」


 「は、初めまして……。乙宮華恋おとみやかれんです。これから、お世話になります」


 「華恋ちゃーーーん!!めっちゃ推してます!!!!スタッフの神楽坂玲菜かぐらざかれいなです!お兄様の教育係と全体スタッフです!」


 「よ、よろしくお願いします……」


 あまりにも、神楽坂さんの行き織が凄すぎる。こんな人間と関わってこなかったであろう咲楽は、多分緊張と引いているので、いっぱいいっぱいだろう。


 「多分、咲楽凄い緊張しちゃってるので。配信上では違いますが、普段はこういう性格なんで……あと、神楽坂さんはそれやめてください」


 「まあまあ、せっかく華恋様も来られたことですし。乾杯でもしましょ」


 「そうですね、一旦しときますか」


 「じゃあ、乾杯の音頭は夜宮の兄貴で!」


 「もう酔ってます??ワイン一杯でですか??……まあ良いですけど」


 完全に、テンションがぶっ壊れた人が約一名。もう、知らないぞ。明日事務所で怒られても。


 「皆さん、本日はお疲れ様でした。郡山さん、ありがとうございます。神楽坂さん、もう少し自重してください。ゆっくり楽しめたら、と思ってます。……では、乾杯」


 『乾杯』


 咲楽は置いてあったオレンジジュースを手に取り、俺は水を。他の大人組の二人は、飲みかけのワインでグラス同士少しだけぶつける。


 少しの時間だけだが、楽しい時間を過ごせたら。そう思う。


 初対面は、ほぼほぼ成功だろう。咲楽が、事務所に馴染めたらいいな。そう思うばかり。

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