第71話 尊敬した矢先の事件
――と、ここで気付いた。
俺、何を倒せばいいんだ?
ワイバーンは4匹いたはずなのに、1匹は中二病テイマーの下僕に成り下がって、他3匹は瞬殺された。
結果――俺は中途半端に手持ち無沙汰になってしまった。
――いやまあ、まだ撮影は始まって30分も経っていないし、この後同じようなことを何度もすることになるから、活躍の場はあると思うが……いや、そう思いたい。
「クックック。流石は噂に聞くセンター・ダンジョン。が、所詮は暴虐の意志が宿るだけの腐敗しきった巣窟よ。妾の敵ではないわ」
ぶかぶかの袖で口元を覆いつつ、七禍はくつくつと
そうしながら、軽くスキップでもするようにその場でクルクルと回り出した。
さながら、舞踏会で踊っている感じ――とでも言うべきだろうか。似ているのは雰囲気だけで、ダンスとも言えないステップだけど。
相変わらずやたら設定が中二病だが、なまじ強いから……なんだろう。ちょっと格好良く見えるのがイラッとくる。
と、端で見ていた直人が、やや呆れ顔で嘆息しつつ、
「こら、七禍さん。あまりはしゃぎすぎると、またポカをやらかしますよ」
「なんじゃと貴様! そんなわけがなかろうが! そもそも妾は偉大なる吸血鬼の王! ヘマなどするはずが――」
カチッ。
――なんか、不穏な音がステップを踏む中二少女の足下から聞こえた。
よく見ると、七禍の足下には、周りの地面と同じ灰色に偽装されたボタンがあって――それが、深々と沈み込んでいた。
「「「あ」」」
3人の声が重なる。
七禍はギギギギと恐る恐るといった様子で首を上げ――脂汗をダラダラと垂らしながらこちらを見た。
「す、すまぬ」
その瞬間。
虚空に黒い霧が生まれる。
その霧は寄り集まって、瞬く間に形を成していく。
黒が形を成すのはコウモリ。それも、1匹ではない。数百匹に昇る黒い影が、高い天井の天井付近で蠢いていた。
あの見た目は、ランクBのケーブ・バットだな。
「な な か さ ん ?」
「だ、だからすまぬと言っておる! 妾とて想定外だったのじゃ! こんな都合良く罠を踏むなど普通思わんじゃろうが! 第一、妾はここへ来るのは初めてなのじゃから、罠の位置を知らなくても仕方なかろう! ビギナーズアンラックじゃ、許せ!」
額にビキビキと青筋を浮かべる直人に対し、必至に弁明を謀る七禍。
確かに、罠の位置を知らなかったから仕方ないというのは、納得できる。だから、別に七禍が全面的に悪いとも言い切れな――
「そうは言いますけどねぇ、あなた前もそうやって調子に乗ったでしょう! 怪鳥討伐の時に真上に気を取られたまま突っ込んで、落とし穴に堕ちたのはどこの誰ですか!」
「うぐっ!」
「打ち上げパーティーで調子に乗ってはしゃいで、鍋をひっくり返したのは!?」
「うぐぐっ!」
「格好付けポーズの練習をしてて横に振った腕が近くにいたお偉いさんの喉にクリーンヒットして、危うくプロ契約を解除されそうになったのは誰!!」
「ぐはぁっ!!」
怒濤の精神攻撃に七禍は崩れ落ちた。
――うん、全面的にこの子が悪い気がする。
「し、仕方なかろう! カッコいい美少女が実はうっかりさんとか、世に言うギャップ萌えじゃろうが! つまりこれは必要経費――って、いだだだだだ! ギブッ! ギブじゃ! こめかみをグリグリするのは、らめぇえええええええ!」
「やかましいです! 誰のせいで僕が毎回大人に頭を下げて回っていると思ってるんです!」
七禍の頭にヘッドロックをかます直人。
なんというか、苦労人だなぁ。直人も。それはともかくとして――
「喧嘩の最中申し訳ないけど、アイツ等完全にこっちに狙いを定めてるよ」
天井を指さすと、そこには完全に形を成したコウモリの群れが、青紫に輝く二対四つの目をこちらへ向けていた。
そして――突進してくる。
その光景は、真っ黒な波が押し寄せてくるかのようで――
「というわけで、この対処はあなたに一任します」
とん、と。直人は七禍の背を押して送り出した。
「う゛ぇ!?」
「え、じゃありません。あなたの不始末はあなたで付けなさい!」
「ご、ご無体じゃ! ええい! こうなったら、ワイバーンよ! あの愚か者共を焼き尽くせ!」
涙目になりながら、七禍がワイバーンに命令を下す。
その瞬間、ワイバーンの口から極大の火球が飛び出す。
その火球は、迫り来る黒い影を飲み込み、跡形もなく――消し去らなかった。
「な、なぜじゃ!? なぜ一匹も堕ちない!」
「あー……」
目を見開く七禍に対し、俺は普段から使っているゴーグルの液晶に映る文字を見て悟った。
ケーブ・バット(変異体)
ランクB+
数百匹単位の群れで行動するコウモリ型モンスター。集団で獲物に襲いかかり狩りをする。なお、稀に出現する変異体は、炎や氷、雷撃、突風といった、魔法スキルによる属性攻撃に対する完全耐性を持つ。
「――らしいよ」
「反則じゃろソレ!!」
得た情報を伝えたら、七禍が目を剥いて叫んだ。
「それは、少々厄介ですね。物理攻撃しか効かないとは……!」
珍しく、直人が焦った様子を見せる。
が――
「まあ、なんとかなるでしょ」
「「え?」」
俺は一歩前へ踏み出し、迫り来る黒い影の群れを見据える。
それから、驚いたように目を白黒させる2人を尻目に、弓を取り出した。
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