第68話 新たな出会い

 ――ゴールデンウィークが明け、早くも週末がやって来た。

 今週も何気なく過ぎた……と思いたいが、そんなわけにもいかず。

 なんだかんだ、俺がプロ冒険者になると知った面々から、期待の籠もった眼差しを向けられたり、いろいろ突っ込まれたりした。


 あとは、凄くめでたいことがあった。

 涼城真美さんがゴールデンウィーク中に退院した。

 数カ所骨折と複数の打撲・捻挫があり、お見舞いしたときは大分無理をしていそうな感じがあったが、あれから日が経ちもう退院してよくなったらしい。


 もっとも、今週は自宅療養で、来週から登校を再開するみたいだが。

 そんなこんなで一週間は過ぎ、あっという間に日曜日がやって来る。


――。


 日曜日の午後2時前。

 俺はセンター・ダンジョン最寄りの駅で降りて15分ほど歩き、センター・ダンジョンへやって来た。

 ここに来るのは、木山豪気を懲らしめたとき以来か。

 何気に、ここに来るのは少し気が乗らなかった。何のお咎めもなかったとはいえ、怒りでダンジョンの最下層まで攻撃を貫通させてしまったからだ。

 まあ、自動修復されるから現在は何の問題も起きていないけれど。


「え~と、センター・ダンジョンの冒険者用入り口の脇にある、スタッフ用の扉に入ってください、か」


 俺は額に浮いた汗を拭いつつ、メールで事前に送られてきた本日の案内をチェックする。

 午後二時は、一日で最も熱くなる時間帯。

 まだ五月の上旬と言えど、うっすらと汗ばむくらいの陽気だ。


 スタッフ用の入り口に入った俺は、そこにいたスタッフに話を通し、奥に進む。

無機質な廊下だった。

 ――なんだか、昔職場体験で劇場の大ホールに行ったときに澪他、舞台袖やら演者用の通路に似ている。

 狭くて、全体が無機質な壁で、蟻の巣のように通路が曲がりくねっている感じ。

 

 とりあえず、簡略化した地図の通りに進み、ある扉の前で足を止める。

 扉の前には横長のプレートがかけられていて、そこには明朝体で『プロ冒険者、縁七禍えにしななか様、白爪直人しらつめなおと様、矢羽やはね翔様』と書かれている。

 間違いなく、ここが集合場所だ。


 ちなみに、矢羽翔とは俺のプロ冒険者ネームのことである。

 たぶん、他の2人もそんな感じだと思う。


 集合時間は2時。

 今は一時48分ってところだから、初日から遅刻~みたいなことにはならなくてよかった。


「今日一緒に撮影する人……どんな人達なんだろう」


 そんな風に、期待と不安に胸を膨らませ、俺は入り口の扉をノックして中に入る。


「お邪魔し――」

「ふっ、来たか。随分と眠りから覚めるのに時間がかかったようじゃな」

「――ました」


 バタン。秒で扉を閉めた。


 えーと、あー……う~ん?

 とりあえず、入った瞬間誰かいた。

 いや、いたのはいいとして。


 なんだあれ? 中学生くらいの女子がなんか黒い外套を纏って、イスの上でふんぞり返っていたぞ?

 格好としては、魔王とか吸血鬼とか、とにかくダークで男の子の好きを詰め込んだ、カッコいい(?)感じである。


 これはまさか……いや、そんなまさか……

 いやいやいや、そんなはずがない。初対面の相手に、まさか全力全開の中二病モードで接することができるメンタルお化けがこの世界にいるものか。

 だからこれは気のせいだ。


 そう自分に言い聞かせ、俺は再び禁断の扉(割とマジ)を開ける。


「数百年ぶりの再会だというのに連れないな。恥ずかしがることはないのじゃぞ、友よ」

「いやむしろお前が恥ずかしがれよ。あと俺達初対面です」

「ははは、まあそう気負うな。若人よ!」

「いやたぶんあんたより年上だよ」


 中二病少女はイスから飛び降り、俺の方へ歩いてきた。

 改めて彼女の格好を確認する。

 黒い外套。歯にはコスプレ用の尖った八重歯を仕込んでいる。

 頭髪は長い黒髪の内側を紫で染めて、赤紫のシュシュでツインテールに括っている。

 当然のように、左目には眼帯をしていた。


 身長も低く、俺の妹とそう変わらない。体つきだって、まだ成長途中の中学生そのものだ。


「ふむ。ふむふむ」


 そんな中二少女は自身の顎先に細い指を当て、背伸びしてまじまじと俺を見る。

 やがて――


「なるほど? 貴様が例の“弓使いアーチャー”というわけか。噂には聞いておる。Sランクパーティーを単騎で鎧袖一触にせしめた強者とな。てっきりわらわと同じ女子おなごかと思っていたが、その身に纏うオーラ(※ただの男ものの私服)を見る限り、貴様は男か」

「そ、そうだけど……ここでも勘違いされてたのか」

「なるほどのう。妾としては気兼ねなく話せる相手ができると喜んでいたのじゃが、まあ仕方ないのう。それに、

「? ライバル?」

「っ! な、なんでもない! 貴様が気にすることではないわ!!」


 なぜか中二少女が顔絵を真っ赤にして怒った。

 ――と、そのとき。


「おや、もう来ていたのですね」


 背後にある入り口のドアが開き、もう1人誰かが入ってくる。

 白髪に緑のメッシュ。糸目で柔和な顔立ちの好青年と言った雰囲気の人物が、今し方入ってきたとばかりにそこに立っていた。

 たぶん、年齢は俺の一つか二つ上くらいだろう。


 糸目の青年は俺の近くに立つ中二少女を見ると、僅かに眉根をよせて、


「こら、七禍さん?」

「ひっ、ひゃい!」

「さてはまた、初対面の人にいきなりキャラ造りしたまま話しかけましたね?」

「ち、違う! キャラ造りではない! 貴様とてわかっているだろう。普段の姿は妾の仮の姿! 66日の試練を乗り越え、日と月が同時に空へ昇る時に解放される力を我が物にした、この姿こそ真なる吸血鬼の王――」

「黙りなさい」


 青年は少女の額をぺちんと軽く叩く。

 それだけで少女は「ひゃう」と可愛らしい声を上げて縮こまってしまった。

 随分小心者の吸血鬼の王様である。


 と、青年が改めて俺の方を向いて、深々とお辞儀してきた。

「仕事仲間が迷惑を掛けて申し訳ありません。ご挨拶が遅れました。僕は白爪直人。高校二年です」

「ど、どうも。矢羽翔です。よろしくお願いします」


 俺は、白爪さんと握手を交わす。

 なんだろう、さっきまでの人物とのギャップで目眩がしてきたぞ?


「ほら、あなたも挨拶をしなさい」

「むぅ……」


 中二少女は少しむくれた後、俺の方へ向き直った。


「中学二年の、縁七禍えにしななかじゃ……です。よろしく」


 眼帯をした小柄の少女は、恨めしそうに橙色の瞳を揺らして答えたのだった。

 

 



 

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