第56話 親友の誘い

 その日の夜。

 ようやく家に帰った俺は、食事を終えると真っ先に自室へと消えた。

 ベッドの上に寝転がると、自然とため息が漏れていた。


「はぁ~、疲れた」


 マジで、取材やら何やらが面倒すぎた。

 今回の事件。以前のようなダンジョンの暴走や不具合ではなく、裏ボスが第1階層まで出てきたのも、ボス部屋を出られるという本来の仕様と君塚の悪性がヴェノム・キング・デーモンを引き付けた結果に他ならない。


 故に、ダンジョン内で起きた事件度で言えば、先週金曜の暴走の方が圧倒的に上なのだ。

 ただ、昨日の5,6時間目を使って行われた《ハンティング祭》のあと、一応はダンジョンで活動する部活は原則として臨時休止になったし、保護者宛の通知もあったらしい。


 確認する時間がなかったから、叔母さんからの不在着信が3件ほど溜まっていたのに、家に着いてから気付いた。


 また、今回の事後処理で先生方も今夜は忙しくなるんじゃないだろうか。

 ああ、ますます川島先生の婚期が遠のく。


「ていうか、君塚の処遇はどうなるんだ?」


 あれだけのことをやらかして、何もおとがめ無しというわけにも行くまい。

 木山豪気の方は、あれから一度も学校に顔を出していない。

 俺自身は、恥ずかしくて学校に顔を出せないのだと思っているが、生徒達の間では自主退学か除籍になったのでは? という噂がまことしやかに囁かれている。

 まあ、学校側からは、あの件に関してなんの通知もないから真相は闇の中だが。


白い天井を見上げながら、そんなことを思っていると――ドタドタと騒がしい足音が近づいてきた。

 次の瞬間、バタンッ! という激しい音と共に部屋のドアが勢いよく開け放たれ、誰かが部屋の中に入ってきた。

 まあ、誰かと言っても一人しかいないのだが。


「お、おおお、お兄ちゃんこれ! これどういうこと!?」


 慌てて部屋に突撃してきた亜利沙が、スマホの画面を見せつけてきた。

 スマホの画面を見ると、学校のホームページの記事だった。言わずもがな、どっかの誰かさんの活躍がアップで映っている。

 ていうか、どさくさに紛れて誰だ俺の弓矢撃ってる写真撮ったヤツ。めっちゃドアップだし。


 怖すぎだろ情報化社会。

 いよいよ俺にプライバシーとかいう言葉が当てはまらなくなってきたぞ。


 そんなことを考える俺の前で、亜利沙はずっと慌てふためいている。


「何この見出し! 【英雄、山台に現る! 獅子奮迅の大活躍!!】 そしてアニメの次回予告ばりの大仰な一枚絵でお兄ちゃんの写真がドアップに!? これは義妹としても10枚くらい刷ってラミネート保存……じゃなくて、ちょっと話に追いつけないんですけど!?」

「おい今不穏な心の声が聞こえた気がするが気のせいか?」


 ジト目で睨みつつ、俺は答える。


「成り行きで身バレすることになったの、それだけです」

「説明短っ!? なんか身バレにいたるまでに壮絶なドラマが、具体的には大体20話くらいあったはずなのに、その辺諸々すっ飛ばして会話一文でまとめやがった!! 私は中等部の別校舎にいたから蚊帳の外だったと言うのにぃ」


 騒ぎ立てる妹を尻目に、そういえばと思い出す。

 学校関係者や保護者に送られたメールには、ダンジョン内で起きた事件しか書かれていなかった。俺=SSランクの弓使いであるという情報は、メールだけではわからないようになっている。

 いきなり俺に関する記事が出てきて混乱するのも、まあ無理はないか。


「ていうか、何この最後のインタビューの回答!? 【「今のお気持ちをお聞かせください」という質問に対し、「帰りてぇ」と哀愁を漂わせつつ述べていた】って! ブラック企業に勤めて一週間、世の不条理に直面した新入社員の感想か!!」

「なんでそんな妙にリアルなの? 怖い」


 あれはほんとに、心底帰りたかったから言っただけなのに。


「はぁ……まったく。まさかお兄ちゃんが、こんな早く身バレの決意を固めるとはね」

「まあ、身バレしたというより、せざるを得なかったって感じだけどね」


 こればっかりは仕方がない。

 これ以上、潮江かやさんに迷惑をかけるわけにはいかないのだ。


「そ。お兄ちゃんのことだし、どうせ「黙ってたら不利益を被る人が出てきたから」とかいう理由で身バレしたんでしょ」

「なぜわかった!? まさかお前、俺の心が読めるのか!?」

「はぁ~……」


 驚く俺に対し、亜利沙は特大のため息をつきつつ。


「行動理念がわかりやすすぎるわ。この英雄症候群の末期患者め」

「なんかよくわからない病名付けられたんだけど!?」


 ――そんな感じで、いつものやり取りを繰り返していると、不意にスマホから着信音がなった。

 一旦亜利沙との会話を切り上げて、スマホの画面に目を向けると、PINE通話の着信画面が出ていた。相手は「八代英次」だった。

 通話ボタンを押して、耳に当てる。


「もしもし?」

『よぉ翔。土曜日暇か?』

「土曜? 一応空いてるけど……」

『そうか、じゃあデート行こうz――』


 ティロリン。通話終了を告げる音が虚しく響く。

 反射的に、俺が通話を切っていたからだ。

 が、しばらくして英次くんから再度電話がかかってくる。


「……なんだよ」

『ジョーダンだって! 照れたからって本気にすんな?』

「…………」

『あの~、翔さん? わかった。わかったから無言はヤメテ! 特に何も突っ込みが入らないのが一番心に響くぅううう!!』

「はぁ……で? 本題はなに?」


 俺は半分呆れつつ、問いかえす。


『実はよ。ずっと気がかりなことがあったんだ』

「気になること?」

『ああ……』


 英次は一呼吸置いてから、きりだした。


『潮江のヤツが、君塚の野郎にそう簡単に手懐けられるとは思えなかったんだよ。あいつ、君塚に目は付けられてたけど基本一匹狼で我が強いだろ? だから、納得いかなかったんだよ』


 なるほど。そう言われれば、確かに。

 彼女なら、SSランク冒険者だと勘違いされた状態で迫られても、平気で突っぱねそうなものなのに。


『だからよ、俺は君塚にコキ使われてた部下に、聞いたんだ。なんで、潮江さんを無理矢理取り込むことができたのかって』

「……そしたら?」


 自然と、俺は唾を飲み込んでいた。

 次に出てくる言葉が、土曜日、俺に予定の有無を聞いたことと関わってくるのだと、なんとなく確信を持ちながら。

 英次は、あくまで淡々とした調子で答えた。


『潮江かやの、を握っていたらしい』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る