第33話 涼城真美の本音

 ――翌日の土曜日。

 目が覚めたのは、丁度朝の九時を過ぎたあたりだった。

 普段休日でも七時台には起きている俺としては、珍しく爆睡した形だ。

 たぶん、昨日の激闘の疲れが残っているせいだろう。そう、思い出すのも恐ろしい、あの赤くてグジュグジュした夏野菜のリコピン☆パンチなど。


 ベッドから起き上がった俺は、テーブルの上にあったスマホをチェックする。

 バナーに表示されていた、つい五分ほど前に受信したを見て、軽く眉をひそめたあと、俺は外出着に着替えた。


 出掛ける支度を一通り終えた俺は、リビングへ向かう。

 家の中はしんと静まりかえっていて、人がいる気配はない。

 土曜の午前は亜利沙のピアノのレッスンがあるため、今頃叔母さんにピアノ教室まで送ってもらっているのだ。

 俺は、ラップにくるまれたトーストを頬張ったあと、外の世界へと繰り出した。


 天気は快晴。

 四月の中旬ということもあり、実に過ごしやすい気温である。

 この時期は花粉もなりをひそめているから、一番過ごしやすい。

 俺は清々しい外の空気を胸一杯に吸い込んで、近隣のバス停へと向かった。


――。


 バスに揺られることおよそ20分。

 俺は「緑若葉総合病院前」という停留所で降りた。

 その名が示す通り、バス停を降りた瞬間、目の前には10階建ての大きな病院があった。

 その入り口へ向かって歩みを進めながら、俺はふと思い出したように呟く。


「ここに来るの、何気に初めてかもな」


 総合病院にお世話になるほど大きな病気なんて、しない方がいいに決まっているが。

 もちろん、今日ここに来たのは診察のためではない。

 ここへ運び込まれた、例の2人のお見舞いのためだ。

 

 ――二重の自動ドアをくぐり、受付で2人が運び込まれた病室を聞く。

 もし俺の正体がバレていたら、こういうことをするにも一苦労だったろうな、などと考えつつ、俺は教えて貰った病室へと足を向けた。


――。


「えっと、7階の18号室……あった、ここか」


 0718とホテルのように部屋番号の書かれた病室を見つけた俺は、小さくノックをしてから扉を開いた。

 スライド式のドアを開けると、部屋の中は思ったより広かったことに気付く。


 ――いや、そもそもが4人分のベッドが置かれた大部屋だったようだ。

 白を基調とした清潔感のある室内に、最奥の開け放たれた窓から春の暖かな空気が流れ込んでくる。

 両サイドの壁際には、それぞれ二つずつベッドが並べられている。手前の二つは誰もおらず、奥の二つのベッドの上で向かい合うようにして2人の少女がいた。


「あ、かっく――!」


 俺に気付いて大きな声を出した乃花が、慌てて自身の口元を塞ぐ。

 彼女の視線の先を見ると、真美さんが静かな寝息を立てていた。


「……来てくれたんだね」


 乃花の方へ近づくと、彼女は囁くように言った。

 顔色を見る限り、だいぶ元気そうだ。


「まあね。見舞いの品とか、全然持って来れてないけど」

「いいよ、そんなの。こうして来てくれただけで、嬉しい」


 乃花は、気恥ずかしそうに笑ってそう言った。


「ケガの方はどんな感じ?」

「うん、自分でも不思議なんだけど、背中を強打したわりに、奇跡的に神経系の異常はないみたい。それは、向かいで寝てる真美ちゃんも一緒」

「骨折とかは?」

「私は、打撲と捻挫がほとんど。でも、真美ちゃんは数カ所折れてたみたい……奇跡的に後遺症が残るものはないみたいだけど、原状復帰には、数ヶ月かかるかもって」

「そっか」


 俺は、神妙に頷いた。

 あれだけのことがあって、この程度で済んだのは奇跡に近い。

 ただ――手放しで喜ぶなんて、そんなことはできっこない。現に、包帯ぐるぐる巻きで横たわっている真美さんを見れば、自然と悲痛な思いになってくる。

 もっと早く。一秒でも早く駆けつけていれば――


「そんな、自分を責めるような顔しないの」


 ふと、そんな声をかけられて我に返る。

 乃花が、優しげな目で俺を見ていた。まるで膝をすりむいて泣きじゃくっている子どもをあやすような、そんな瞳だ。


「……あれ、顔に出てた?」

「うん。かっくん、昔から表情豊かだからね。すぐにわかる。どーせ、「俺がもっと早く助けられていれば!」みたいなこと考えてるんでしょ」

「……」

「やっぱり」


 俺の無言を図星と受け取った乃花が、湿っぽい笑いを浮かべた。


「かっくんが来てくれなきゃ、私達はきっと死んでた。だから、自分を責める必要ゼロ。ピンチの女の子助けた俺、ちょーカッコいい! 的に、堂々と思ってればいいんだよ」

「そんなもんなの?」

「うん、そんなもん」


 そう言って、乃花ははにかむ。

 しばらく、そんな優しい時間が流れていたが――


「いやぁ~、お熱いことで」


 近くにいたもう1人の少女が、不意に口を挟んできた。

 驚いてそちらを向くと、いつの間にか大きな目をぱっちり開いていた真美さんが、こちらを見てニヤニヤしている。


「ま、ままま、真美ちゃん!? 起きてたの!? いつから!!」

「えーとね、「あ、かっく――!」って叫んで慌てて口を紡ぐ辺りから」

「それもう最初からじゃん!!」


 沸騰する勢いで顔を真っ赤にし、乃花は顔を両手で覆う。

 そんな乃花を見てくつくつと笑っていた真美さんが、俺の方へ意識を向けた。


「あ、どうも。恋する乙女高嶺乃花のシンユーやってます、涼城真美って言います。どうぞ、気軽に真美ちゃんって呼んで」

「は、はぁ……で、えっと、真美さんの方は無事ですか?」

「ふむ。ここで素直にちゃん付けをできない辺り、純情派を気取った◯貞臭がぷんぷんするけど、まあいっか」


 なんか俺、ストレートにバカにされた!?


「で、なんだっけ。あー、身体の方は大丈夫か、か。まあ、これ見て無事に見えるんなら、病院行った方がいいんじゃねって感じ?」


 真美は包帯でグルグル巻きの腕を持ち上げ、意地の悪い表情を浮かべる。

 これは、あれか?「ここもう病院だろ!」っていうツッコミ待ちか?


「……まあ、頭が元気だってことだけは、わかった」

「いっひっひっひ。言うねぇ~。ま、冗談はこのくらいにしておいて」


 魔女みたいな笑い声を上げていた真美が、ちらりと乃花の方を見た。

 彼女はまだ恥ずかしさがとれないのか、布団に潜って丸まってしまっている。それを確認した真美が、俺へ手招きをした。

 首を傾げつつ、俺は彼女の方へ寄っていく。


 すると、真美さんは痛む身体に鞭打って、無理矢理位置をずらした。

 それから、俺の耳元に直接息がかかる位置へと口元をよせ、そっと囁いたのだ。


「助けてくれて、感謝してる」

「どういたしまして。気絶するくらいの大怪我をさせる前に、助けられたらよかったけど」


 そこで真美さんは、少しだけきょとんとする。

 が、すぐに「」と呟いて、訂正してきた。


「それも感謝してるけど、乃花の方。あんた、乃花のすk――幼馴染みなんでしょ? あんたがここに来る前、「昔みたいに、また助けに来てくれた」って、本当に嬉しそうに呟いてた。それこそ、テレビの前で応援していた魔法少女と、現実世界で出会ったみたいな顔してた」


 真美はそこで言葉をきって、声のトーンをわずかに変える。


「私はさ、こんなんでも、この場所に引っ越してきた乃花とずっとダチやってんだよね。そんだけ信頼関係築いてきた私と話すときなんかより、あんたのこと考えてる時の方が、よっぽど嬉しそうな顔しててさ。だから、しょーじきあんたのことめっっっちゃうらやま死ねって思ってるけど」

「うぇっ!?」

「――だけど、だから同じくらいあんたには感謝してる。私の親友を、命がけで救ってくれて本当にありがとう」


 嘘偽らざる、真美さんの本音。

 否応なく、乃花のことを大切に思っているのが伝わってくる。それこそ、自分のことなんか二の次に考えてしまうほどに。だから俺は、その思いに応えるように言ったのだった。


「どういたしまして」


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る