第25話 絶体絶命

《三人称視点》


「な、何よこれ! ちょっとデカすぎない!?」


 真美は滝のように脂汗を浮かべ、首が折れそうなほど上を見上げていた。

 この17階層の中でもとびきり天井が高いこの空間を埋め尽くすくらいの、巨体。

 通常の“エンペラー・ゴーレム”の一回りか二回り大きい、などという甘ったれた次元ではない。


 高さで言えば5倍近い。三次元となる体積ならば、倍率はもっと上だろう。

 視界全てを埋め尽くす、圧倒的なまでの重圧。


 一体、この巨大な“エンペラー・ゴーレム”は何なのか。

 2人にはまるでわからない。何一つわからないが――


(これは、やばい! まともにかち合っちゃいけない相手だ!)


 乃花は、真っ白になりかけた頭でそう思う。

 いや、思うまでもなく全身の感覚が警鐘を鳴らしている。

 

「グワァアアアアアアアアアアアア!」

 

 変異体ゴーレムが、巨大な顔を横真っ二つに裂いて、吠える。

 たったそれだけで、乃花の鼓膜は危うく破れそうになるくらいビリビリと震え、衝撃が頭を突き抜ける。

 声だけで衝撃波が生まれ、ダンジョン全体が大きく揺れる。それは、まるで音響兵器だ。


「くっそ……耳が死ぬ! 乃花、はやく逃げよ!」

「う、うん!」


 真美につられ、乃花は踵を返して、来た道を引き返そうとする。

 が、そんな乃花達を狙うように、ゴーレムの単眼が怪しく光る。

 低い駆動音を上げ、その岩のような拳が持ち上げられた。


「マズい! 来る!」


 乃花が後ろを振り返って叫んだ瞬間、ゴーレムの豪腕が振り下ろされた。

 隕石が降ってくるかのような重圧とともに、巨大な拳が迫る。

 この速度では、とても振り切れそうにない。


「ちっ! 乃花は先に行って!」

「真美ちゃん!?」


 驚いて目を見開く乃花と位置を入れ替えるように、乃花とゴーレムの間に飛び込んだ。


「防御スキル――“バリア”!」


 防御こそが“盾使いシールダー”の真骨頂だと言わんばかりに、真美は両足で地面を踏ん張り、ゴーレムの拳の前へ踊り出る。

 構えた盾の正面に、半透明の六角形ハニカムを並べた結界が出現する。


「今のうちに奥へ逃げて! 早――」


 刹那、真美の声が途切れた。

 一瞬、乃花は目の前で起きたことが信じられなかった。


 バリアなんて

 悪戯好きの子どもが、指で障子に穴を開けるかのように。

 いとも容易く強固なバリアが砕け、真美の構えた騎士風の盾ごと、斜め横に叩き飛ばしていた。


「ぐっ、あ……!」


 ひしゃげた盾を手放した真美が、ダンジョンの外壁に背中を打ち付け、ずるずると地面へ落ちていく。


「ま――」


 空白に陥りかけた思考が、ダンジョンの壁にぐったりと背中を預けて動かない真美の額から、赤い血が垂れたことで現実に引き戻される。


「真美ちゃぁあああああんっ!!」


 乃花は、目の前のゴーレムのことすら一瞬忘れて、彼女の元へ無我夢中で走った。

 真美は気を失っていた。気を失うほどに、

 腕は大きく腫れていて、青くなっている。この分では、骨が折れていたとしても不思議じゃない。


「な、なんで……?」

 

 乃花は、震える声で呟いた。

 頭が、現実を受け入れることを拒絶している。だって、こんなこと有り得ないはずなのだ。

 ここまでのダメージを負ったのにも関わらず、


 真美の右手の中指には、金色に輝く“生還の指輪”がはめられている。

 なのに、ダメージアウト判定にならない。救護室へ転送されない。

 その状況を受け入れるのを必死で拒み続ける乃花に、残酷な現実が突きつけられた。


『緊急放送です! 現在、ダンジョン内で異常事態が発生中! モンスターのランクが1~2段階増加しています! 加えて、“生還の指輪”の機能が停止しています! 現在、救助部隊を編成中です! 皆さんはモンスターとの戦闘を避け、至急第1階層に撤退をしてください! 繰り返します! 現在、ダンジョン内で――』


 そんな、切羽詰まった声で語られるダンジョン内放送のせいで。乃花は、現実を知ってしまった。


「そ、んな……」


 乃花の視界から、色が消えていく。

 代わりに、暴れ回る心臓の音だけがいやに耳に響く。

 “生還の指輪”が機能しない? モンスターが強くなっている?

 そんなの……沸くはずのない中ボス用のドームエリアで急に出現した、エリアボスの強化体に襲われている現状、死ぬことを強制されているようなものじゃないか。


「嫌、だ……」


 乃花は半ばパニックになりかけて、そう声を漏らす。

 逃げたい、死にたくない、助けて!

 そう叫びたくても、喉がからからに渇いてしまい、声が出せない。


(誰か助けて……!)


 心の中でそう叫ぶ乃花の脳裏に浮かぶのは、他でもない。

 優しげで、可愛らしい笑顔の、誰より強い彼の姿。でも、

 もう何もかもを諦め、絶望した――そのときであった。



 ――“絶望を射貫く弓使いは、突然に出現する”――



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